第4話 嘘と秘め事
気分の良さそうな鼻歌と、ぐつぐつと煮込むような音がキッチンの方から聞こえる。
換気のために開けられていた窓から外を眺めていたリベルは、ふと視線を部屋の中に移すと、意識はしていなかったが足音を消してリナの寝室に入る。
別に何か疾しいことがあるわけではなく、ただ興味があったのだ。あの神話について書かれた本に。
『あんたがこの怪物だったらどうする?』
今朝リナに言われた言葉だ。
今の自分とは似ても似つかないが、他人とは思えなかった。リナに感じたように。
「……何か、理由があったんだろうな」
それだけ呟くと、リベルは本を元あった位置に戻す。
そして直後に部屋の扉が開けられ、外の光が部屋に入り込む。
「どこへ行ったかと思えば。何してたの?」
「本にはいろんな情報があるからな。少しでも学んでおこうかと」
「あらいい考えじゃない。じゃあ後で見繕ってリビングに置いておくわ」
「ん、ありがとう」
リベルに言い訳などという概念は存在しない。ただ彼女に少しでも疑念を抱かれたくないだけ。
人はそれを、嘘と言うのかもしれないが。
今日の夕食はカレーになった。
理由は単純。多少切り方が粗くても、多少味付けがおかしくても、大体美味しくなってくれるから。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせてからスプーンを握る。
対面に座ったリベルは、それから黙々とカレーをかきこんでいく。
「……」
自分も黙って食べればいいのに、人がいる環境に慣れないリナは、この静寂が嫌になって適当にテレビをつける。
途中からでは何もわからないが、どこかでまた行方不明者が出た、というニュースのようだ。
「十中八九魔物でしょうね」
「魔物」
「ええそうよ。発生のメカニズムが未だ解明されない不思議生物。あいつら肉食だから、人も食われんのよ」
「……恐ろしいな」
「あは、まあ強い魔物は街に出る前に処理されるから」
私たちの手でね、とは言えなかった。
リナが所属している組織というのは、言ってしまえば魔物の殲滅部隊である。
ただし、人類の手には負えないような、という注意書きが入るが。
「私がいる限り魔物には殺されないわよ」
「そうだな。リナは強いからな」
リベルが想像したものはわかるので、あんな姿になりたくてなっているわけではないと否定したかったが、身の危険が迫ればやるしかないので、間違ったことではなかった。
しばらく話すこともなく無言で食べているが、やはりテレビの音だけでは物足りない。
「あんたさ、結構無口よね」
「無口。まあそうかもな」
「話題とかないの?」
「……記憶喪失の人に聞く?」
「む、そりゃそうかもだけど」
もしかしたら、面白いこと言ってよ並の無茶振りなのかもしれない。
けどだからなんだ。
「だからこそ色々聞いてみりゃいいんじゃないの?」
リナは、人とお話がしたいのだ!
「え、うーん……じゃあ、なんでリナはそんなに強いんだ?あと、色々知ってるのは?」
「……結構答えにくいわね。強いのは、鍛えたから。博識なのは、学んだから。それしかないわ」
「……なんか隠してるだろ」
「べ、別に〜?」
隠し事なんて大有りだ。だがだったらどうした。こっちが言わなければ核心には辿り着けない。そのはずだ!
「まあ、いいや。なんとなく頭と体が合ってない気がしただけだから」
「え、待って待って物凄い気になる言い方してくるじゃん。何それ。え?精神年齢低いとか言ってる?」
リナは一瞬喧嘩を売られたのかと思った。
だがどうやら違うらしい。
「いやそうじゃなくて、リナが実際何歳なのかは知らないけどさ、確実に大人ではないだろ?なのに、あまりに強かったり賢かったりするから、なんか一致しないなってだけ」
「あ、う、な、なるほど?つまり私が天才ってことで?」
「見た目通りの歳なら」
「……うるさい」
あぁ違うんだ、とリベルはなんとなく思った。
よく見ていればわかるが、リナはあまり嘘をつけない人である。隠しているなら、そうとわかるような何かがどこかに現れる。それが表情なのか口調なのか声なのかは場合によるが。
「べ、別に私が何歳だろうと関係ないでしょ。この通り、見た目は可愛い可愛い十四歳なんだから」
「……なるほど」
「おいなんだその何か言いたそうな顔は。文句あるなら言ってみろよ」
「い、いや、見た目気にしてるんだな、と」
「……」
リベルの返答はいつだって予想の斜め上。
もっと、貧相だとか可愛くないだとか思われてるのかと思ったが、それはないらしい。
「……ふん」
「……、……」
リベルは満足そうだな、とか言おうとしたが、それはやめた。
これ以上リナの機嫌を損ねるのはよろしくない。そう直感が告げている。
また無言になってしまったが、もう食べ終わるのと、悪い気分ではなかったのでリナは満足だった。
