第5話 『冒険者ギルド』

 

【アーク歴 3031年 6月15日】



 カンッ  カンッ


「うぉっ!そっちか!」


 俺は死角から頭へ向かって襲い掛かる木剣を下にしゃがんで避ける。 そして、その体勢のまま相手の膝へと木剣を振り抜いた。


 ガンッ!


 音が響く程の衝撃を受けた膝を抱えるように跪いた相手の首に、俺は木剣をトンっと軽く当てる。


「ふぅ、これで終わりだな……って、危なかったぞファル! さっきの死角からの攻撃は避けられてなかったら確実に失神してたって!」


「すまん…。リンクの追い込みが激しくて力加減をする余裕が無かったんだ」


「まぁ…俺も力加減間違える事あるから人の事は言えないんだけどな…」


 13歳になった俺とファルは身長が160cmぐらいにまで伸び、エンゲルス家の庭で模擬戦をするのに少し手狭に感じるようになっていた。

 なので、最近では体育館ぐらいの広さがある、冒険者ギルド併設の屋根付き訓練所で模擬戦をするようになっていた。


「もう!見ててヒヤヒヤしたよ…!ほらこっち来て!『回復魔法』かけるから!」


 模擬戦を終えてファルと感想を話していると、模擬戦を終始ビクビクしながら眺めていたエマに呼ばれた。

 俺達が済まなそうな顔でエマの目の前に並ぶと、エマは俺とファルの肩に手を乗せて『回復魔法』を発動した。


「どう? 私はまだスキルレベル3だから、アンジェリーナさん程完璧に治せた自信は無いんだけど…」


「俺は全然大丈夫だ。ありがとうエマ。ファルは膝どんな感じだ?」


 俺が尋ねると、ファルは強めに足踏みをして膝の状態を確認する。


「うん、大丈夫だと思う。まだちょっとだけ痛いけど大した事無い」


「そう…よかったー。 教会で頑張って練習した甲斐があったよ!」


 俺とファルとエマの3人は去年12歳になったのと同時に学塾を卒業し、各々が自分の将来の目標へ向けて訓練や勉学に励んでいた。


 その中でもエマは、祝福で母さんと同じ『回復魔法』を与えられていた。

 祝福で『回復魔法』を与えられた者は、まず教会で使い方を教えられて、成人するまでは教会や冒険者ギルド、傭兵ギルドなどの訓練所で、風邪や打撲などの軽い症状の患者を相手にスキルレベルを上げていく事になる。


 成人後はそのまま教会へ所属したり、『冒険者クラン』や『傭兵団』所属の治癒士になったりする。国や騎士団お抱えの医師になる者もいるらしい。



「『見習い』の仕事が無い時はだいたいここで模擬戦してるから、怪我した時はまた頼むよエマ」


「うん、それは別にいいんだけど……怪我する程の稽古はほどほどにしてよね!」


「わ、わかった、気をつけるよ…」


 それは難しいだろうなぁ……


 俺とファルは顔を見合わせて、苦笑いをしながら気持ちの共有をした。


「そんな事より、そろそろ日が暮れるからお家に帰らないと!」


「おっ、もうそんな時間か」


 そして、俺達3人は学塾へ通っていた頃のように、並んで話をしながら家路についた。




「ただいまー」


「おかえりリンク。もうすぐで晩ご飯出来るから先に手洗ってきなさい」


「はーい」


 俺が手洗いを済ませて居間へ戻ると、小さな女の子が俺の膝に抱き付いてきた。


「にいちゃ!」


「おぉリリー!ただいま」


「またおけいこ?」


「そうだなー、今日はお仕事が無かったから稽古ばっかしてたよ」


「リリーもおけいこしたい!」


 俺が祝福を受けた1ヵ月後、エンゲルス家には父さん待望の女の子が生まれた。

 父さん譲りの赤茶色の髪をしたその子は『リリアン』と名付けられる。

 『リリアン・エンゲルス』俺の妹だ。

 皆からは『リリー』という愛称で呼ばれている。


「さぁご飯出来たわよー。今日はお父さんの帰りが遅くなるらしいから、3人で先に食べちゃいましょ!」


「へーそうなんだ。いただきまーす」


 母さんやリリーと楽しく話をしながら、夕食の時間は過ぎていった。




 ご飯を食べ終えて居間でくつろいでいると、疲れた顔をした父さんが帰ってきた。


「ただいま帰ったぞー」


「おかえりなさい。あら、凄い疲れた顔してるわよアナタ」


「ん?そうか? まぁ、たしかに今日の仕事はちょっと大変だったからな…」


本当だ…母さんが言った通り、確かに疲れた顔をしてるな。


「父さんがそれだけ疲れるって相当な仕事だったんだね。なんかあったの?」


「いやぁ……まぁな。北の森で100匹ぐらいの『ゴブリン』の大群が見つかったって報告があったから、騎士団50人で掃討に向かったんだよ。だが、現地に着いたらその3倍はいやがってよ……」


