第6話 『冒険者見習い』

 

 Cランクパーティ『剣刃』の3人と共に北の森へ入ってから、既に1時間ぐらい周囲を警戒しながら獲物を探していた。


 そんな中、俺達の10m先を1人で先行している斥候のシンさんが、左手を上げてハンドサインを送ってきた。


「ふむ…どうやらこの先にゴブリンが3匹いるみたいだ。 エリザは向こう側へ回り込んで木の影から矢で1匹仕留めてくれ。 俺とシンで矢に気を取られてエリザの方を向いた2匹を仕留める。リンク達は少し離れた所で見ててくれ」


「「「了解」」」


 ハンドサインを読み取ったダントさんが、エリザさんと見習いの俺達に指示を出し終えると、エリザさんは音を殺しながらゴブリン達の向こう側へ移動し始めた。


 ゴブリン達を挟んで俺達がいる場所の反対側までエリザさんは、必死に虫を捕まえようとしている身長140cmぐらいで緑色の肌をしたゴブリン達へ向かって矢を放った。


 ヒュッ!


 静かな風切り音が聞こえたのと同時に、真ん中にいるゴブリンの頭に矢が突き刺さった。


 横で倒れた仲間に驚いた他の2匹は、仲間の頭に刺さっている矢を確認して後ろへ振り返ると、弓を持つエリザさんの姿を見て怒りを露わにした。


「ギャッ!?ギギャッ!」


 それを合図にダントさんは草陰から飛び出した。


「フンッ!」


 ダントさんは片方のゴブリンの背後まで迫ると、大剣を振り下ろして肩から腰までかけて斜めに胴体を両断した。


 それに驚いたもう1匹のゴブリンも、いつの間にか背後へ回り込んでいたシンさんに短剣で首を貫かれて息絶えた。


 おぉ…魔法も使わずにあっさり終わったな…

 ってかシンさんはいつの間に動き出してたんだ…? 全く気付く事が出来なかったんだが……


「よーし、リンク達出てきていいぞ!」


「はい!」


 ダントさんに呼ばれ出ていった俺達は、ゴブリンの心臓辺りにある魔石と、討伐証明部位の耳を切り落として回収する。


「いやー、流石に鮮やかでしたね!」


「まぁ相手がゴブリンだからな」


「直前にした細かい指示出しは、俺達に戦い方を教える為ですか?」


「…そうだ。あんな事でも何か学んでくれるならそれに越した事はないからな…。 見習いに教えるのも先輩の義務ってこった! そんな事はいいからさっさと次行くぞ!」


 少し照れくさそうにそう返してきたダントさんは、次の獲物を探すために再び歩き始めた。


 優しくて良い人だ…

 今回の前にも3回ほど別の冒険者からの依頼で見習い仕事をしたけど、ここまで丁寧に仕事を教えてくれた人達はいなかった。


 俺とファルは小走りでダントさん達の元まで追いつくと、「ありがとうございます」と感謝を述べた。




 その後も、順調に12匹のゴブリンを4回に分けて狩り続けると、日が暮れる前に森を出ようと街の方向へ向かって歩いていた。


 すると、そろそろ森の出口だというタイミングで、前を歩いていたシンさんが足を止めてハンドサインを送ってきた。


「くっ…7匹か、多いな…。俺達だけなら余裕だが、流石にリンク達を守りながらだと難しいか……?」


 シンさんのハンドサインを読み取ったダントさんは、討伐するか避けて遠回りするか考えているようだった。

 その様子を見た俺は、ダントさんへ提案をする事にした。


「ダントさん、ゴブリン1,2匹ぐらいなら俺達でも対処出来ると思います。 ダントさん達で確実に5匹殺してくれるなら、なんとかなると思うんですけど…」


「……模擬戦を見たからお前らにも戦える腕があるっていうのはわかってる。んー、でもなぁ…流石にまだ見習いのお前らを巻き込む訳にもいかんだろう……?」


「じゃあどうするのよダント」


 煮え切らない態度をとるダントさんにエリザさんが結論を迫っていると、10m先でいきなりシンさんが大声をあげた。


「ダント!あいつらこっちへ向かって来てる!すぐに接敵するぞ!!」


「っ!? マジか…!こうなったら仕方ない……リンク、ファル、2人はとりあえずここにいろ。 俺とエリザはシンの所まで行ってゴブリン共を出来るだけ漏らさずに狩ってくる。 もし、俺達の後ろを抜けてきた奴がいたら、ソイツはお前らが2人がかりで確実に仕留めろ。ゴブリンだからって油断はするなよ?」


