第12話 個人の所感

「何読んでんの?」


 いつの間につけたのか淡い黄色のエプロンに菜箸なんて持っているリナが訊ねてくる。


「……ええと、なんて言うんだっけこういうの。ああ、伝記ってやつだ。魔法を構築した人の話」

「……つまんねえもの読んでるわね。それ魔導神の話だから、まあ弱点を知る上ではいいかもね」


 なんか荒い言葉が飛び出てきた気がするが、まあ気にしない。それにしてもまさか神の歴史が書かれていたとは。

 リベルは本の表紙を眺めながら、またキッチンに戻っていくリナに質問する。


「魔導神って、結局どんなやつなんだ?」

「……どんな答えがお望み?」

「いや、一通り読んでみた感じ神とは思えないって言うか、随分と人のために頑張ってるんだなって」

「……そいつはね、上級神の中でも珍しい、人間上がりの神様なのよ」

「人間上がり?」

「そ。成ったとかって言われる、人が物事の極致に辿り着いた姿。それの最後の方に載ってるけど、魔導神は魔法の深奥を覗き、神へと至る素質を手に入れたってね」


 実際は素質は最初から誰にでもあるんだけど、とリナは付け足す。

 リベルはパラパラとページをめくり、リナの言う場面を探す。


「あ、これか。『素質を手に入れた少女は世界に認められ、神として天上の世界へ招待された』」

「そうそう。まあ、それも結局は他人が書いた本だから全部が全部正しいわけじゃないんだけどさ」


 リナはスープの味見をしながら適当な調子で答える。


「私に言わせれば、天上の世界ってなんだよって感じなんだけど、人間はそういうの信じてるらしいわね」

「ないのか?」

「……ないとは言い切れないけど、少なくとも存在したなんて話は聞かないわ」


 世界の裏側に生きるリナでさえ、知らない世界。

 かつて神々と殴りあった先人がいるが、そいつも知らないと言っていた。

 言葉の全てを信じるわけではないが、天上の世界なんてある方が胡散臭いのだ。

 だからリナは、きっとないんだろうと思っている。


「あったら面白そうだな」

「まあね。でもあんた、そしたらそこでは厄介者よ?なんてったってせっかく成った神の力を否定されるんだから」

「ああ、そうか。俺は根本的に相容れないか」


 選ばれた者しか辿り着けない世界。そんなものを真っ向から否定しにかかる存在がいるとしたら、すぐにでも排除しにかかるだろう。

 そういう点も加味すれば、ない方の信憑性が格段に跳ね上がる。


「さ、できたわよ。今日はロールキャベツ。ついでにオニオンスープもあるわ。あ、味が似てるって文句は受け付けないから」


 元となったコンソメ味の話だろうか。

 まあリベルはそこまで気にするほどグルメでもない。

 リナの対面に座って手を合わせると、感想も何もなくひたすらかきこんでいく。


(な〜んか、この時間を求めてる節があるのよねぇ……)


 最初は無言の時間が辛くてテレビをつけたり会話を求めたりした。

 しかし何回もリベルの食事風景を見る度に、こんな時間も悪くない、もっともっと食べてほしいと思うようになってきた。


「……何も言わないのが、美味しい証って言うか」

「ん?」

「いやなんでも。おかわりあるわよ?」

「余るならもらう」

「ん、おっけおっけ」


 渡された皿に盛り付けながら思う。

 あぁ、きっと私は、誰かとの繋がりを求めていたんだ。



 ややあって、現在時刻は日付を跨いだ頃。

 思えば夜食の時間に夕食を摂っていたわけだが、リベルに気にした様子はないし、リナは『消化』しようと思えば一瞬で内容物は消える。

 そして風呂上がりのリナは、見覚えのある構図に出くわしていた。


「……眠れないの?」


 前にも言った覚えのある言葉を投げれば、窓の外を見ていたリベルが振り返る。


「前ほどじゃないけど、強い力を感じる。引き寄せられるほどではないが……これも神か?」


 今度はリベルの隣に立って窓の外を眺めてみる。

 ただまあ、やはりと言うべきか、リナには何もわからない。


「まあ、さっき言った魔導神がいるわよ。あいつは安定してるから殺す必要はないけど、私個人は嫌いなのよねぇ」

「なんかあったのか?」

「ん、随分昔ね。一回……いや二回か。殴りあって、どっちもボコボコにされた。それだけじゃないけど、私はあいつ苦手」


 リナの随分昔が一体何年前なのかはわからない。

 けれど掘り返そうとして掘り出せるほど浅い場所にはないと言うことは、リナの声音からよくわかる。


「ま、今あんたが切羽詰まってるって感じないならここに脅威はないわよ。本物の脅威ってのは、発生の予測すらつかないもんだし」

「……それはそれで嫌だな」

「んふ、私たちは日々それと戦ってるんだけどね」


 にこりと笑ったリナは、それが当たり前と思っているようだった。

 寝る前には窓閉めてねーと言って部屋へ向かうリナを見送って、リベルはもう一度だけ外へと目を向ける。


「……魔導神、か。元は人だと言うし、できれば戦いたくないな」


 リナは戦う必要はないと言っていたが、叛逆者と神が出会えばどうなるかはわからない。

 リベル本人の意思とは関係なく、あの闇が広がるかもしれない。

 それでなくても、魔導神がいきなり攻撃してくるかもしれない。

 可能性はいくらでもある。もちろん、戦わなくていい可能性も。


「……俺も寝るか」


 難しいことは考えない。

 リベルの目的はもう、はっきり一つに固まっている。

 ただリナが笑っていられるなら、それ以上のことはないのだから。

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