第一章 役立たず付与魔術師、ユニーク討伐を果たす
第六話「……ガチャ、辞められないなあ」
このユグドラシル大陸に【世界迷宮】が登場して幾星霜。
迷宮から溢れ出た魔物によって、地上の人たちがどれだけ無残に殺されてきただろうか。
遥か昔に、【世界迷宮】は地上の全てを飲み込もうとしたことがある。
それは、地上の世界の否定。
限られた資源を奪い合う愚かな世界から、豊かな資源を分かち合う構造社会への作り変え。
ヒトの欲望を吸収し続けた存在、ヒトの欲望を最大化させるために行動する意志なき存在、【虚ろなるもの】による侵略戦争である。
しかし、かつての英雄たちは否定した。
この迷宮による侵略を退けた。
欲望を最大限満たさせることは、ヒトの可能性をより広げる道とは異なると。
欲望が叶い続ける世界には、創意工夫など宿りようもないと。
創意工夫のない世界に、明日への発展は望めないのだと。
かくして、【虚ろなるもの】は迷宮の奥底に封印されたのである。
深く、永い、時間の檻の奥底に。
しかして、未だに虚ろなる魔王あり。
欲望を叶えるための魔王は、形を変えて今もなお、この世界を侵略しているのだ。
かつての冒険の目的。俺が勇者パーティだった頃は、虚ろなる魔王の討伐のために東奔西走していたものだった。
「俺が勇者パーティの一員だった頃は、この魔王たちを封印していくのが使命だった。謙譲なき王ルシファー、慈悲なき王サタン、忍耐なき王レヴィアタン、勤勉なき王ベルフェゴール、救恤なき王マモン、節制なき王ベルゼブル、純潔なき王アスモデウス、誠実なき王ベリアル、勇気なき王アスタロト……彼らの封印は、まだ終わっていない」
虚ろなる魔王――別称、大罪の王たち。
彼らは欲望の化身であり、そしてヒトの救済者を騙るおぞましきもの。
「【大罪の迷宮】の奥底には、虚ろなる魔王たちが待ち受けている。迷宮と言う名前だが、正確に言えば入口も出口もない。この世界の一部さ。
虚ろなる魔王を中心にこの世界の空間が歪み、迷宮化しているんだ。彼らの住まう場所、彼らの周囲が勝手にダンジョンに変貌してしまうんだ。彼らはもはや、歩く迷宮核と化している」
説明を聞くクロエは、言葉を一切挟まなかった。俺の説明を静かに聞いている。
本来、瑠璃色の勇者の名を冠していたのは【群青の天使】のリーダーだった冒険者である。その男はチームで一番優れた者に勇者の名を譲った。ミロクからアズールへ。
ずっと前から、俺は、勇者ではなくなったのだ。
だからこそ。
きちんとクロエの目を見て告げる。
「だから聞いてくれ、今の俺が目指していることはな……」
「……はい」
「んなもん全部忘れて、まったり優雅なスローライフを送ることだな!」
「ですわね!」
よかったー、と胸を撫で下ろしてほっとした表情でクロエは朗らかに笑っていた。その反応を見て俺も安心する。
その通り。魔王は他の人が倒す。
多分アズが倒してくれる。あいつなら間違いない。
当然である。今の俺は自由な身、何かを頑張る必要なんて全くないのだから。
気分的には、俺も彼女も前いた
今欲しいのは癒やしだ。ゆったり好きに生活できる環境基盤と、ささやかな自由と、心を豊かにする優雅な趣味に溢れた素晴らしい余生。
ワインとか飲んでゆっくりしたい。それも飛び切り良いワインを朝日を浴びながら一杯。
そう告げると、クロエも目を光らせて「いいですわね、それ!」と同調してくれた。今知ったことだが、彼女は意外とお酒が好きらしかった。
「牛ほほを煮込んだビーフシチューと一緒に、シーフードグラタンとサクサクしたパイを食べたりして」
「あああ、それ最高なやつ、最高なやつですわ」
最高なやつって。
そんな言葉遣いするお嬢様初めて見た。
実はこの貴族令嬢、意外と俗っぽいところがあるのでは、なんて思ったり。
だけどまあ、とどのつまり、パーティ追放された俺と爵位追放された彼女が目指すものは一つ。
「「心豊かな生活を!」」
うん。
世界を救うのは俺じゃなくてもいいしね。
二十六日目~二十八日目。
この日はクロエと一緒に罠の仕掛け方を勉強した。まだ冒険始めたての頃は、まず罠の作り方を学ばないといけない。魔物との戦い方を覚えるのはもっと後になってからでいいのだ。
罠作りといっても、作業内容は難しいものではなく、言ってしまえば極めて地味なものである。
歩き回って、おそらく獲物が引っかかるであろう場所を探って、穴を掘ったりくくり罠を作ったりして放置するだけ。
たったこれだけのことなのだが、これが意外と疲れる。広い範囲を歩き回る必要があるし、もし獲物が罠にかかっていたら解体作業をする必要がある。
罠を使った魔物狩りも、あまり楽なものではないのだ。
成熟したヒノキの甘皮を好むシカは、ヒノキに噛み跡を残す。その動線に罠を仕掛けておけば、たまに間抜けなシカが引っかかってくれる。
泥のそばにはたまにイノシシが寄ってくることもある。体にくっついたダニなどの寄生虫を落とすため泥浴びをする習性があるのだ。その動線にも同じようにして罠を仕掛ける。
「……冒険者って、もしかして魔物とあまり戦わないのかしら。先ほどから、罠にかかった魔物だけを仕留めている気がしますわ」
「戦わないに越したことはない。罠を仕掛けて引っかかった魔物を一方的に仕留められるなら、それが一番いいんだ。無用なリスクを負うのは避けて、いかに楽をするかが大事なんだ」
