第14話 傲岸不遜?

「さて、では叛逆者様、ゆっくりお茶でもどうですの?」

「おい私は無視か」

「あら復活が早いですわね。流石はお人形さん」


 いかにも高級そうな黒い革張りのソファにリベルは案内される。

 さっきまで部屋の隅で丸くなっていたリナも、何も言わずにリベルの横に座ってくる。


「なあなんで人形とかって言うんだ?」


 リナが何も言わないので、リベルは気になっていたことを口にする。

 リナの方から説明する気はなさそうで、ソファでふんぞり帰って魔導神の出方を窺っていた。


「それは、彼女が人間の体を捨てて機械として生きているからですわ。だと言うのに形だけは整えて自分は人間だと言い張る始末。これをひとがた……つまり人形と言わずして、なんと言いますの?」


 リナに確認の意を込めて視線を送れば、「ま、そういうわけ」という答えが返ってくる。


「つかそれで言ったらリベルのことも叛逆者って呼ぶじゃない。しかも様付けで。私にはないのに!」


 一番最後のが本音だと、リベルも一発で理解した。


「……天敵に媚びへつらうことの何がいけませんの?まあ負ける気はしませんが」

「えーじゃーいーじゃん。傲岸不遜、自由気ままが取り柄のあんたが、人に様つけてるのとかマジで腹立つからやめてくんない?」

「……あなたの本音はとにかく自分勝手だということがよくわかりましたの。まあそうですわね。ではリベルさんと」

「え、私名前で呼ばれてない」

「……いい加減にしなさい?」

「……チッ」


 圧をかけられてもこの始末。真の傲岸不遜とはどちらなのか。

 睨みながら鋭い殺気を放っていた魔導神も、呆れたのか疲れたようにため息を吐く。


「全く。あなたのせいで話が前に進みませんわ」

「元はと言えば……くっそ力でねじ伏せんのやめろ!?」


 リナが少しビクッと体を震わせる。そしてちょっとずつリベルの方に寄ってくる。

 ほんのり楽しげに口角を上げた魔導神は、パチンと指を鳴らす。

 するとテーブルの上に、主張の激しくない、それでいて確かな品性を漂わせるティーセットが用意された。

 リナは呆れ、リベルは驚いていても、魔導神は気にせず本題に入る。


「今日招いたのは他でもありません。リベルさん、あなたにわたくしと争わないと誓ってほしいのですわ」

「ふむ?」

「他の神々やそれ以下の生物ならいざ知らず、神を殺すために生まれたような叛逆者となると、わたくしとて未知数ですわ。隠れて能力を探っても良かったのですが、巻き込まれでもしたら目も当てられませんの。ですから、わたくしは知性ある生物として、対話による解決を求めますの」


 最早リベルにピッタリくっついていたリナにどうする?と目で問いかければ、さっと前に出てきて薄い胸を張る。


「そ、そうね!争わずに済むってんならそれに越したことはないわ。ただし!私のことはちゃんと名前で」

「わたくし、お人形遊びは嫌いではありませんの」

「ひぅ」


 リナがか細い声をあげて完全にリベルの背中に張り付いてきた。

 ソファと背中の隙間なんてそんなにないのに、頭だけ綺麗に隠している。


「わたくしとしては、そんな保護者の欲望に塗れた言葉ではなく、あなた個人の意見を聞きたいですわ」

「う、保護者じゃないし……」

「あんまりリナをいじめないでくれ」


 首を回して背中に張り付くリナを慰める。よしよし、と頭を撫でれば、いつものように何も言わないが拒絶もしない状況が生まれる。これではどちらが保護者かわからない。


「それで、あなたがこちらにつくと言うのなら」

「ん?ちょい待ち。あんたのためにリベルが働くってなら、私としても全面的に争わないといけないんだけど」

「あら、保護者ではないと言うのは、所有者でも気取っているつもりですの?」

「うぅ……そ、そうよ!私はリベルを最初に拾ったの!だからこいつは私のもん!」


 ぎゅ、っとリベルの胴に両腕を回す。それがどれだけ子供っぽいか、自覚はあるのだろうか?


