第15話 魔法練習
神殿の中は良くも悪くも普通で、別に神がいるとかいないとか、何も関係ないんじゃないかと思うような人間の色に染まった建物だと思っていた。
だが、そこだけは違う。
「特別な方のための修練場ですわ。一種の神域でもありますの」
扉から先は真っ暗闇に包まれていたが、しかし確かに神の重圧が感じられる。
魔導神が『お遊び』でリナに威圧していた時とは違う、本物の神の圧力。
それが、開かれた扉からリベルを誘い込むように放たれていた。
「叛逆者でも堪えますの?まあこれは間違って誰かが入らないようにする防衛装置でもありますし、効力があるなら何よりですわ」
ゆっくりと、何かの合図のように魔導神は扉の内側を撫でる。
それだけで部屋の中には明かりが灯り、人を拒絶し迷い込んだ者に絶対の死を与える空間が霧散する。
呆気に取られるリベルを置いて、魔導神は軽い調子で問いかける。
「どんな場所をお望みでしょう。街、森、海、山、空、遺跡、滅亡した都市。なんでもありですわよ」
魔導神が歩くたびに、部屋の景色がガラリと変わる。
もしかしたら人の技術でもできるかもしれないが、この現象は明らかに違う。
何せ景色が変わる度に、音が、匂いが、空気が、全て一変するのだ。
映像を投影したなんてものじゃない。
本当に、
「……はは、なんでもいいや。こんなの、勝てる気がしない」
こてん、と魔導神は可愛らしく首を傾げる。
リベルが何に絶望しているのか、本気でわからないと言うように。
「もしかして、わたくしを殺すつもりでしたの?」
「……いいや。リナがやらなくていいって言うんだから、俺にそのつもりはない。ただ、力の差が大きすぎると思っただけだ」
なるほど、と呟いた魔導神は、一歩後ろに足を引き、手招きするように腕を広げ、特訓をするのに相応しい場所を用意する。
「まあ仕方のないことですわ。あなたは神への優位性以外に取り柄のない方ですし。さあ、こんなところでどうでしょう。集中しやすい環境だと思いますわ」
地面は均された土で、壁は倉庫のような無機質な金属。天井の辺りは真っ暗で、時間の感覚を狂わせるようだった。
地面から五メートルくらいまでが人工的な光に包まれ、閉塞感はないが自然と内側にだけ目線が向くような調整がされている。
リベルがようやく部屋に足を踏み入れれば、さっきまで開いていた扉が音もなく閉まる。
「これで、何をするんだ?」
「ふふ、簡単なことですわ」
パチン、と魔導神が指を鳴らす。
これは魔法を発動させるためのトリガーなのだろうか。
とにかく魔導神が何かをした、と思った次の瞬間には、広大な空間を埋め尽くす、大小様々な的が浮かんでいた。
「的当てゲームですの」
支柱などなしに空中に浮く的が、不規則に動き出す。
ある一定の範囲で動き回る制限のある的もあれば、本当にランダムに方向を変える的もある。
「今からリベルさんには、これらを一撃で破壊できるようになってもらいますの」
「いや、無理だろ」
控えめに言って無理というやつだ。こんな広大な空間を埋め尽くす夥しい量の的を一撃でなんて、それこそリナにも不可能な話だろう。
「今やってくださいとは言っておりません。できるようになってもらうのですわ」
「……だとしても」
「だとしても?」
ガァン!と盛大な破砕音が響き渡った。
どんな材質かもわからないが、あれだけあった的が粉々になった音だった。
「……」
時々力でねじ伏せるのやめない?とリナが言いそうなことをリベルは思った。
それくらい、馬鹿げた現象が起きていた。
「まああれを一瞬で生み出した張本人です。これくらいできない方がおかしいのですわ。それはそれとして、手数というのはそれだけで立派なアドバンテージ、戦力になりますの。一点突破の剣しか持たない者と、このように面で制圧出来る者。どちらが優位かなんて、実際にお見せしなくとも分かりますわよね?」
暗に、それもわからないようなら素質はないぞ、と言われている気分だった。
リベルにだって魔導神の言いたいことはわかる。
接近戦を強いられる剣しか持たない者より、大量の魔法を好きなだけ好きな場所に撃つことができる方が、もちろん強いに決まっている。
たとえ面制圧なんてできなかったとしても、遠距離攻撃が可能な魔法の方が圧倒的に強いはずだ。
「けど、俺は、戦い方を何も知らないぞ。魔法の方が強くたって、俺は魔法を使ったことすらない」
「大丈夫ですの」
魔導神はにっこり笑うと、優しくリベルの手を取る。
一瞬、これはリナに言われた通り殴った方がいい?なんて思ったが、それをすると強くなるどころかここでリベルの人生が終わりそうなのでやめておく。
「お人形さんが言った通り、水魔法の素養はありますわ。あとはこれを外側に出すだけでいいですの」
「?」
「こんな風に」
無造作にリベルの右手が前に突き出される。
その掌から、電柱くらいはありそうな太さの水のレーザーが射出された。
「……え?」
「ふむ。伝導率、変換率、魔力純度、どれも申し分ないですの。頭がクラクラしたり、吐き気があったりは?」
「いや、平気だが……」
「魔力量も十分、と……」
何かを考えている様子の魔導神は、すでについていけないリベルを置いてさらに話を進める。
「魔力の使い方は把握できたでしょうか。あの要領で、あとは分割、照準、調整、起動をできるようになれば私と同じことができますの」
「いや待て、待ってくれ」
「なんですの?」
「……今の何?」
電柱ほどの太さに、高圧洗浄機並みの水圧。
あれが急に出てきて、これがあなたの力ですって言われてもまず理解ができない。
「ええと……魔導教典第十六章二節水の項ハイウォータージェット……ということが聞きたいわけではなさそうですわね」
多分まだ簡単であろうはずのことを聞いたらより難しい言葉で説明された。
リベルの訊き方が悪かったとしても、教える側にも問題はありそうだ。
「強力な水魔法だとでも思っておいてくださいまし。正直、それ以上の説明をするなら魔法を一から説明する必要がありますの」
「ええと、つまり、あれは俺の力?俺がやったってことなのか?」
「あなたの力ではありますの。ですがあなたがやったわけではありませんわ。あなたの魔力に干渉して、半強制的に魔法を行使させましたの。ですからやったのはわたくしですわ」
「……もうよくわからん」
要するに、リベルの魔力で、リベルの体から、魔導神の意思で、水魔法を発動させたというわけだ。
本来人の魔力を勝手に動かすなんて真似はできないのだが、そこは神としての力量ということなのだろう。
「さて、それで質問に戻りますが、魔法の感覚は掴めましたの?」
「……いいえ」
「そうですの。では」
ドッ!とまた水の柱が横向きに発射される。
「どうですの?」
「……もうちょっと、分かりやすいのを……」
「まあ中の中ではそれくらいですわよね。では」
なぜか、目の前の風景が爆ぜた。
「どうですの?」
「……」
そのやりとりは、リベルが頷くまで続けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます