第3話 困惑と疲労のショッピング
朝から色々あってもう昼過ぎだが、二人は今ショッピングモールにやってきていた。
「まずはあんたの服を買わないとね。その服、割と意味わかんないし」
「え、そうなのか?」
リベルが現在着ている服は、パッと見なんの変哲もない長袖のTシャツである。
ズボンも黒に近いグレーのもので、まあなんというか全体的にファッションに疎い格好になっている。
リベルはこれの何がいけないのか、と自分の服を眺めるが、そもそも記憶のない彼に何がわかるはずもない。
「まず縫い目がないのよ。それくらいなら既存の技術でもできるし、気にする必要はないかもだけど」
「なんでわかったんだ?」
「私の目は欺けないって話よ。もう一つの理由にも繋がってくるんだけどね、その服、魔力を帯びてる。ううん、そんなもんじゃない。魔力でできてるのよ」
魔力。それは人が魔法を使うのに用いるエネルギーであり、血液のように常に生み出されているのだとか。
そしてそれを自由に操れるほど、魔法の精度や威力は上がる。服を作れるほどとなると、どんな次元にあるか、リナでもよくわからない。
「多分私じゃなくてもこれに気づく人はいる。だから、さっさと普通の服を買いに行くのよ」
「魔力でできてると、何か問題があるのか?」
「それを維持するのに魔力を吸われ続けることになるし、何より臨戦状態だと思われかねないわ」
「……戦う気なんてないんだが」
だが実際魔力を使うということは、なんであれ魔法を行使することに他ならない。
これは服だからいいが、もし手に集まっているように見えてしまえば、何か危険な魔法を発動しようとしていると取られかねない。
今の状態なら気づかれないか見逃してもらえるだろうが、何かが一つ間違えば大騒ぎになる。
だから、街の中でこの服は着てはいけない。
そんな説明を歩きながら延々と続けられているわけで、リベルとしてはかなり精神的に疲弊していた。
だがそれを言うと、リナはなぜか嬉々として面白くもない話を続けてくるので、リベルはもう頭の方が限界に達している。
「あ、着いちゃったわ。それじゃあ適当に見繕って、いくつか買っていきましょうか」
「あ、ああ」
やっと解放された、と思うのも束の間、今度はあれでもないこれでもないとリベルと服を見てはうんうん唸り始める。
リベルとしてはもうその辺の服でいいから早く決めて欲しいのだが、リナ的には多少お洒落な服を選びたいようだ。
「私の隣に立つんだからそれなりにかっこ良くないとね」
「……そのリナがフードを被って顔を隠しているわけだが?」
「わ、私は、仕方ないのよ。別に顔を隠したいってわけじゃないんだけどさ」
なんだか色々事情があるようだ。
もう仕方ないので近くのベンチに腰掛けると、リベルはリナが満足するまでぼーっと座っていた。
「あら、結構似合うじゃない」
最後の五択まで絞ったから試着してと言われ、着てみたらそんなことを言われた。
褒められるのは嬉しいが、せめて二択にしてほしい。
「ほら次、早く着てみて」
「へいへい」
試着室という大衆の中において一人になれる場所で、リベルは思う。
服ってなんでこんなに色々あるんだろう。
結果として、最後まで悩み抜いた服はどれもリナ的に気に入っているらしく、全部買うことになった。
だったら最初から買えばよかったじゃんとは思うが言いはしない。この数時間で、そういうことを言ってはいけないんだと学んだから。
ついでにパジャマやその他必需品なども買えば、リベルの両手は完全に塞がっていた。
「……あの?」
「ん?」
「ちょっとくらい持ってくれても」
「それ全部あんたのなんだけど」
「……」
そう言われると仕方ないのだが、隣に荷物を抱えて歩く人がいて、自分は何も持っていないなら少しは持ってほしい。
「しょーがないわねー!半分持ってあげるわよ!」
「なんでそんな嬉しそうなの」
恩着せがましい、というわけではないのだが、にっこにこの笑顔で近づかれるとそれはそれで怖い。
なぜ?と顔で聞いてみると、スッと目を逸らされる。
「いやまあ、笑ってたら誤魔化せるかな、って、そんな……考えで……う、うるさ〜いっ!」
「何も言ってないんだけど」
ノリと勢いでどうにかしよう。そんな考えでしたとさ。
リベルは持ってくれれば何も言うことはないので、どこか居心地悪そうなリナは落ち込みすぎだと思った。
実はその考え方が一番リナ的に辛いのだが、それがわかるほどリベルはリナのことを知らない。
「それで、今日はもう帰るのか?」
「あ、うん……服選びに時間かけちゃったからね」
まだまだリナのことなんて知らないのだが、しおらしくされると違和感を感じる。
リナ自身も違和感というより忌避感を感じるので、すぐに話を逸らす。
「そういえば、私のご飯は美味しい?まだ私が作ったのしか知らないだろうけど」
リベルはすでに朝食と昼食の二回を食べている。
朝食は別だったが、昼食は一緒に食べた。しかしその時何も言われなかったから、内心少し不安なのだ。
「平均がどんなもんか知らないけど、美味しいんじゃないか?素人が変なこと言わない方がいいかと思ってたんだが」
「美味しいってんなら誰だって聞き入れるわよ。不味いって言われたらキレるだろうけど」
それもそうか、とリベルは呟く。
明らかにお世辞とわかるようなものならまた違うだろうが、ある程度自分の腕に自信があるなら、美味しいと言われて怒る人はいない。
リナも、どちらかと言えば料理は得意だと思っている方なのだ。
「じゃあちょっと材料も買っていこうかしらね。嫌なら先帰ってもいいけど」
「ついてく」
「んっ、そう」
即答されると考えていた選択肢が全部吹き飛ぶ。
リベルが即答してくる可能性を考慮しないのが悪いのだが、リナだってリベルの性格を把握しているわけではないのだ。
「荷物増えるけどね」
せめてもの仕返しにそう言えば、リベルの顔が若干歪んだ。
それでもやっぱりやめたと言わないのは、優しさなのか、言った手前引き返せないと思っているのか。
どちらでもいいが、リナとしてはリベルの困ったような顔が見れて満足だった。
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