「まあ、お人形さんがお人形を求めていますの?滑稽なこと。ですがそうですわね……戦わなければいけませんの?」

「あん?そうよ。正真正銘全力全開。最後の最後の裏の裏の裏まで使い果たしてあんたと戦うわ」

「……それは厄介ですわね」


 何を考えているのかちょっとだけ重い息を吐いた魔導神は、打って変わって柔和な笑みを浮かべる。


「まあいいですの。所有権がどこにあろうと、敵対されないのであれば問題はないのですし。もちろん、誓っていただけますわよね?所有者様?」

「……誓う誓う。誓うわよ。だからその凄絶な笑みでこっち見んのやめて!?」


 リナがまたリベルの後ろに隠れる。

 もう膝の上に乗せて盾にでもしそうな勢いだ。


「ふふ、ありがとうございますわ。これでわたくしも安心して眠れますの」

「あんたら不眠じゃなかったっけ?」

「おや、睡眠も食事も排泄も入浴も人の形をしている必要さえない方に言われましても」

「……うるさい」


 少し面白く可愛らしかったので放置していたが、これ以上は本気でリナが傷つきそうなので、リベルも魔導神を睨んでおく。


「……おっと、これは失礼。あなたの凄みは少々効きますわね」

「(いけリベル!もっとやっちゃえ!)」

「聞こえますわよ」

「むぐぅ……」


 初っ端から対等かそれ以上の目線で語られたリベルからすると、リナがここまでやられているのも珍しい。

 もう一回頭をぽんぽんしておいて、この悪い流れ(?)を断ち切っておく。


「まあ少々苛めすぎた自覚はありますの。だからと言うわけではありませんが、何か一つ、願いを叶えて差し上げますわよ?」


 わたくし、これでも神様ですの、と自信たっぷりついでに余裕まで見せて豊満な胸を張る。

 なんだろう。後ろの方から物凄い負のオーラが漂ってくる。


「それは、二人で一つか?」

「む……あなたが所有者の分も欲しいと言うのであれば、叶えて差し上げないこともないですの」

「じゃあ要る」

「仕方ないですわね」


 魔導神が諦めたように呟くと、リナの顔がパッと華やぐ。ついでに負のオーラも払拭された。


「じゃあじゃあ!死んで?」

「……あれだけ打ちのめされても尚言える、あなたの胆力が私は欲しいですの」


 リナの要求は却下された。


「願いって言われてもな」

「私は多すぎて困るくらいだけど」

「あら、言ってみれば良いじゃないですの」

「だから死ん……こほん、私の願いは神を殺すこと。だから、手伝ってよ」


 割と真っ当な願いに、魔導神も少し呆けた顔をして驚きを露わに。


「失礼すぎない?」

「自分の行いを鑑みてくださいまし」

「……」


 リベルも納得してしまった。


「それはそれとして、流石に特級神には届きませんわよ?」

「別に良いわよ。そっちはリベルになんとかしてもらうし」

「俺の方が無理だと思うが」

「今じゃないわよ。いずれ、上級神すら軽く屠れるくらいになってから」


 そんな未来はまだまだ来ないだろう。それでも、リナは来ると信じているようだ。

 とりあえず、リナの願いは神殺しに付き合ってもらう、ということになった。


「それで、あんたはどうするの?」

「ん、んー……強いて言うなら、強くなりたい」

「「強く?」ですの?」


 漠然とした願いだ。


「戦い方なんて何も知らないし、生命神とやり合った時も、勝てるビジョンが見えなかった。だからせめて、守れるだけの強さが欲しい」


 何を守りたいかなんて、ここへ来てからのリベルを見ているだけでもわかる。

 慈しむような笑みを浮かべた魔導神は、ほんの少しだけリナに羨望の眼差しを送って、


「良いですわよ。わたくしにできることであれば、なんでも教えて差し上げますわ」


 自信満々に言い切った。


「あ、なら一つ、こいつ多分使えるのは水魔法だけよ」

「あらそうなんですの」

「私の予想が正しければ。まあ一応全部試して」

「承知しましたわ」


 この辺りは保護者と責任者のような話し合いになっている。

 リベルはついていけないので見守るしかない。


「いつから始めますの?」

「あんた、心の準備は?」

「いつでも」

「ん、じゃあ今から。あ、あいつがやけに近づいてきたり、ベタベタ触ってきたりしたら容赦無くぶん殴って良いからね」

「……まだ引き摺りますの……?」


 そんな話をしつつも移動するために立ち上がる。


「リナは、どこか行くのか?」

「ん?まあ眺めてても暇だろうし、ちょっくら観光?こっちの国は久しぶりだからね」

「あら、でしたらガイドでもつけましょうか?」

「良いわよ別に。一人で動いた方が楽だし」


 じゃ、また後でね、と応接室を出ていくリナを見送る。


「随分と寂しそうな顔をしますわね」

「え?」

「無自覚ですの?どこまでも毒されていますのね」


 言葉の意味はわからないが、リベルにとってはリナが全てだ。

 表情に出ても、仕方ないだろう。


「……羨ましいですわね」


 神の本音のような物が聞こえたが、どこまでも他人に興味がないリベルは、非情にも無視していた。

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