勘違い

「……アイン様、私たちはこのままでいいのでしょうか?」

「……いいんじゃないか? 勝手に抜け出すわけにも行かないだろうし」

「……それもそうなのですが、この光景を私は見てていいのでしょうか……」


 アイリスが躊躇う光景を2人で見る。母上が椅子に座り、父上とルーカスがその前で土下座している。一国の王である父上が土下座しているのを見るのはアイリスにとってしのび無いらしい。

 俺は残念ながらこれも見慣れてしまったせいで、それほど違和感は感じなくなってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。


 下手に手を出して巻き込まれるのも嫌なので、少し離れたところで終わるのを待っていると、途中からチラチラと父上がこちらに視線を寄越すようになった。


「……アイン様、陛下がこちらを見て来るのですが」

「……恐らく、『そろそろ助けてくれ』とでも言っているのだろう。……放置でいいのではないか」


 俺の声が聞こえたのか、よく見るとほんの少し肩を落としている。器用なものだ。


「そもそも貴方がルーカスの配属先にケチをつけるからこのようになったのです。それを貴方は――「あ、あのっ!」――アイリスちゃん、どうしたの?」

「ルーカス様がした事はとても擁護する事は出来ませんが、陛下の案が採用されなかった場合、もっと大変な事になったのではないでしょうか」


 この状況を耐え切れなかったアイリスが、何とか父上のフォローをする。父上もどことなく嬉しそうな表情でアイリスを見ていた。

 …………何となくムカつくので、父上からアイリスが目に映らない場所に立つ。


「恐らく、物資の受け渡しすら邪魔されていたでしょう。一応向こうは対価を支払っている訳ですし、そうなると国際問題になっていたでしょう。それも、向こうが有利な形として……我が国にとっては大きな損失になっていたはずです」

「それもそうですね。ですが、今回ルーカスがした事を思い出してください。勝手に使節団を追い返し、他国の姫単身で行動させたのです。拉致された……そう言われても否定できますか?」

「それは……」


 まあ、姫を置いて戻っていく使節団もどうなのだという話だが、戦力差がわかっていて、しかも王子を相手にするのは厳しいか。

 断れば、不敬だと言って攻めて来る可能性は捨て切れないものな。しかも、確実にルーカスはやろうとするだろう。誰も聞きはしないと思うが、判断が難しいところだ。


 突破口を考えるが何も思いつかなかったのだろう。アイリスは静かに「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。


「別にアイリスちゃんが謝る事なんて何もないわよ。言いたいこともわかるわ。けれど、一つ勘違いをしているわ」

「勘違い、ですか?」


 勘違い……確かに、母上がルークを北に向かわせる意図がわからない。さっきのアイリスの言ったことも予測していたとなると……やめろ父上、説教がなくなったからと言って嬉しそうな顔をするんじゃない。長年一緒にいてなお、それが母上にバレないとでも思っているのか?


「そうです。私は最北と言っていたのです」

「はい。ですから、その場合……」

「いいえ、それはこの国での最北です。私が言っているのはこの世界の最北です」

「「………………」」


 つまり、母上はルーカスを今回の件に巻き込まないようにさらに北に向かわせようとしていた、と。いや、流石にいくら母上でも本気でそんな事を考えては……


 俺の表情を読んだのか、父上が首を横に振った。どうやら本気で考えていたらしい。


「ある文献では、『可愛い我が子を崖から突き落とす』というものがありました。私もそれに倣い、ルーカスに甘さを捨ててもらおうと思ったのです。これも私の愛情です。それを、『厳しすぎる』やら、『もっとルーカスの事を見てやれ』など、どの口が言っているのでしょうね?」


 あーうん。父上、今回は諦めよう。母上の蓄積された鬱憤はこの程度の説教では晴れないみたいだ。


 さらに過激になった説教を、俺とアイリスは一歩、また一歩と下がり見守ることしかできなかった。

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