同志

「急なお願いに了承してくださり、本当に感謝するのじゃ」


 そう言ってニーナ姫は頭を下げる。今俺たちがいるのは城の中庭だ。今の時期は薔薇を見ながらお茶ができるという事もあり、母上とアイリスがよく利用している場所でもある。

 一国の姫と対談するような場所ではないかもしれないが、今回は向こうのお詫び。こちらはそれをあまり気にしていないという事で、お茶会という形にするのだそうだ。


 彼女もそのためか、以前のような堅苦しいさがなく――以前に堅苦しさなんてあったか? まあいいか。今は本当に楽しそうである。


「そういえば、今日はアイン殿下は居らぬのか? 一言でもお礼を言いたかったのじゃが……あっ! 決してこのような場が不満な訳ではないぞ! このような女性だけのお茶会も楽しいのじゃ」


 北の国はそれほど裕福ではない。そのため、あまりこのようなお茶会をする機会もないのだという。もちろん、仲のいい友人と行うこともあるみたいだが、それもほとんどなかったらしい。


 ……さて、大型予想通りだろうが、今俺はお茶会に参加させられている。そして、それはニーナ姫には気づかれていない。


 さすがに言葉を発すれば俺だとバレてしまう。だからずっと黙っていたのだが……


「アイン殿下の妹君かのぅ? 何となく雰囲気が似ておる」

「う〜む。恥ずかしがり屋なのか? まだ一言も話してくれんが……」


 ニーナ姫は何かとかまって来る。まずい。興味を持ってくれなければすぐにこの場から立ち去ろうと考えていたのに……この状況ではそれができそうにない。


「実は、その方がアイン様なんです」


 ……ん? 聞き間違いか? 今、アイリスがスッと「今日はいい天気ですね」のような感覚で俺の正体をバラシた気が……

 

「実は、その方がアイン様なんです♪」


 言った! さっきよりも楽しそうに言った!! アイリスはどういうつもりでそんなことを……

 それに、急にそんなことを言われればニーナ姫が混乱するに決まっている。さっきまで楽しそうにしていたのに、ショックで一言も話せなくなってしまったじゃないか!


「………………か」

「はぁ……、ニーナ姫、騙すような真似をしてすまなかったな」

「本当に貴方はアイン殿下なのか?」

「……ああ、そうだ」

「……ずるいのじゃ」

「? なにが――「ずるいのじゃ」――だから、何が!」


 俺に対して罵倒とかならまだわかる。女性しかいないと思っていたのに、男である俺が居たのだから。たが、ずるいとはどういう事だ。


「妾は不安で仕方なかった。あのルーカスという話しがまったく繋がらん男の兄だと聞けば、そう思っても仕方ないだろう」


 まぁ、道中ずっとルーカスの対応をしていればそう思うだろうな。どうせ、ルーカスの事だ。俺のことを話すのなら自分よりも低く見えるように話しをしていただろう。

 

「だが、蓋を開けてみればどうじゃ。婚約者……いや、奥方のことを大事にしておるのはすぐにわかった。それでも婚約を迫った妾にあんなにも良くしてくれて……話し合いが終わった後でも正直に惚れたのじゃ!」


 行動理由がわかれば、彼女を邪険に扱う必要もない。丁重に扱うのは当然だと思うのだが……惚れられるのは少し困るな。


「カッコイイと思っておった。それなのに、こんな、こんな可愛く……ずるいのじゃ!」


 ようやく繋がった。ダメだ。彼女はアイリス側だった。


「ようこそ。ニーナ様……いいえ、これからはニーナと呼ばせてもらってもいいでしょうか」

「もちろんじゃ! 妾もアイリスと呼んでもよいのか」

「もちろんです。それではニーナ。改めて、ようこそ。これは、同志……お友達になった貴女にささやかなプレゼントです」


 アイリスは1枚の紙をニーナ姫に渡す。ニーナ姫は一度首を傾げた後、紙を受け取って、黙って金貨を取り出した。


「必要ありません。言ったでしょう? これは貴女へのプレゼントです」

「本当に良いのか?」

「ええ、もちろんです」

「感謝するのじゃ!」

 

 いい光景……なのだろうな。アイリスがお友達と言う前に同志と言わず、渡しているものが俺の姿絵でなければ、きっと。それに、ニーナ姫もそんなに嬉しそうにするものでもないだろうに。

 そもそも、俺の許可なくあんなものを作り、渡すのはどうかと思う。例え、俺に拒否権がないとしても、せめて一言くらい……言わないでいいから目の前でやらないでもらいたい。二度と、切実に。お願いだからもうやめてください。

 ダメ元でもそう願わずにはいられなかった。

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