「「了解」」


 俺達の返事を聞くと、ダントさんとエリザさんはシンさんの元へ駆け出した。


「ファル、ゴブリンが抜けて来たら俺の『雷魔法』で一瞬動きを止める。そしたら確実に矢を頭へ打ち込んでくれ」


「わかった」


 俺はファルに指示を出しながら剣を抜き、周囲の警戒をしながらもダントさん達の動向を伺っていた。


 シンさんの元まで着いたエリザさんは、ゴブリン達へ矢を放ち始めた。


 1匹は見事に心臓を射抜かれて倒れた。

 膝に矢を受けて転んだ奴も1匹いるが、他のゴブリン達は肩や腹に矢を受けてもモノともせず向かって来ている。


「くっ…近すぎ! 一旦下がるわ!」


 矢が打てない距離にまでゴブリン達が近づいて来ると、エリザさんは大人しく後ろへ下がった。


「ハーーーッ!!」


 ダントさんは5匹になっても向かってくるゴブリン達の前へ飛び出すと、大剣を構えながら大声で相手を威嚇し始めた。

 すると、5匹中2匹のゴブリンが恐慌状態のようになり、足を止めて震えだした。


 なんだ…?

 今のは何かのスキルか……?


 そして、気が付くと恐慌状態の1匹の背後にシンさんが現れて、ソイツの首へ短剣を突き刺していた。


「フンッ!」


 ダントさんは恐慌状態になっている残りのもう1匹をシンさんに任せ、向かってくる3匹に対して地面と並行に大剣を振るう。


 2匹は上手いこと避けたようだが、1匹は腰辺りを真っ二つに両断されていた。


 俺がそんな戦況を眺めていると、避けた内の1匹がダントさんの横をすり抜けて俺達の方へ向かってくる。


「ファル、来るぞ」


「あぁ」


 俺はファルに声をかけると、向かってくるゴブリンへと駆け出した。


「ギャッ!」


 接敵する程近づくと、ゴブリンは鳴き声をあげながら掴みかかろうとしてくる。

 俺はそれを横にステップして躱す。


  そして、ゴブリンの腰に手を触れながら“触電スタンガン”と呟いた。


 バチッ!


 辺りにビンタのような音が響いたのと同時に、ゴブリンはビクッと体を硬直させる。

 それを確認すると俺はファルに合図を出した。


「よし。ファル!」


 ヒュッ!


 合図後すぐに飛んできた矢は、ゴブリンの眉間へ吸い込まれる様に突き刺さった。


 一方、シンさんは恐慌状態になっている残りの1匹を仕留めようと近づいていたのだが…


「シン!後ろ!」


 というエリザさんの声で後ろを振り向いた。


 すると、エリザさんの矢を膝に受けて転んでいたはずのゴブリンがシンさんへ向かって飛び掛かっていたのだ。


「くっ…!」


 シンさんは振り向きざまに飛び掛かってきているゴブリンの首へ短剣を滑らせる。

 ゴブリンは喉をぱっくりと切られ、その場で崩れ落ちるように倒れた。


 しかし、その隙に恐慌状態だったゴブリンが恐慌状態から脱して走り出した。


「リンク!ファル!もう1匹そっちにいったわ!」


 1匹倒したばかりの俺達は、意表を突かれて反応が遅れた。


「ファル!」


 俺の声に反応したファルは慌てて弓を引き絞り、向かってくるゴブリンへ向けて矢を放つ。


 しかし、距離感を正確に測る事が出来ず放たれた矢は、無情にも走ってくるゴブリンの足元の地面へと突き刺さる。


「外したか…!」


 ヒュッ!


