第7話 命を司る狂える神

 リナがまだハンターとのやりとりをしている頃、二人の化け物は既に衝突していた。


「妬ましい妬ましい妬ましい!お前のその力が妬ましいッ!!」


 そう叫んでいるのは、地面につくほど長い緑色の髪を振り乱し、その先端を地面に埋めている女性。


「知らんが」


 対してリベルは、いっそ感情がないようにすら思えるほどの冷静さで答える。

 森に入った時の恐怖は、もうどこにもない。

 そんなリベルを捕らえんと地面から何本も槍のように鋭く尖った木の根が飛び出す。

 それは音を切り裂くほどの速度で以てリベルへと肉薄するが、リベルがそれを時に手のひらで、時に肘で、時に足で払う度、動きを止めてはその場で硬直してしまう。

 ”敵”を中心に捉えたままその周りをぐるっと一周したリベルは、空中でうねった形を維持している木の根の隙間から顔を覗かせる。


「お前は大体、誰なんだ?」


 そう。そもそも、リベルは木の檻に閉じ込められたと思ったら、地中を移動してここまで連れてこられたのだ。

 その理由も、ここが誰で相手が誰なのかも、何も把握できていない。

 ただ一つわかるのは、敵は尋常ではなく、そして明確に敵視されているということだけ。


「私、私は……私は欲する者。この心の赴くままに全てを得る者!」


 ぐばあ!と更なる木の根が殺到する。

 だがそれは触れれば止まる程度のものでしかない。

 どうして止まるのかとか、お前は生命神じゃないのかとか、リナがいたら色々疑問が出るはずのことでも、リベルは全く気にしない。

 ただ、触れて止まるなら、脅威と判断しないだけ。


「よ、っと」


 最初の木の根に足を乗せたリベルは、それを足場としてさらに上へ跳ぶ。

 そのまま次々迫ってくる木の根を足場に変えていくと、敵を上から見下ろす形になる。


「なあ、なんでこんなことするんだ?大人しくしてりゃ、力なんてなくても誰も文句は言わないだろ?」


 キッとリベルを睨んだ女性は、その絶大な力でリベルを破壊しようとする。

 その女性を中心にして、大樹の幹が伸びてきた。ただしその頂点を花弁のように開きながら。


「寄越せ!それかいっそ消えろ!そうすれば、そうすればまた満ち足りる!!」


 リベルを飲み込み、全てを奪おうと言うのか。

 自分でさえ理解できないこの力で、何ができると言うのか。

 リベルにはわからなくても、力はいつだって平等に発動する。

 すなわち、捕食者のように喰らいつかんとする花弁さえ、そこで停止させてしまう。


「……ずるい」

「子供みたいだな」

「何が悪い?」

「見た目にそぐわない。それだけだ」


 森の中に屹立した大樹の頂点から、リベルはその身を躍らせる。

 自分を見上げる、生命神の下へ。

 そこに、落下の恐怖はなかった。

 そこに、暴力に訴える忌避感はなかった。

 ただ敵だからぶちのめし、従える。

 それだけの戦い。


 ゴッ、とぶつかり合う音がした。

 自重に加えて落下の速度まで合わさったリベルの拳と、女性を守るように現れた木が衝突した音だった。

 そして可能性を考えないリベルは、防がれたことで一瞬の空白を生む。

 対して防いだ側である女性は、その隙を見逃すほど甘くはない。


「くふ」


 美しいとさえ思える貌が喜悦に歪む。

 ぎゅるり、と顔それ自体が変質すると、巨大な食虫植物が出来上がる。


「これがあれば誰も私を殺せない。私が一番になれる……!」


 そんな声が聞こえる時には、リベルは口の中(?)に放り込まれていた。

 その瞬間に意思を持ったような動きは止まるが、しかし拘束されてしまったのも事実。

 リベルを覆った植物を、上からさらにつぼみのような外皮が包む。

 そして植物の成長を逆再生するかのように、その蕾が茎の中に消え、やがてそれさえも地中に消える。

 まさにその直前。


 ブチッ、と小さな嫌な音を立てて、腰のくびれのようにも見える細い茎が折れた。

 焼き切ったのは、一条のレーザー。


「……機械人形」


 地中から生えてきた生命神が忌々しそうに呟く。

 そんな呼ばれ方をした少女は、生命神に注意しながらも、リベルが囚われた木の実のような植物を破壊する。


「間一髪だったわよ?」

「……助かった」


 リベルがまた檻から出てくる、そのタイミング。

 生命神はリナを狙って植物の蔓を伸ばす。

 だが片腕をそちらに向けると、無造作にも茜色に染まるレーザーを放つ。

 それだけで迫る蔓をまとめて焼き払ってしまうのだから、やはりリナは規格外なのだろう。


「それ、奥の手なんじゃ?」

「神相手に出し惜しみなんてできないわよ。ほら、こっから形成逆転。そんで生命神討伐が自然な流れでしょ」

「そうなのか?」


 物語であればそうだろう。リナは少なくともそう考えていた。


「英雄譚の一幕とでも?それで私はやられ役?……そんなの許せない。そんなの嫉妬しないわけない!」

「あーそっかあんたってそっち系だっけ……」


 リナが嫌そうな顔をする。そっち系とは?


「いわゆるメンヘラって奴よ。まあ執着する相手は生物全部なんだけど。あいつは命を司るくせして生きてる奴が羨ましい。そんな意味のわからない気色悪い神よ」

「言ってくれるね機械人形。そっちだって似たようなものなのに」

「……系統は違うわ。狂ってるのは認めるけどね」


 なんだかリベルの知らない世界の話が展開されていた。

 だがいがみあっている二人の間で会話が長続きするわけもない。

 次の瞬間には、リナの姿が消えていた。

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