誠意とは
マリーの日記からは特段得られるようなものはなかった。アイツのことだ、どこかに秘密の暗号を隠しているかもしれない。そう思い隅々まで読み込んでいるのだが、そういった物の形跡もない。
さらにページを進めていると、気になる文章が出てきた。
『今日、アイリスお嬢様から呼び出しがあった。殿下を呼ぶのか尋ねたら断られた。どうも殿下ではなく、私に用があるらしい』
『アイリスお嬢様は2人っきりになると、「取引をしましょう」と言った。その時は本当になにを言われているのか分からなかったが、よくよく話を聞いていると、どうやら私の殿下の秘話がお気に召したらしい』
アイリスとマリーは他の侍女よりも距離が近いと思っていたが、こんなやりとりをしていたのか。にしても、内容が俺の秘話なのは何故だ!? 秘話なんだから秘密にしろよ! アイリスもアイリスで何でそんな取引を持ちかけるんだよ!
この手帳を読んでいると、言いたい事がありすぎて、読むのに時間がかかる。これはもう解読と言ってもいいのではないかと思うほどに、手が進まない。
『アイリスお嬢様はどうやら私が知っているいろんな殿下の情報が知りたいらしい。だけど、いくら殿下の婚約者とはいえ、私にも殿下の専属侍女としてのプライドがあります。そう易々と殿下の情報を渡すわけにはいきません』
ああ、知っている。どうせここでかっこいい事言っていたとしても、どうせ裏切るのだろう? そう内心で毒づく。
『目の前に金貨の山が積まれる。ここまで誠意を見せられたら、断るわけにはいきません』
ゴンッ、大きな音が部屋に響き渡る。想像以上に酷い結果だった。額をさすりながらもう一度同じところを見る。
間違いなく『誠意』と書いてある。アイツの中で誠意とは一体何なのだろうか……………ああ、金か……
なんだか疲れてきたが、まだ奴の弱みは握れていない。ここでやめたら今までの苦労が無駄になってしまう。そう思い、また手帳に目を向けた。
『私は気づいた、気づいてしまった。殿下の偉大さに』
「なに?」
アイツがそんな殊勝な事を言うはずがない。必ず裏がある。俺はそう確信していた。
『だって、殿下は素晴らしいじゃないですか。こんな、こんな風に――』
珍しく文章が途中で途切れていた。今までは上手く1ページに収めていたのに、今回はわざと収めていない感じだった。
次のページにめくろうとして、嫌な予感がする。ここでやめておいた方がいいのだろう。だが、ここまで来てやめるという選択は俺にはなかった。
『こんな風にお金になるのですから! 殿下はビジネス! これからも誠心誠意お仕えいたしますね、殿下』
バンッと手帳を強く閉じ、地面に叩きつけそうになるが踏みとどまる。しかし、今日はこれ以上読み進める気力はもうない。
「殿下、今日は……痛い、ちょっ、殿下、痛いです。本を投げるのは止めてください。今日はやけに反抗的ですね……ちょっと恥ずかしい本でも読んで……殿下、その分厚い本はやめましょ、ねっ? ノックしなかったのは謝りますから、ちょっ……!?」
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