過去の事実
決着は一瞬でついた。ルーカスが地面に倒れ込むという形で。
――コイツ、ここまで弱いのか?
勉強をサボってでもこの訓練場に通っていたのだ。さぞかし鍛えられているのだろうと思って警戒していれば、繰り出されるのはただの大振りなだけで、剣術というのは一切感じられなかった。
「どうして……どうしてだ!? お前は惨めに逃げるだけだっただろう!」
「いや、あの時の服装は……!」
アイリスはこの事を知らない。俺の口からあの事を言わせる算段だったのか。その手には引っかかるものか――
「あの時のアイン様の服装はドレスでしたよね? その時の試合をいつまで勝ち誇っているのですか?」
当然のように話すアイリスに思わず振り返る。アイリスは一瞬『しまった』という顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。
あの時、アイリスはあの場にいなかった。ならば、犯人は1人しかいない!
「マリー!」
「どうしたんですか、殿下。いつもの可愛い顔が、怒ろうとしているけど隠しきれていない可愛い顔になっていますよ?」
結局、可愛い顔が変わっていないのはどういう事……いや、コイツと話していると話が進まない。
「アイリスに言ったのはお前だろう!」
「ふふっ、殿下はどうしても私を悪者にしたいみたいですね。ですがっ! この件については私は何もしていませんよ」
「嘘だっ! お前以外に誰が俺のことを――」
「いらっしゃるじゃないですか。殿下をこよなく愛し、着飾る事が好きなお方が」
いつものようにマリーが誤魔化しているのだと思った。そう思いたかった。
母上がいる方向を見る。ヒラヒラと手を振りながら微笑んでいた。
「母上がそんな事をするはずないだろう!」そう言えたらどれだけよかっただろうか。
俺はその場に膝をついた。
あの日、俺は母上にドレスを着させられている事を忘れ、訓練に参加した。今思えば、なぜ誰も何も言わないんだ?
……はぁ、気にしていても無駄だな。その時にルーカスと何故か模擬戦をすることになったのだが、そこで問題が起きた。
あの日もルーカスの攻撃を受け止める事は出来なかった。体格も力も違う。
だからこそ俺は避ける事を意識していた。幸いルーカスの剣は振り回す、振り下ろすといった極端な動きしかなく、避けるのは容易かった。
今日のように、体を動かす事に適した服なら何も問題はなかったのだ。だが、あの時着ていたのはドレス。ルーカスの振り下ろした剣がドレスの裾を引き裂いた。
当然、俺の顔は真っ青に変わる。その時に自分がドレスを着ていたと気づいたのだから。そしてそのドレスは母上が用意したもの。それが破れたのだ。
俺は一目散に母上の元へと向かった。恥なんて知るものか。この危険な状態で悠長にしている方が問題だ。
そんな思いで母上にひたすらに謝り続けた俺はお咎めなしとなった。2週間ほどドレスを着させ続けられたが、その程度で済んだ。そう思えるほどに、ルーカス、そして監督責任としてジークへの罰は想像を絶するものだった。
ひたすらに剣を振り続ける。一日中、天気なんて関係なく外で毎日。休憩しているのを誰かに見られると食事が段々少なくなるというおまけ付きで。
流石のルーカスもそれに懲りたのか、俺と模擬戦とは言う事はなくなった。のだがなぁ……
ルーカスを一瞥し、ため息をついた。
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