ただ少し貪欲になったリナは、食事中は恥ずかしくて訊けなかったことを訊く。
「美味しかった?」
「ああ。他を知らなくてもいいと思うくらいには」
「……♪」
褒められる度、認められる度、リナはリベルのことを信頼していく。
自分でもわかっているが、悪い気分ではないのだから仕方ない。
それからリベルには風呂に入らせ、自分は食器を洗いつつ客室を少し綺麗にしてみて、リベルが出てきてから自分もお風呂に入る。
「覗くんじゃないわよ」
「進んで虎の尾を踏もうとは思わない」
「ならよし」
これでたとえ事故だったとしてもリベルが来たら存分に叩きのめせる。
まあそんなことがあるわけないのだが。
お湯が溢れ出る湯船に浸かり、リナは浴槽のへりに手を置きその上に頭を預ける。
「はー……これが激動の時代ってやつ?」
時代というにはあまりに時間が短いが、もう一週間くらい経ったんじゃないかと錯覚するくらいには疲れる一日だった。
その一因はリナにもあるような気がするが、都合の悪いことは考えない。
「とりあえず、リベルが結構従順なのはラッキーよねぇ……」
色々な話をしたが、ふとした時に感じるのが、気遣われているという感覚だった。
服選びの時も、かなりわがままを言った自覚はあるのだが、諦めたような顔をして付き合ってくれた。
男性と出かけるならやってみたかった荷物持ちをさせるというのも、まあ文句は言われたが怒りはしなかったし。
「優しい、って言っていいのかなぁ……なんかやだなぁ、私が狭量みたいで」
今の状態を端的に表すなら、リナがわがままお嬢様でリベルはそれに振り回される執事、そんな感じだ。
これでリベルを優しいと評価してしまったら、そのままリナはわがままお嬢様になってしまう。まあ何も間違ってはいないのだが。
「はぁ……でもその優しさもどこまで通用するかよねぇ」
真っ直ぐ腕を伸ばして、その真っ白で細い腕を眺める。
まるで作り物。いや、本当に作り物なのだが、リナの体は気づかれにくい場所でやはり人間とは構造が違う。
髪の毛以外には産毛の一つも生えていないし、シミやほくろなど一つもない。
「極めつけは」
腕同士をぶつけると、肌がぶつかるパチンという音に混じって何か金属質な音がする。
それこそが、骨の代わりに全身を支えている正体。
「とても人とは言えない。だけど、私は人間……」
頭をお湯に浮かせて、腕を天井に向けて突き出す。
そこにあるのは、紛れもなく人としての体。
「まぁなんでもいいや。だって成功したら……ふふっ」
リナにも秘めた事情はある。
それこそ、仕事仲間にすら打ち明けないような大それた願望が。
お風呂から上がったリナは、寝室に向かう途中でリベルが窓から少し身を乗り出して黄昏ているのを発見した。
「……どうしたの?眠れないの?」
リナが声をかけると、リベルは少しビクッと体を震わせる。
だがそこに焦りや驚きといった表情はなく、至って真顔で振り返る。
「朝言った、引っ張られるような感覚……あれがなんか、強くなってる気がして」
「……そうなの。あんたは、どうしたいの?」
「すぐ行った方がいい気がする。でも、もう間に合わない気もする」
「……そう。具体的にいつがタイムリミットだと思う?」
「明日の……昼頃。でも多分、今から走っても間に合わない」
正直、リナにはリベルが何を感じて何を元に判断しているかはわからない。
だが叛逆者が、神が動き出しそうだ、と言うなら、それはきっと本当のことなのだろう。
「……私にはわからないから、もう寝ましょ?きっと何もないわよ」
「…………ああ、そうだな」
リベルは最後にもう一度名残惜しそうに窓の外を見ると、客室だと説明しておいた部屋に消えていった。
リナも少し窓の外を見て、はぁとため息を吐く。
「柄じゃないんだけどなぁ」
寝室に入ると、仲間に通話を繋ぐ。
機械である彼女にとって、自分の頭はそのまま通信機器となる。
『何かな?』
「中型一つ。朝一で」
『大荷物?』
「ある意味ね」
『ふーん?珍しいね』
「……な、なによ」
『いやいや、仲良いねって』
「……だって、あいつ操縦できないでしょ」
『あーかもね。みんなすぐ乗りこなすから忘れてたよ。他には?』
「ない……あー、一応変換器積んどいて」
『じゃあルイナのお下がりで』
「なんでもいいけどよろしく」
『ん〜じゃあねー』
何も聞こえなくなったのを確認して、リナはベッドに横になる。
「ほんと、らしくもない」
人の言葉をあてにして、そのために行動を起こすなど。
でも案外悪くないかも、なんて少し笑ってみる。
本当に、リベルはおかしな人間だ。ここまで変えられてしまうなんて。
「ま、いっかぁ……」
飽きたらやめるでもいい。そう軽く考えておいて、今は休むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます