兄弟対決
勝負しろとは言うが、俺がそれを受ける理由などない。むしろそんな面倒な事をしている暇はない。
アイリスに負けた……その事実がルーカスにとって許されることではないのだろう。それはなんとなく理解できる。だが、だからといって俺を倒した所で何も変わるわけではないのだが……
「それともまた逃げるのか?」
俺が黙っているのが気に入らなかったのか(実際は呆れ過ぎて声も出なかっただけなのだが……)ルーカスは俺を見下し、嘲笑うかのように言葉を続けた。
「あの時のこと、忘れたとは言わないよなぁ? 顔を青くして、尻尾を巻いて逃げたあの日のことを!」
……覚えていないはずがない。忘れることなど、できるわけがない。あの日の事は絶対に……
「ジーク!」
俺はルーカスのお目付け役で騎士団長の名前を呼んだ。だが、彼は諦めたように首を横に振るだけだった。
ジークの元に駆け寄り、小声で話しかける。
「ジーク、あれは一体どう言うことだ? なぜわざわざあの時の事を蒸し返すんだ?」
あの日……あの事件と言った方がいいだろう。被害を受けたのは俺よりもルーカスの方のはずだ。なのに――
「あの日の事を反省していないと母上に知られたらまずいことになるぞ」
「……殿下、その心配をする必要はありません」
「……! どういう「既にあちらにお見えになられていますから」……」
ジークが諦めたように、そっと向けた方向に視線を送る。居た。本当はこんな所には居ていいはずのない人物が、遠くから見てもわかるぐらい、とてもいい笑顔でこちらを見ている母上が……
そんな母上を見て、『手遅れ』という言葉が頭を埋め尽くす。
「ジーク………………すまない」
「……いえ、私の教育不足ですから」
ゴツゴツとした肉体のジークが酷く落ち込んでいる姿に、罪悪感が芽生えてくる。
――弟が本当に申し訳ない。
「おいっ! いつまでコソコソ話しているつもりだ! この腰抜け!」
この場において、当事者でありながら今の状況をわかっていないのは正直羨ましいと思う。ルーカスの行動によって、母上の笑みが深まり、ジークが余計に落ち込んでしまった。
――本当に申し訳ない。
これ以上母上の機嫌を損ねられると手がつけなくなる。もう巻き込まれてしまったのだ。被害は最小限に抑えたい。
「はぁ……。それで? お前と戦えば満足なのか?」
「ああ、お前を這いつくばらせて、アイリスの目を覚まさせてやる!」
俺を倒してアイリスの目を覚まさせる……ね。自意識過剰かもしれないが、そんな事をすれば今度は先程以上にアイリスに打ち負かされる気がするのは俺だけだろうか。
もう何を言っても意味が無さそうなので、大人しく模擬刀を受け取って構える。
「模擬戦開始!」
ジークの掛け声と共に、兄弟の対決が始まった。
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