第13話 魔法の神様
翌日、朝食を済ませて、リベルは生まれて初めて車に乗る。
「部屋の中みたいだ」
「密閉された箱だもの。念の為確認しておくけど、職質受けても何も言わないでね。私が対応するから」
「受ける前提?」
「いやほら、見た目は中学生だし」
変換器で多少いじっているが、ないとは言い切れない。
そんな念押しをして、リナは車を発進させる。
「ええと、場所どこだっけ。ああそうそう。神殿とかって大仰な名前してたとこだ」
そんなことを言いながら信号待ちの間にナビに入力する。
見た目十四歳のリナは、車も余裕で乗りこなす。
「さてまあドライブ中にある程度話しておきましょうか」
「何を?」
「魔導神についてよ」
元々この国にやってきた理由は、飛竜の上で話している。
ただそれも魔導神が会いたいって言うから行ってみる、程度の曖昧なものでしかない。
下級神云々は、まだ考えたくはなかった。
「あいつは相当気まぐれでね。何を理由に動いているかもわからない、正直得体の知れない奴よ」
「危険か?」
「んーん、それに関してはある意味信頼がおけるの。あいつはね、良くも悪くも自分の興味があることにしか目を向けない。そして、自分を昇華させるのに踏み台にした人間って括りには、もう興味がないのよ」
かつて自分のいた枠組み。それを捨て去って神に成ってしまった人間は、もう過去には頓着しないらしい。
「まあ私もあんたも普通の人間じゃないから、絶対に安全とは言い切れないんだけどさ、それでも安心材料ではあるでしょ」
「リナが傷つかないならなんでもいいよ」
「……」
この一貫した狂っているとも言えるリベルの考えを、心のどこかでリナは嬉しいと思っている。
だから、それ以上は何も言えなくなってしまうのだ。
『神殿』とは、魔導神がいるとされる行政機関である。
名前だけが時代に取り残されていき、今ではただの市役所などとほとんど変わらない場所。
そんな外観だけ豪奢にした神の居城の駐車場へと入る。
入った途端に警備員らしき男がついてくるように手を挙げてくるので、とりあえずは従ってみることに。
「うん?来賓用?」
なんか特別な場所に案内されたが、どうやって正しい来客を把握しているのか。
車から降りても、警備員の男はついてくるように促してくる。
二メートルくらいありそうな身長にぎょっとしつつもついていけば、応接室のような部屋に通された。
しかしそこに魔導神の姿はない。
「ここに来るわけ?」
リナがそう訊いても男はお辞儀をするだけ。
まいっか、と視線を室内に向けたのを、リナはすぐに後悔することになった。
なぜなら、案内をしていた男の表面がどろりと溶け、その中から出てきた魔女みたいなコスプレ(?)をした少女がリベルに肉薄して行ったから。
身長があまりに高く見えたのは帽子のせいだ、と思う暇があるのなら、何か一言叫べばよかったのかもしれない。
全く気づいていない様子のリベルに近づいた少女は、そのまま背後から抱き着いた。
「これが叛逆者……うーん、なんだか良い匂いがしますわね。なんのシャンプーを使っていますの?」
リベルが振り返った時には、もう少女はリベルから離れていた。
理由は、リナが飛び蹴りをかましていたから。
「ちょおい、なあなあなあなあオイ!何してんのかな?それが変装してまでやることかあ!?」
「言葉遣いが悪いですわよ、絡繰人形さん♪」
「うるっさいわね誰のせいだと思ってんのよ!」
ふしゃー!と魔女っ子相手に物凄く警戒心を顕にするリナ。
何度も何度も殴りかかっていたが全て軽くいなされていた。
楽しげな笑みを浮かべて帽子のつばを弄る少女はどこまでも余裕そうだ。
「ところで、その人誰?」
未だに状況が飲み込めないリベルが訊ねる。
「申し遅れましたわ。わたくし、魔導神をやらせていただいております」
「それ職業じゃないでしょ」
「でも神殿は行政機関ですわよ?」
「……」
リナが、何かで負けたようだった。
唐突、というか仕掛けられたような出会いを果たしたわけだが、いきなりバッチバチの戦闘になることはなかった。
リナはリナでずっと隣で獣みたいに威嚇しているし、リベルには魔導神を観察する余裕もあった。
魔導神と名乗った少女は、まさしく魔女のような格好をしている。
頭には黒いとんがり帽子、服装も真っ黒なドレスみたいにほぼ全身に包み込むもので、首元には黒の中で輝く金色のリボンが結ばれていた。
ところどころフリルや意匠の凝ったデザインはあるものの、全体として黒という印象を与える少女は、しかし腰の辺りまである長髪は金色だし、とんがり帽子が作る影の中で光る瞳は青色だった。
ぱっちりとした大きな瞳や、少し小さめに思える鼻などは総じて端正な顔立ちと言えるだろう。
ある種女性の理想系とも言えそうな少女こと魔導神に、こちらも負けてはいないはずなのに性格のせいで可愛らしく見えない少女リナが食ってかかる。
「つか、なんでいきなり抱き着くわけ!?あんたそれでも神ならちょっとは警戒くらいしなさいよ!」
「あら、嫉妬ですの?わたくしはただ、この人間寄りの体が叛逆者によって破壊されるのか試したかっただけですの。別に、深い意味はありませんわ」
確かに、とリナの思考が冷静になる。
誰の目から見ても明らかに接触していたのに、魔導神の体には傷一つない。
リベルも昨日魔導神の反応を気にしてた割には接近を許していたし、魔導神はどちらかといえば人間に近いのかも知れない。
「ですが内側はどうでしょう」
「内側?」
「叛逆者様、大人のキスに興味はありませんこと?」
「……ッ!!」
どごーん、ずばーん、ぎゃー、と誰かの悲鳴が聞こえた。可哀想なので誰がどうなったかは言わないでおこう。
「まあ冗談ですわ。わたくしだって好きでもない殿方と接吻はしたくありませんの」
「ならなんで言ったんだ?」
「ふふ」
魔導神は妖しく笑う。
「好奇心とは、時に全てを凌駕するものですわ」
否定くらい簡単にできそうなのに、どこか恍惚とした表情をしている魔導神には、何も言えなかった。
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