人生は諦めが肝心

 人生は諦めが肝心である。嫌な事もどうせやらされることになるのだ。俺に逃げ場などどこにもない。あるのは可愛い妻と絶対に敵う事ない母上、悪魔の3人が待つ部屋だけなのだから。


 ニーナ姫が来てから数日、国のゴタゴタが片付いたので、改めて挨拶に伺いたいという旨の親書が届けられた。


「別に、構わないのだがな」

「ニーナ様は真面目ですね。ですが、今度はゆっくりと話してみたいと思っていたので、ちょうどいい機会かもしれませんね」


 そうアイリスと話していた。そこに奴が現れてから状況が一変した。


「ふむ。その時に『あーちゃん』になっていると面白いかもしれませんね」

「「………………」」


 ふと告げられた一言。俺は何を言われたのかわからず沈黙し、アイリスは深く何かを考えた様子で……


「……マリー、今すぐ王妃様に連絡を」

「わっかりましたー! 今すぐ向かいます」

「………………! マリー、待て!!」


 マリーは俺の制止の声に振り返る事なく部屋から走り去って行った。


「ふふっ、面白くなりそうですね」

「……面白くない」

「そう拗ねないでください。ニーナ様がどのような反応をするか、楽しみではありませんか」


 あの日からずっと抵抗を続けてきたが、結局誰も撤回する事はなかった。そして今日、とうとうニーナ姫が来る日になってしまった。


 もう一度言おう。人生は諦めが肝心である。そう、たとえここで逃げたところで何になるというのだ。あの3人から逃げ切れるとでも? そんな甘い妄想など捨てるべきだ。下手をすればずっと罰を受け続ける事にもなり得るのだぞ? いや、絶対にそうするだろう。

 だからこそ、こうして言われたら部屋にやってきたのだ。


「あら、ようやく来たわね。もしかしたら逃げたのかと思ったわ」

「……もしそうしてたら?」

「そうね、うっかりあーちゃんの秘蔵コレクションをばら撒いてしまっていたかもしれないわね」

「……そうならなくてよかったです」


 よかった? ……なんだ、秘蔵コレクションって。そんなものがあるなんて聞いてな――

 マリーがスッと何かを取り出した。姿絵? そこには可愛らしい女性が……いや、俺だ。マリーが取り出した姿絵には間違いなく俺が描かれていた。

 

 俺は今、無意識に俺自身を可愛いと思ってしまったのか!?


 力がフッと抜け、膝から崩れ落ちる。


「オット、テガスベッター」


 どこか棒読みでマリーが手に持っていたものをばら撒いた。チラリと目に映るのは先程見せられた姿絵とは違う姿勢、違う衣装を纏った俺だった。まさか……!


 マリーが持っているあの1枚1枚が別々のものだというのか!?


「あ、殿下。そちらにあるのを渡して貰えますか……殿下? ああ、こちらも見たいですか?」


 俺はマリーから残りを受け取り、絶望する。これを破ってしまえば……そんな考えがよぎるが、やめておけと本能が告げる。


「あっ、破ったところでまだまだあるので問題ないですよ。あっ、問題があるとすれば、破った分、それ以上にコレクションが増える事ぐらいですかね。アアー、マタカンリスルモノガフエルナー」


『破ればさらに女装させるぞ。私は一向に構いませんが?』そうニヤニヤと語るマリーに、俺は黙って姿絵を差し出した。忘れよう。今日あった事は全部、姿絵も、それに対して思ってしまった事も全部。

 だが、いつか必ず……必ずマリーには痛い目を合わせる。それだけは絶対に忘れないでおこう。


「アインが来た事ですし、さっそく始めるとしましょうか」

「はい! アイン様、楽しみにしていてくださいね」

「……ああ」


 今一度言おう。人生は諦めが肝心である。

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