第9話 反省会

 飛竜の背に跨り、大空を舞いながら、リナは後ろに座るリベルに話しかける。


「さて、まずは何から言いましょうかね」


 リベルはただひたすら己の弱さを反省しているようだが、リナからすれば言いたいことはたくさんある。


「あんた、あんなことできるなら、どうしてもっと早くやらなかったの?」

「あんなこと……?」

「森を覆い隠したあの攻撃よ。あれ、神だけを滅ぼす力でしょ」

「……さあ。ただリナが傷付けられたと思ったら、頭の中が真っ暗になって、気づいたら、逃げられてた」

「……私がトリガーなわけ?」


 あれは確かに暴走状態にも見えたが、だとしてもリナが理由になるとは。


「かもな。でも俺はそれで良いと思ってる。リナを守れるなら」

「……あんたも、なかなかに狂ってるわよね」

「?」


 リナのためなら実力以上の力を発揮する。

 リナのためなららしくないこともする。

 おかしい、馬鹿げている。そう思うのに、自分がその対象になると、


「(悪い気分じゃない……)」

「どうした?」

「な、なんでもない」


 咳払いを一つして気分を切り替える。

 切り替えたいのに、やっぱり少し心が躍る。


「ね、ねえ、どうしてあんたはさ、私に執着するの?」

「? 執着しているつもりはないが、でもそうだな。拾ってくれたから、じゃないか?」

「それだけ?」

「後はまあ、リナが笑ってたら俺も嬉しいんだよ。だからかな」


 後ろからリベルが頭を撫でてくる。

 突然のことでビクッと体は震えるが、それだけだった。

 事あるごとに撫でるのはなんなのだ、と思うのに、拒もうとは思わないのだから不思議なものだ。


「……私のこと好きなの?」


 誰かが笑っていたら自分も嬉しい。だなんて、特別な感情がないと出てこないだろう。頭の上の手がなくなって若干寂しさを覚えつつ、気にしてない風に訊いてみる。

 リナにそういう感性はわからないが、特別なことは理解している。だから、そうだったらいいな、なんて思っていた。


「好き、か。そうかもな」

「え、ほんと?」

「ああ。俺はリナのこと好きだぞ。リナがはしゃいでるの見るのは楽しいし。連れ回されても、まあいいかとは思ったからな」

「……なんかそれ違う気がする」


 恋人同士がどんな感情を持つのかは知らない。

 厳密に言えば、言葉でしか知らない。

 だけどなんだか、リベルからは永遠を誓うほどの重さを感じない。

 リナは、恋人とは人生を預け合うのだから、相当な覚悟なのだろう、と思っている。

 でもリベルにそれはない。

 だから、きっと違うのだろう。そう思えば、急に冷静になってくる。


「なんか随分話ズレてたわね。一気に戻すけど、あんた神と戦ってどうよ。正直勝ち目あった?」

「……いや、ないな。あれと出会った時、こいつが敵なんだ、殺さなきゃいけないんだって思うのに、同時に絶対に勝てないと思ってた。攻撃はなんか触れたら止まったけど、地力が違う。本気に見えてたのは、演技だったのかな」


 リベルは先ほどの戦闘を振り返ってそう語った。

 木の根を避けていた時はまだ余裕があったが、あの時からすでに、あぁ自分はこいつに勝てないんだ、と心のどこかで理解していた。

 ただそれを認めたくなくて、殺さなきゃいけないんだと思って、リベルはひたすら攻撃していた。


 そんな本音を聞いて、リナはうわあこいつも相当イカれてんなあなんて思ったが、それは同類の証拠でもある。


「あいつは多分本気だったわよ?逃げに徹したら捕まえられないから勝てないってだけで、向こうだって決定打を持ってるわけじゃない。あんたが体当たりすれば、それこそ大ダメージを受けただろうし」

「でも簡単に防がれたぞ」

「そりゃあ、あんたの動きなんて見てからで避けられるもの。まずは速度に慣れないとね」


 今更だが、当然のように遅いとか弱いとか言われると、本当のことでも沸々と湧き上がるものはある。

 それでも不満をリナにぶつけるのは違う気がして、リベルは困ったような表情を浮かべる。


「大丈夫よ。策はある。あんたは強くなれる。そもそもあれは上級神だからね」

「上級神……?」


 知らない言葉だった。

 まあ無理もないか、と呟いてから、リナはその問いに答える。


「そうよ。神にも分類があってね。覚えてないかもだけど、私が最初戦ってた水の神は下級神。さっき戦った生命神は上級神。そんで上級の上にもう一個、特級なんてのもいるけど、あいつらは敵対した瞬間殺されるレベルだから、戦おうなんてまだ思っちゃダメよ?」

「そんなものまでいるのか」


 上には上がいると言うが、にしたって上のハードルが高すぎる。


 言葉だけでは伝わりにくいかもしれないが、まさに今この瞬間、相手の顔を明確に思い浮かべて、明確な殺意でも抱けば、その瞬間に体が吹っ飛んでもおかしくない。そんな相手だ。


「ま、上級神はそこまでじゃないけど、それでも十分強いわ。(正直勝てると思ってたけど、まああんたはそこまで強くなかったしね)」

「?」


 叛逆者なら、勝てるのかと思っていた。というか神が相手なら負けないだろうとたかを括っていた。

 だがそう甘い世界でもなかった。

 なら、強くするだけだ。


「下級神は後五体いるわ。だからそっちから叩く」

「下級なら勝てるだろうか」

「勝てるわよ。弱いって言っても、そこまで落ちぶれた能力でもないからね」


 腐っても神への対抗手段。無知でもその力は発動し続ける。

 あんな空間全体を飲み込むほどの力は知らないが、リナだって叛逆者の一端を知った者だ。

 どこまで通用するかくらいはわかる。


「わかったらしゃきっとなさい。いつまでも落ち込んでたって、何かが変わるわけじゃないでしょ」

「……ああ」


 ここまで元気づけているのに、リベルはまだ少し俯いている。

 いっそ徹底的に潰してしまった方が楽なのでは?なんて思い始めるくらいには、リナは面倒に感じていた。


「ねえリベル。あんたに二つ選択肢をあげるわ」

「選択……?」

「ええ。一つは子供みたいに甘やかされてぬるい平穏を手に入れること。もう一つは、自分の立ち位置を理解して、危険な戦場に身を置くこと。どっちがいい?」


 つまりは人類と同じ庇護対象になるか、神々との戦いに身を投じるか。


「一つ、質問をいいか?」

「どうぞ?」

「リナは、どこにいるんだ?」

「守られる側になるなら知識は無駄だから教えられないわね」

「……そうか。なら、俺は戦うよ。リナは、そっち側にいるんだろ」


 まだ表情は暗い。それでも、瞳の中に意志の輝きが見えた。

 リナはふっと表情を緩めると、何かの契約のように手を差し出す。

 それをリベルが握り返すと、より力強く笑う。


「ようこそ。こちら側の世界へ」


 大仰に言ってみるが、実際のところは今と変わらない。

 ただ、全てを知れば明確に何かは変わるだろう。

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