二.出会うヒーロー①
「こらー! 待てー!」
草木も眠る真夜中、そんな少女の声が周りに凛と響き渡った。ダンッ! と屋根を蹴り、路地を息を切らして走る男の上に着地する。
「追いついた! ほら、勘弁しなさいっ!」
「くそっ……」
「さっき綺麗な女の人からひったくったバッグ、返してもらうよっ!」
少女はそう言って男の手から、その男には似合わない女物のバッグを奪い取る。男は舌打ちをした。
男の上に乗ったまま少女はバッグの中身を覗く。まだ何も取られていないことを確認してから、少女は満足げに頷いた。
すると横からハイヒールが駆けてくる音が響く。少女がそこを見ると、社会人の女性が駆け寄ってきた。
「あっ、おねーさん! バッグ取り返したよー!」
少女はそう言って男の上から飛び降り、女性に駆け寄る。そして女性にバッグを手渡した。
「中は何も取られてないです! 安心してください!」
「あ、ありがとうございます……この中には、大事な物が入っていたから……」
「それは、取り返せてこっちも嬉しいです!」
少女が笑うと、女性が少女の背後を見て青ざめ、軽く悲鳴を上げる。少女が振り返ると、先程の男がナイフを携え、少女を睨みつけていた。
「てめぇが……てめぇが邪魔をしなければっ……!」
そして男が雄叫びを上げながら少女の元へ走る。パニックになる女性を庇いながら、少女は慌てないでその腕を掴み取った。
「……は?」
「……せーのっ!」
少女はそう掛け声を上げて、戸惑う男を……投げ飛ばす。男は近くのブロック塀に頭をぶつけて、意識を飛ばした。
ふう、と少女が息をつくと同時に周りからわっ、と拍手と歓声が沸く。驚いてビクッとなると同時に、周りから声が聞こえた。
「すごいよあの子、自分よりずっと大柄な男を投げ飛ばして……!」
「さっき、屋根の上を軽々と飛び移ってるのも見たよ」
「バッグも取り返したんでしょ? すごーい!」
「……でも……」
一息置いて、声が少女の耳に届く。
「あんな小柄な子からあんな力……なんか怖くない?」
「……」
少女は少し黙ってからニコッと笑う。そして女性の方を見た。
「お姉さん! お怪我はありませんか?」
「あ、は、はい。……あの、何かお礼を……」
「あ、気にしないでください! 規則でもらえないことになってるし、それに……」
少女はスカートを翻す。可憐に、可愛らしく、ヒロインさながらの笑顔を見せる。
「私のコードネームはハル。ヒーローとして、当然のことをしたまでですので!」
少女は、ハルは、凛とした声を響き渡らせた。
「おいハル! またお前かーっ!」
ハルが目の横にピースサイン、と決めポーズを決めていると横からそんな怒声が響き渡ってくる。ハルがビクッ! となると、横から出てきた声の主に、両頬を手で挟まれた。
「お、ま、え、は……もう少し節度ってものを覚えろ! 深夜にお前の声は騒がしいんだよ! ヒーローならもっと冷静に、毅然と構えてもらってからそう名乗ってもらおうか⁉」
「ひゃ、ひゃかひゃ……」
両頬を一通りぐいーっ、と横に伸ばされたハルは、解放されてからヒリヒリと痛む両頬を自分の手でガードするように包む。
「さ、サカタ〜! いくら私の声が騒音として問題になって、ここら辺の交番の警官として怒られるからってそんなに私に当たらないで!」
「おいおいわかってるじゃねぇかヒーローさん! ならもっと大人しくしてろ!」
「っていうか今絶対サカタの声の方がうるさいって!」
二人がギャーギャーと言い合っていると、周りの人は段々興味を失ったように散って行く。すると女性が恐る恐るといった調子で二人に近づいた。
「あ、あの……」
「「はい?」」
「……改めまして、ありがとうございました……」
二人は顔を見合わせてからニコッと笑う。
「気をつけて帰ってくださいね!」
「窃盗犯の方は、私たちの方で厳しい処罰を受けさせますので……」
ハルとサカタの言葉に女性は一礼をして去って行く。周りに人がいなくなったことを確認してから、サカタは深々とため息をついて警官帽を被り直す。
「……ま、後は俺が処理するから、お疲れさん」
「あ、うん。サカタもお疲れ」
サカタにポンポンと頭を撫でられ、ハルは撫でられた部分、ぐしゃぐしゃになってないかな、と思いながらサカタを見送る。サカタが角を曲がったのを見届けてから、ハルも歩き出した。
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