第七話「おい、そのアイテムポーチは俺のだろうが?」


 三十八日目。

 そろそろ魔石も大量に溜まったことだし、魔物の素材もアイテムポーチの収納空間を圧迫し始めていた。

 クロエの熱もちょうど下がってきたことなので、冒険者ギルドの素材受け渡し口に並んで換金と貢献値稼ぎを行おうと考えた。



 貢献値というのは、冒険者ギルドが冒険者をランク付けするために作った点数システムのことである。

 魔物をたくさん狩る、魔物の素材をたくさん納入する、依頼をたくさん受注してこなす、などすれば貢献値が高くなる。ある程度点数が高くなれば、筆記試験、実技試験をクリアしたのちにランクが上昇するのである。



 当然、何の依頼も受けていないクロエの貢献値は未だに0である。二年近く貢献値0が続くと冒険者免許停止になる恐れがある。

 まだまだ先の話ではあるのだが、今のうちに貢献値システムの勉強も兼ねて、クロエにアイテムポーチを預けて窓口に向かわせたのだった。



 だが、しかし。



「――おい、そのアイテムポーチは俺のだろうが? 何勝手に盗んでやがる?」



「え?」



 あちゃあ、と俺は内心でため息をついた。まさかとは思っていたが、ちょっと目を離した隙にこんなことになるとは思っていなかった。

 流石は開拓都市アンスィクル、本当に治安が悪い。

 見れば、クロエが背丈の倍近くありそうな男に脅されていた。よくあるカツアゲである。

 冒険者の中にはがらの悪い連中が一定数存在しており、こうやって難癖をつけて、高価なものを巻き上げる手合いもたまにいるのだ。



「お前みたいな駆け出しの冒険者で、そんな高価なポーチを持っているわけがないだろう。見たところ魔導士ってわけでもないし、どこかの良家の出身ってわけでもない。そんな奴が、なんでそんなに高価なアイテムをもっているんだ」



「え、えっと、これは私の――」



「不気味な顔しやがって。俺としたことが、その病気みたいな顔に目を取られてしまってポーチを盗み取られたことに気づかなかったぜ」



 何とも強引な難癖のつけ方だが、クロエは戸惑うばかりでいいようにされていた。

 周囲の人間も、クロエが物を盗ったのではないかと訝ったような表情になっていた。



 まずいな、と思った俺は咄嗟に口をはさんだ。



「悪いがそいつは俺のアイテムポーチだ。どこの迷宮で拾ったのかも、中に何が入っているのかも全部そらんじてみることができるぜ。お前さん、俺のアイテムポーチに手を出そうなんて、ちょっとおいたがすぎるんじゃないかい?」



「……あ? なんだお前? 俺のものだって言ってるだろうが」



「盗人猛々しいな。証拠でもあるのか」



 不機嫌そうな視線が返ってくる。視線から感じる威圧感はかなりのものだった。手ごわい。実力者なのだろう。

 会話で時間を稼ぎながら、俺は外套のポケットに手を入れた。

 目当てのものは――見つかった。それを握りしめながら、俺はじわじわと距離を詰める。



「あるとも。俺の仲間が、ポーチを盗み取った瞬間を目撃してるんだ」



「そんなの言いがかりだろ。言っておくが俺は中身をきちんと説明することができる」



「おっと、その手には乗らねえ。どうせお前は、読心スキル持ちだろう。俺のポーチの中にとんでもなく高価な素材が入っていることを嗅ぎつけて、こんな茶番を仕掛けてきてるって腹だ」



「お前にも同じことが言えるぞ。というかそんなスキルは存在しない」



「は! 聞いたかよ! こいつ読心スキルの存在を知らないだなんて、とんでもねえ嘘をつきやがる!」



 傑作だとばかりに、男は吠えた。

 その自信満々なふるまい方のせいなのか、周囲の人間も、この男に飲み込まれつつあるようだった。



「俺はB級冒険者のビル・バクスターだ! 迷宮に何度も挑戦し、不死身のビルと恐れられ、この地アンスィクルで伝説を作ってきた男だ。そんな俺だから断言してやる。嘘つきはてめえだ! 読心スキルが存在しねえだとか適当なこといいやがって、俺様に難癖つけようったってそうはいかねえ」



 え、冒険者ランクで勝負するの? 絶対俺のほうが伝説作ってるからな――とは口が裂けても言えない。

 だが内心物凄くもやもやするものがある。いっそのこと名乗ってやりたい。

 なんだよ、不死身のビルって。初めて聞いたし大したことなさそうなんだが。地元の不良みたいなイキリ方しやがって。

 ちょっと昔、【瑠璃色】名乗ってましてね、なんてドヤ顔で言ってみたい。



「初めて聞いたぜ、ど三一さんぴん。街一つ救ってから大口たたいたらどうだ?」



「あ?」



 ポケットから手を出す。同時に輝く瑠璃色の魔石。

 冒険者タグは、何も首から吊り下げるだけではない。

 ――思い切り魔力を込めたら、目くらましになる。



「ほらよ! こっちこい! 今のうちだ!」



「え、あ、ちょ」



 クロエを連れて走って逃げる。こういうのは勢いが大事なのだ。

 結局、素材の換金は出来ずじまいだった。











 三十九日目。

 ――決闘で決着つけようや。

 そんな頭の悪い文章が、掲示板に依頼として張り出されていた。

 そしてそれまでの間、なんとクロエの名前を使っての素材換金が差し止めになってしまったのである。(顔半分が潰れている女は素材換金できない、みたいな書かれ方をされていた。腹立たしい)



 どうやら、あの男がB級冒険者というのは嘘ではないらしい。

 国も重用するほどの実力者の主張と、得体の知れない不気味な見た目の初心者冒険者の主張。

 しかも俺たちは碌な弁明ができた状況でもなかったので、疑惑だけが独り歩きした形になった。

 アイテムポーチを奪われた、というありもしない事実が、着々と作り上げられていた。



「あーあ、しくじったなあ、クロエの保証人欄に偽名使っちゃったなあ……。せめて元【瑠璃色の天使】の一員だったA級冒険者のミロクの名前を使っておけば、余裕であの場は切り抜けられただろうな……」



 あんな強引な難癖、勇者一行の肩書を出せば、どうとでもねじ伏せられた。

 元より無理筋な要求なのだから、後はこちらも素性のしっかりした人間であると証明できればどうとでもなった。



 だが俺は逃げた。

 俺が偽名を使っていることがばれたら嫌なので、逃げてしまった。ついでに言えば、追放されたパーティの威を借りるのも気が引けた。

 身分を隠したいので当然と言えば当然なのだが、それがまずかった。



 こちらにやましいところがないと、あの場で逃げ出すなんてことにはならない。

 おかげで事態が余計にややこしいことになってしまっていた。

 やはりあの二人はビルのアイテムポーチを盗んだのではないか、と疑惑が残ってしまったのだ。



「うーん、決闘、勝つしかないかなあ」



「……そうですわね」



「クロエが」



「……そうですわ――え?」



 俺は目立ちたくないので仕方ない。彼女を本格的に鍛え上げて、あのビルとかいうよく分からん男を叩きのめすことにした。


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