世間一般のイメージでは、冒険者というと魔物と戦う専門職のような印象を抱かれがちである。
だが実際のところは、薬草や鉱石を採集するためにそれらに詳しい鑑定士や、迷宮に刻まれた古代文字を読む考古学者、未知の迷宮を測量して地図化する地図士など、戦闘のあまり得意じゃない人たちも冒険者として結構な数が存在する。
魔物を狩るという観点で言えば、罠を仕掛ける罠士なんかもポピュラーな職業だ。
「クロエには、罠の作り方を通じて、魔物が生息しているであろう痕跡の見分け方や、生えている植物の知識、さらには長い距離の歩き方、ぬかるんだ土地の歩き方、音を殺した歩き方などを習得してもらうつもりだ」
「……流石は、経験豊富な冒険者ですわね。こんなに丁寧に、つきっきりで指導してもらえるなんて、と考えたほうがよさそうね」
「ちゃんと学べばちゃんと力はつく。知識は力だ。俺に頼らなくても魔物を狩れるぐらいには成長してもらわんと」
「……努力しますわ」
この日もまた、塩味の煮込み料理である。そろそろ飽きてきたが、食材が豊富にあるというわけでもないので、料理が単調になるのは仕方がなかった。
二十九日目~三十三日目。
クロエの顔が少しずつ治ってきた。表面の壊死組織を除去しながら、治癒魔術を繰り返しかけることで、どす黒い変色部分は殆どなくなった。
不自然な凸凹が残り、よくわからない膿汁が染み出たりしてはいるものの、以前よりは前進していると考えてよさそうだった。
「……やはり、どうしても跡は残ってしまいますわね」
顔だけではなく、全身も同じような状況である。どす黒い疱瘡はあらかた除去が終わり、ぽつぽつ壊死した皮膚が残っている以外は瘡蓋になっている。
長期的に腰を据えて、これからも治癒魔術を何度も繰り返しかけながら、毒を取り除いていかないといけないだろう。
「これでも治癒魔術を使えるんだ、何もなしで自然治癒に任せるよりはるかに改善しているはずだ」
気休めのような言葉をかけるが、クロエはにこりともしなかった。根拠のない俺の言葉を、見透かされたのかもしれない。
三十四日目~三十七日目。
クロエが熱を出したので、看病する。
その辺に生えていた薬草を煎じて薬湯を作り、それを彼女に与える。
汗を拭いて、服を着替えさせて、消化のよさそうな料理を作って、獲物を狩ってまた戻る。
(傷口から変な細菌が入ったりしたんじゃないだろうか? 別にステータスを見る限りは命に係わる病気にはなっていないが)
ゆず皮と三つ葉の入った芋粥、どくだみを煮出した薬湯、そして保存食のパンを二切れほど。
魔物の肉を食べるのはもう少し元気になってからである。それまでの間、クロエにはしっかりと養生してもらいたい。
ミロク
Lv:4.72→16.13 Sp:0.11→23.38→0.38
≪-≫肉体
├免疫力+
├治癒力+
├筋力+++ new
├視力+++
├聴力+++ new
├嗅覚++ new
├×(味覚)
├造血
└骨強度 new
≪-≫武術
├短剣術+ new
├棍棒術++ new
├盾術++ new
└格闘術++ new
≪-≫生産
├道具作成+ new
├罠作成++
├鑑定+
└演奏 new
≪-≫特殊
├暗記 new
├魔術言語++
├詠唱+
├治癒魔術+++
└付与魔術++++++++
(格闘術と短剣術のスキルを習得したおかげで、随分と身のこなしが楽になった気がするな。筋力も増やしたし、頼みの綱の棍棒術も強化されている。悪くないんじゃないかな)
俺のスキルはというと、順調に成長を続けていた。やはり
なお、骨強度、演奏、暗記という謎のスキルはまたもや【喜捨の祭壇】で手に入れたものである。正直なところいずれも期待外れであったが、新しいスキルが手に入るというのは面白い。
どんな外れスキルでも、使い道というものはあるはず――と自分を半ば無理やり納得させる。
普通、スキルを獲得しようと思えば、それ相応の修練を積まないとだめなのである。
才能の欠片に満ち溢れた天才ならばすぐにスキルを手に入れられるのだろうが、その天才であってもある程度は努力してスキルを身に着ける。どれだけ頑張っても才能が芽を出さないことだってある。
それが、【喜捨の祭壇】を使えば、
何の努力もなしに、いとも簡単にである。
今のところは結果として外れスキルしか手に入ってないのだが、自分で気の遠くなるような修練を積み重ねるよりは、幾分かましかもしれない。
これでもしとんでもなく希少な才能を引き当てたらどうしようか。それこそ空間魔術やら魔眼のような、世界でも数人ほどしか存在を確認されていない才能を当ててしまった暁には、俺はきっと歓喜して狂ったように魔物を狩りまくるだろう。
(……がちゃ、辞められないなあ)
祭壇のそばの碑文には、がちゃの沼、という気になる単語が刻まれていた。
よくわからないが、がちゃを何度も繰り返す人たちがいたという。
その気持ちは俺にもちょっとだけわかる。もう少しだけあの祭壇に挑戦してみよう、という気持ちになってしまうのだ。
あちこちに仕掛けた罠を巡りながら、俺は頭の中で、もしも魔眼が手に入ったらどうしようかな、なんて妄想を続けるのだった。
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