悪魔の手帳

 俺は今、悩んでいる事がある。それがこの手帳だ。手帳の真ん中を過ぎたあたりに栞がある事から今も使われているの物だろうと推測できる。

 それだけに、俺はこの手帳を見ていいものなのかとずっと自室で悩んでいた。


「……見ない事には誰のものかわからないよな」


 決して覗き趣味がある訳ではない。ただ中を見てみないと落とし主が誰かわからないのだ。仕方ない、そう、これは仕方のない事なのだ。


 そう自分に言い聞かせて、どこかワクワクとした昂る気持ちを抑えながら、そっと手帳をめくった。

 

『今日も殿下をからかった』


 そっと手帳を閉じた。


 いや、あの一行だけが書いてあった訳ではない。1ページに満遍なく文字は書かれていた。だが、あの言葉だけが何故か大きく書かれていたのだ。目につくなという方が難しいだろう。


 気を取り直してもう一度、次はさっきとは別のページをめくった。


『今日も殿下を可愛がった』


 顔が引き攣るのを感じる。こんな事を書く人物など1人しかいない。いいや、1人じゃないと困る。こんな事を書くやつなどマリーだけで十分だ。


 はぁ。この手帳がマリーの物だとわかったので、これ以上見るのも悪いだろ……う? いや、これはチャンスなのではないか? 今見たのがたまたま俺の部分なだけであって、これにはアイツの弱みが書いてあるのではないか!?


 そうなれば、今すぐ返すなどあり得ない。アイツの弱みを握るまで、隈なくこの手帳を読み込んでやる。


 読み進めていったものの、ほとんどが俺の内容であり、一種の嫌がらせかと思うほどだった。


「んっ?」


 ペラペラとページをめくっていると、初めて『からかった』『可愛がった』『おちょくった』と書かれていない部分が出てきた。


『今日、初めて殿下の婚約者であるアイリスお嬢様と出会った』

『殿下の前では緊張していたのか、少し無理して大人っぽくしているように見えたが、話してみると殿下の好みに合わせようと頑張っているみたいで、とても可愛らしく見えた』

『この子なら殿下を任せても大丈夫だろう。理由はないけど、そう思った。私の勘はよく当たるので、今回も当たってほしい』


「……マリー」


 いつもおちょくっては来るが、俺が本当に困っている時には手を差し伸べてくれたりする。実の姉はいないが、マリーの事は本当に姉のような存在だと思っている。


『だから、殿下の可愛い秘密話を話してあげたら大層喜んでくれた。こんなに喜んでくれるならまた話してあげてもいいかな』


 なにが『だから』なのかわからない。それよりもやはりアイリスが俺のことをやけに知っているのはアイツの仕業だった。


『後日、アイリスお嬢様がチップをくれた。あの秘話のお礼らしい。やはり私の勘はよく当たるみたいだ。この子は絶対にいい子だ』


 アイリス!? いや、お礼の品が思いつかなかったからお金を渡したんだ。そうに違いない。だが、途中少しでも感動した俺の気持ちを返してほしい。


 手帳を一度閉じ、ふぅと息をつく。まだ少しだというのに、既に分厚い本を読み切った時ほどの疲労感だ。それなのに大した満足感どころか、俺の嫌な記憶まで呼び覚ましてくるのだから、たちが悪い。


 だがここで止めるわけには行かない。あの悪魔マリーの弱みを握るために、俺は、前に進む!


 そう意気込み、悪魔マリーの手帳を読み進めた。

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