「…えっ、300!?それ掃討出来たの!?」


「一応群れのリーダーだった『ゴブリンキング』は倒したんだがなぁ…ゴブリンには戦ってる隙に100匹程逃げられちまった。バラバラに散られたら流石に1日での掃討は無理だ」


「……それ逃げた奴らはどうするの?」


「んー、こうなったらもう騎士団じゃなくて冒険者の得意分野だな。明日にでも冒険者ギルドへ依頼が行く事になるんじゃないか?」


「なるほど、そうか…じゃあ明日は俺も仕事にありつけそうだ」


「リンク、あまり無茶はするなよ?」


「わかってるよ。まだ見習いの立場で危険な真似はしないって」


 父さんの話で明日へ向けて気を引き締めた俺は、その後も父さんに色々話を聞いたりしながら夜を過ごした。




 翌朝。

 俺はファルと合流して、街の中では比較的大きめな建物の冒険者ギルドへ来ていた。

 既に多くの冒険者が依頼を受けに来ている中、俺は空いている受付嬢を見つけて声をかけた。


「おはようございます。今日は見習い仕事ありますかね?」


「あら、おはよう。今日は見習い仕事の依頼入ってるわよー。 今朝騎士団からゴブリン討伐の緊急依頼が入ってね、数が多いみたいだから見習い仕事も増えてるわ」


「それは良かった。じゃあ2人で受けられる仕事ありますか?」


「ちょっと待ってねー……」


 そう言うと受付嬢はペラペラと机の上にある紙束を確認していく。


「えーっとぉ……2人だとコレね。Cランクパーティ『剣刃』から見習い2人募集の依頼が来てるわ」


「『剣刃』ですか…。まだお世話になった事がないパーティですね。ファルは知ってるか?」


「いや、俺も会ったこと無いと思う」


「じゃあ顔はわからないわね。 ほら、『剣刃』はあそこの階段横にいるわ。あの坊主で大剣を背負った奴がパーティリーダーの『ダント』よ。出発する前に挨拶しときなさい」


「わかりました。ファル行こう」


「あぁ」


 俺達は受付から離れると、2階へ上がる階段の横で壁にもたれて話をしている3人組の元へ向かった。


 ちなみに、冒険者ランクはFランクからSランクまであり、貢献度や実績によってランク分けがされている。

 だいたいの目安はこんな感じだ。


 Sランク 人外

 Aランク 超一流

 Bランク 一流

 Cランク プロ

 Dランク 中級者

 Eランク 駆け出し

 F ランク 見習い


 15歳で成人するまでは基本的に冒険者ギルドへ登録する事は出来ないのだが、13歳になるとFランクとしてギルドへ仮登録する事が出来て、成人するまでは見習い期間を過ごす事になる。

 成人して本登録が出来る様になると、やっとEランク冒険者として本格的に依頼が受けられるようになる。

 なので、正確な冒険者ランクはEランクからだと言われていたりする。


 もちろん、俺は現在Fランクだ。

 Fランクは主に先輩冒険者からの依頼で荷物持ちをしたり、倒された魔物から魔石を回収したりしながら冒険者活動を学んでいく。

 ただし、Fランク(見習い)を雇えるのはCランク以上の冒険者だけで、これは見習いの命を守る為のギルドによる最低限のルールとなっている。




「おはようございます。今日お世話になる見習いのリンクとファルです」


 俺は階段横にいる『剣刃』の3人へ挨拶をしようと声をかけた。


「ん?…おっ!? お前ら見習いだったのか!! まぁ、それはいいか。俺はパーティリーダーの『ダント』だ。今日はよろしくな」


「斥候の『シン』だ。よろしく」


「私は『エリザ』よ。今日は頼むわね」


「こちらこそ今日はよろしくお願いします」


「ファルです。よろしくお願いします」


 大柄で背中に大剣を背負った坊主頭のダントさん。

 小柄で腰の後ろに短剣を装備しているシンさん。

 スレンダーで背中に弓と矢筒を背負った金髪のエリザさん。

 名前はちゃんと頭に入れとかないとな。


 挨拶が済んだので、俺は気になっていた事を聞いてみる。


「そういえばダントさん、さっき俺達の事を知ってるような反応をしてましたけど、何処かで会ったことありましたか?」


「いや、ちゃんと会ったのは初めてだ。 でもお前らよくここの訓練所で模擬戦してるだろ? それを何回か見かけた事があるんだよ。子供の癖に高いレベルの模擬戦してやがるから記憶に残ってたんだ」


「あぁ…なるほど、そういうことでしたか。 何処か知らないところで迷惑でもかけてたのかと心配になりましたよ…」


「いやいや、あなた達は絶対迷惑掛けるようなタイプじゃないでしょ…」


 エリザさんがそう言うと、シンさんも続いて頷いていた。


「そんな事よりさっさと出発するぞ。 話をするのは歩きながらでも出来るからな」


 アイドリングトークはそこそこに、俺達はダントさんの号令で出発する事となった。


 俺とファルは用意されていた荷物を背負い、『剣刃』の後ろについて街の北にある森へと向かって歩き始めた。

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