お茶会

「殿下! 大変です! 今先ほど――」


 机で書類に囲まれていると、ノックもなしに扉が開けられる。いつもならこんな事は絶対にないと言い切れるので、本当に緊急事態なのだろう。


 目の前で慌てている様子を見ていると、なぜか逆に落ち着く。

 俺が落ち着けている理由にはもう一つある。彼がなぜここまで狼狽えているのがわかっているからだろう。


「殿下、少し席を外します」


 わざわざ俺のためにお茶を淹れると部屋を出ていたアイリスが神妙な面持ちで入って来た。


「何かあったのか?」

「……少し、王妃様も加えてですが、ルーカス様とお茶会をすることになりまして……」

「母上も同意していると」

「はい……ですが、私は!」


 俺があんな事をしたから、不安になっているのだろう。だが、今はそんな勘違いも、馬鹿な真似もしない。


「大丈夫だ。わかっている。アイリスが俺の事を――」

「よかった〜。これでアイン様が勘違いしてたら、おど……むかしばな……お話しないといけないところでした」

「あ、ああ」


 顔を引き攣らせながらも、なんとか答える。それに満足したのか、アイリスは笑顔を向ける。

 

「それでは行って参ります。心配なさらないでください。私はアイン様一筋ですから」

「気をつけてな」

「はい!」


 機嫌良く部屋を出て行ったアイリス。なんだか違う気がしないでもないが、これが俗に言う尻に敷かれると言うやつなのだろうか?


 こんな出来事が少し前にあったのだ。彼の要件もその事だろう。


「わかっている。アイリスとルーカスの事であろう」

「……! ご存じでしたか! それならよかった。今お二人は」

「お茶会をしているのであろう。母上も加えて。なら――」

「違います! お2人は今訓練場にいるのです!」


 んっ? 聞き間違いだろうか? そうに決まっている。どうしてお茶会に行くと言っていたアイリスが訓練場? 馬鹿馬鹿しい。

 仕事のしすぎで疲れているのだろう。ちょっと休憩をしようとするか。


「ちょっと殿下! 和もうとしないでください! いくら現実逃避しようとも殿下が関わらないわけには行かないのですから!」

「ええい、うるさい! どうしたらお茶会に行くと言っていたアイリスが訓練場に行くことになるんだ!」

「僕だってわかりませんよ! ですが殿下に来てもらわないと困るんです!」


 確かに、立場的には俺が行くのが1番いいのだろう。行きたくはないが……本当に行きたくないのだが、仕方あるまい。


 早く来てそうにする彼を無視してゆっくりと移動する。


 訓練場なのだ。やる事と言えば模擬戦なのだろう。アイリスとルーカス、勝敗は決まりきっている。今更慌てる必要などなないのだ。なぜなら――


「ま、参りました」

 


 アイリスがルーカスに負けるなどあり得ないのだから。


 訓練場に着いた時、俺の目に映ったのは地べたに這いつくばる巨体。そしてそれを見下ろす彼女、アイリスの姿だった。


「そう言えば、ルーカス様は以前なんとおっしゃっていましたか? お互いの得意分野を伸ばす……でしたでしょうか?」

「…………」

「その程度で……ですか?」

「……クソッ」


 今までこれほどまでに圧倒的にやられた事はないのだろう。ルーカスは起き上がろうとはせず、ただ悪態をつくだけだった。


「学力もなく、武力も私に劣っている貴方様に何ができるのでしょうか? 貴方はどの分野を伸ばすのですか?」


 ルーカスは憎らしげにアイリスを見るが、そもそもルーカスに武力があるというのがまず間違いである。


 確かにルーカスはその恵まれた肉体のおかげで力は強い。ただそれだけだ。元々勉強ですら逃げていた奴が剣の型を覚えるために、何度も素振りをするだけの訓練に耐えられるはずがない。体力作りの訓練ですらなにかと口実をつけてサボっていたぐらいだ。

 

 ――それも全部やっていた俺の体はこんなだと言うのに……、俺とルーカス、一体何が違うというのか。


 訓練とは言え、王族に向かって本気で取り掛かれる兵士はどれほどいるのだろうか? 相手に実力があれば話は変わるだろうが、型も何もないただの怪力馬鹿に全力で打ち込める者は居ないだろう。

 いい具合の所で負けてやる。相手にはバレないように……そうすれば相手は機嫌が良くなり、気がつかれる可能性はなくなる。


 そうやって生み出されたのが、自分には武力の才が有ると思い込んだ馬鹿という事だ。


 そんな2人の様子を見ているとルーカスと目があった。苦虫を噛み潰したような顔が一転、不敵な笑みを浮かべ――


「勝負しろ!」


 俺に向かって指をさし、そう高らかに宣言した。

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