「ギャッ!?」


 ファルの矢が外れた事に焦っていると、向こうにいるエリザさんから放たれた矢が、ゴブリンの太ももを裏側から見事に射抜いていた。


 痛みでバランスを崩したゴブリンは、前に転んでしまいうつ伏せで倒れた。


「しゃあっ!!」


 俺は転んで隙だらけになっているゴブリンの首へ剣を振り下ろして、頭を刎ね飛ばす事に成功した。


「大丈夫か!?」


 ダントさんは目の前にいる最後のゴブリンを始末し終えると、俺達の方へと振り返って心配そうに安否の確認をしてきた。


「ふぅ……大丈夫です!怪我はありません!」


「そうか!そりゃ良かった! じゃあそっちの2匹から魔石と耳を回収したら、こっちへ来てくれ!」


「了解です!」


 俺とファルは深呼吸をして息を整えると、1匹ずつ死体から魔石と耳を回収してダントさん達の元へ向かった。


「すまんな…2匹も抜けさせちまった」


「いや、ダントのミスじゃない。さっきのは俺のミスだ。悪かった」


「いやいや!良い経験なったんで気にしないでください!」


 ダントさんに続いてシンさんにまで謝られてしまったので、俺は慌てて顔の前でブンブンと手を振りながら遠慮した。


「それじゃあ俺達の気が済まねぇしなぁ……そうだ!街へ戻ったら飯奢らせてくれ!なっ!」


「いや、本当に大丈夫なんですけど……わかりました。どうせなら美味いの食わせてくださいね」


「おう!吐くまで食わしてやるよ!!」


 そう言ってニカッと豪快に笑ったダントさんに、俺は苦笑いを浮かべながら「それは勘弁してください」と返す事しか出来なかった。




 その後、慎重に森を抜けた俺達5人は、無事日暮れ前までに街へと戻る事が出来た。

 そして、今はギルドの依頼受付で報酬について話をしている。


「『剣刃』にはゴブリン22匹の討伐報酬として11万ブランね。リンク達には見習い仕事の報酬として2人に8000ブランずつ渡すわね。これで問題無いかしら?」


「俺達はそれで大丈夫です」


 『ブラン』とはブランデン王国の貨幣で、俺には有難い事にわかりやすく『1ブラン=1円』ぐらいの価値だった。

 なので、今回の報酬はゴブリン1匹の討伐で5000円が貰えたという事になる。

 普段のゴブリンの討伐報酬はこの半額ぐらいなのだが、今回は緊急依頼だったため割高になっているようだ。


「あー、俺達は10万ブランでいい。その分コイツらに1万追加で払っといてやってくれ」


 おっ…? ダントさんが何か言い出した…


「それはまたどうして?」


「実は討伐した内の2匹はコイツらが殺ったんだよ。だからその分は払ってやらないとな」


 おぉ…ちゃんと俺達が仕留めた分を払ってくれようとしているのか…。

 やっぱ優しいよこの人…!


「あら、それは凄いわね!その歳で魔物を狩れる子なんて滅多にいないわよ?」


「そう…なんですかね?」


「そうなんだよ。だからその分払ってやってくれ」


「なるほどね、わかったわ。今回は特例として討伐分の報酬は払う事にしましょう。でも、本来Fランクは討伐依頼を受けられないから報酬は貰えないのよ?」


「それはわかってます。今回はまぁ…貰いますけども」


 金は大事だ。貰える分は貰っとくに限る。


「あと、ギルドへの貢献度の方もまだ仮登録だから加算されないわ。残念だけどね」


「それは全然構いません。貢献度は成人後に本登録してから稼げばいいんですから」


「あら、えらく前向きな事言うわねぇ。それじゃああなた達が成人して本登録するまで期待して待っておこうかな。ウフッ」


「え、えぇ…」


 ……うん、これぐらいの歳の人がぶりっ子するのを見るのはなかなか戸惑うな…良い返しが思いつかない。

 多分30歳ぐらいだと思うけど、もうちょい上だとツッコミやすいんだけどな…


 とりあえず、俺達は受付嬢との会話を終えて報酬を無事受け取った。




 ギルドを出た後は、約束通りダントさん達に晩飯へ連れて行ってもらい、たらふく美味い飯を食わせて貰った。


 そして、店の前でダントさん達と別れると、俺とファルは満腹で苦しくなった腹を抱えながら家へと帰った。


 俺は苦しみながら家まで辿り着くと、魔物初討伐の緊張で相当疲れていたのか、家族との会話もほどほどにして寝室へと向かった。


 寝室へ入ると、そのままベッドへ倒れ込んで気絶したように眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る