第16話 裏面
一方別行動を取っているリナは、本当にただ観光を楽しんでいた。
(わー、なんかすっごい風景変わってるー……!住宅街の方はそんなに変わってない気がしたけど、繁華街になるとこうも顕著になるなんて……)
人の形をしているとはいえ、仕事が人の寄り付かないところに集中するものだから、こうしてゆっくり歩くのも随分と久しぶりになる。
前に来た時は路面電車が走っていた気がするのだが、今は全て地下鉄になっているらしい。
(魔法の練習なんて見ててもつまらないだろうし、こっち来て正解だったかも♪)
柄にもなく──外見だけならあまり違和感はないが──楽しげな笑みを浮かべて、リナは商業施設の立ち並ぶ区画を歩いていく。
いわゆるウィンドウショッピングとやらに当たるだろうが、こうも知らない街並みになっているとジオラマの世界にでも入り込んだような気分になる。
(えっ、何あれ!すっごいカラフルな綿飴?うわぁ……今ってこんなのまであるんだ……)
スマホを構えた女子高生が、何やら虹色の綿飴を持っていた。
と思えば色が二層に分かれた飲み物を持っている人もいる。
(なんかいいなぁ……『友達』と一緒に写真撮って……。後でリベルと来ようかな……)
なんて考えて、いつの間にかリベルが『友達』なんて枠に収まっていることに驚く。
(あいつが……あいつが『友達』……?うぅん……認めたくないけど、納得はできる、気がする……)
例えば頭を撫でられても拒絶しなかったり、つい背中に隠れるくらいの信頼はしていたり。
今の今まで一匹狼をやっていることから分かる通り、リナは仲間というのをある一定のラインまでしか信用していない。
『友達』なんて信頼の証を与えることは、この職に就いてからは決してなかった。
「……あれはなんなんだ……」
簡単に人の心に入り込んできて、『友達』の椅子に堂々と座る男。
人でないにしても、こんなことはありえない。
リベルという生き物についてまた疑問を持っていたところで、リナに正面から声を掛けてくる者たちがいた。
「ねぇねぇ君一人?」
「……あん?」
そんなお約束とも呼べるようなイベントに、リナは思わず反応してしまった。
思考の渦から這い出て現実を見てみれば、なんかいかにもな男が五人もいて、こっちをニヤニヤと気持ち悪い笑みで見ている。
変換器で見た目は変えているはずなのだが、無意識のうちにコンプレックスでいじった箇所が災いしただろうか。
「君若いよね。歳いくつ?」
別の男が話しかけてくる。
どうでもいいやと思いつつ、この手の輩
「千百十四」
「……ん?」
「だーから、千百十四歳だって」
何も馬鹿正直に答える必要はないのだが、見た目も心もピッチピチの十四歳でっす!きゃるん☆とかやる方が面倒臭い。
そして、リナの年齢を聞いた男たちは、一瞬怪訝な顔をしたものの、冗談か何かだと思ったようで、千百の部分が思考の彼方へ吹っ飛んでいった。
「十四歳なんだ。ダメだよー?学校行かないと」
オメーらも大学くらいだろうが、と思うもののそういうのは言わない。
面白いのはここからだから。
「学校なんて面倒なとこ行かないわよ。独学でどうにでもなるし」
実際リナは学校を出ていない。千年前に学校があったのかはリナも覚えていないが、まあ生きていく中でどうにかなった。
そしてそんな答えに満足でもしたのか、一人の男が無造作にリナに手を伸ばしてくる。
「俺らもそういうの分かるわー。だからさ、ちょっとそこらで」
「あーそういうのは受け付けてないんだわー」
ペシっと男の手を払いのける。
明確な拒絶。
それを受けて、男の顔が怒りに歪む。
その前に。
「死にたい?」
甘い甘い声だった。
それに反して、リナから湧き上がるのは強すぎる殺意。
しかも指向性を持ったそれが、男たちだけに伝播する。
体の芯から熱を奪うような目に見えない凶器に、男たちは全身を支配されていた。
一瞬にして竦み上がった男たちは、どうにか悲鳴をあげてもたもたと逃げていく。
何事だ?と通行人たちが大声をあげる男たちを見ているが、誰もその元凶がこんな少女だとは思わない。
そんな恐怖の中心にいる少女は、口の端を吊り上げて笑う。
「もう一声♪」
いつの間にか伸びたワイヤーが、一番後ろにいた男の足を掴む。
前のめりに倒れた男は、助けを求めるように仲間たちに手を伸ばす。が、それを掴むような者はいなかった。
「悲しいねぇ。見捨てられちゃって。大丈夫。この先にはたっくさん人がいるわ♪」
「あああああああああああああっ!?」
その一言で何を想像しただろう。
とにかく絶望に染まる顔を見て、愉悦に顔を歪ませていた少女は、
一瞬にして神殿の応接室に戻ってきた。
「……は」
呆然とするリナの耳に、なんとも穏やかな会話が聞こえてくる。
「おお、本当に一瞬で出てきた」
「これが転移魔法ですの。あなたには難しいでしょうが、世の中にはこんな魔法もありますのよ」
「はー、便利なもんだなあ」
状況を把握したリナは、とりあえず何事もなかったような顔をして、リベルの隣に座る。
「今は休憩中ですの。昼食でもとお誘いしたところ、あなたがいなければと言うものですから」
「はぁ、昼。まあいいけど」
そんな時間だったか、と思っていると、隣から珍しく表情を楽しげに緩めたリベルが話しかけてくる。
「なあなあリナ。俺、少しは魔法使えるようになったぞ」
「あらすごいじゃない。難しかった?」
「最初は難しかったが、制御の仕方を覚えたら色々できるようになった!」
成果を報告する子供のようなリベルと話しながら、リナは魔導神に目線だけで訴える。
(あんた、わざとやったでしょ)
(あら、なんのことですの?)
舌打ちの一つくらいしたかったが、今やるとリベルが首を傾げそうだ。
リナからすると
きっと、人の絶望する顔を見て得られる悦びよりも、『友達』と話すことで得られる喜びの方が、ずっとずっと大切だろうから。
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