第6話 人間の感覚

「ふうん?なるほどねぇ?」

「……お前か」

「それはお互い様」

「そうか。なら、どうする」

「決まってる」




 どこかで、激しい衝突の音が聞こえた気がする。

 茂みの中に隠れていたリナは、音を立てずに片手だけでイヤリングを触る。

 それから、歩いていたら辿り着いたという風に見せかけてその場に進み出る。


「誰だッ!?」


 数名いた人間のうち、斥候役と思しき人物が瞬時に振り返る。

 リナは慌てた様子もなく、片手でそれを制する。


「落ち着け。私は本部から派遣された者だ」

「S級……!?」


 現在のリナは、認識変換によって宇宙服の様な防護服を身に纏っているように見せていた。

 理由は単純。人間が神域に踏み込むには、これくらいの武装をしないと肉体が崩壊してしまうから。

 まあ神の領域などそうそうなく、全てが全て危険というわけもないが、ここは刺すような気配が特徴だ。

 そんなリナの手には、重厚感のある黒の輝きを放つ、一枚のカードが握られている。

 そこに書かれた称号は、ハンターギルド所属、S級ハンターの文字。

 ハンターというのが彼ら狩人の名称で、ギルドは彼らを束ねる組織の名前。

 そして、S級ハンターとは、


「最高位ハンターじゃないか……」


 何人かいるうちの一人がそう呟いていた。

 S級ハンター。人々が畏怖の念を込めてそう呼ぶ存在は、広い世界の中でも数人しか存在しないとされる、まさしく天上の人間。

 決して人前には姿を現さないリナではあるが、このような変換器を使えば人相を偽ることはできる。

 そして魔物狩りのエキスパートとしての称号は、時にどんな身分よりも優位に働くこともある。

 そのために、リナはかつてハンターとして名を馳せている。まあその名前も時代と共に失われつつあるが。


「ある程度の話は聞いているが、詳しい事情は現場の者の方がわかっているだろう。何があった」


 簡潔にそう問い掛ければ、数人のハンターは互いに分厚い防護膜越しに顔を見合わせ、代表らしき人物が口を開く。


「我々は、この森での異変を調査していました。元々神域ではあるここですが、三日ほど前から神域特有の重圧が強くなっていました。そして現在立ち入り調査をしていたのですが……全ての魔物が上位種へと進化しているのです」

「……ふむ」


 一般的に、魔物は魔力濃度の高い場所であればどこにでも発生するとされている。

 人の街などはそのための対策などもしているが、その話は今はいいだろう。

 どこにでも発生する魔物は、かなり自由度が高いとも言える。何せ同じ量の魔力だとしても、ゴブリンが生まれるかウサギ型の魔物が生まれるかは完全にランダムなのだから。

 そんな簡単に変質する魔物たちは、種の進化でさえ容易に起こす。それこそ、魔力が規定値に達していれば。

 だから何もおかしな話ではないが、だとしてもこの広大な森に住まう全ての魔物が進化しているとなると、かなりの異常事態と言える。

 それほどまでの魔力を撒き散らす”何か”がいるということになるのだから。


「ここは私が受け持とう。其方らは一度撤退し、事態のほ──」


 リナの言葉が遮られたのは、先ほどまで様子を窺って、全方位を取り囲んでいた魔物が襲いかかってきたから。

 一人であればワイヤーでもぶん回していたところだが、生憎今は人の前。まともなやり方をしなければいけない。


「まだ話してる途中だろうがぁっ!!」


 地面に剣を突き刺し、その能力を起動する。

 その瞬間、素早い動きで肉薄していた獣型の魔物たちが、一斉にその肉体を斬り刻まれ、悲鳴を上げることすら許されずに地に伏していった。

 バラバラと砕け散った肉片が飛び散る中で、リナは一つ咳払いをする。


「失礼。それで続きだが、君達は撤退するといい。他に仲間がいるなら、そちらも連れてな」

「は、はい……」


 多少言葉遣いが荒くなっても、多少呼び方が変わっても、そんなものが気にならないくらいの、圧倒的な力。

 リナからすれば、ただエネルギーを地面を通して外部へ伝えただけに過ぎないのだが、その技量、その威力、そして何よりこんなことを平然とやってのける余裕が、すでに人の域にいないことを物語っていた。

 もう何も言えなくなったハンター達は、リナの言葉に従うしかない。

 通信機器で仲間と連絡を取りながら森の外を目指すハンターたちを見て、リナはふっと息を吐き出す。


「喋り方変えるのしんどいのよね」


 全部私がやるから帰っていいよ、と言えれば早いのだが、そんな上から目線で言われると誰だって気分は良くない。

 だから、なるべく刺激しない喋り方で、しかし上位者としての圧をかけて相手を動かしたのだ。


「さてと。あっちはどうなってんのかしらね」


 今も時折地面が抉れるような轟音が響いてくる森の奥を見ながら、リナは呟く。

 森の奥地にいるのなんて生命神で確定で、戦っているのは十中八九リベルだろう。

 音がする限り死んでいないと思うが、だからと言ってのんびりしていればせっかくの手札を失ってしまうかもしれない。


「まあ、認識変換してるし、いいでしょ」


 無音でワイヤーが伸びると、それが地面を捉える。

 乱立する木々の間を、リナは滑らかな動きで進み始めた。

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