第2話 上手くいかない情報収集
気持ちをどうにか整理してから、リナは改めてリベルに向き直る。
「もういいわよ。とりあえずこれだけ教えて?あんたは、私にとって味方?」
「それで味方だって自信満々に言い張っても怪しまれそうなんだが、まあ敵対するつもりはないな。というか敵なんだったら、運ぶ前に殺してる気がするしな」
「まあ、そうね」
因みに寝込みを襲われた場合迎撃機能が目を覚ますわけなのだが、まあ知らない時点で悪意を向けてはいないのだろう。
なんだかんだ頭上の手も放置してしまったし、リナの心は完全に信用する方向で固まっていた。
「はぁ、朝から疲れたわ」
「お疲れ?」
「何度も言うけどあんたのせいね」
「なんかごめん」
「悪びれてないのもムカつくわね。まあいいけど」
リベルの処遇について、リナの中で一つの答えは出た。
なら次は。
「力について考えないとね」
「力?」
「あんたのよ。わかってる?自分の異常さ」
「いや全く」
これだから、と思わずため息が出る。
ただこれは知らない方がマシ、というか知らないなら扱いやすいので、あまり深く教えないでおこうと思う。
「あんたさ、なんか引っ張られるような感覚ってない?」
「……確かに、少しだけあるぞ。向こうの方に、何かがあるような予感はする」
リベルが指を差したのは、方角で言えば西の方。
そしてそこにいるのは、また別の神。
「ん、おっけ。それだけわかれば十分」
「そう、なのか?」
「うん。私にとってはね」
あまり考えていなかったが、リベルがこのままこの家を、というかリナの下を去るというなら、ある程度は教えておいた方がいいだろう。
「ところで、あんたはこれからどうするつもり?」
「これから?」
「そうよ。一人でどこかへ行くのか、このまま私といるのか」
ふーむ、と考え込むような素振りは見せるが、リナが思うようなところで悩んではいなかったらしい。
「こんな状態の俺を、リナ以外に受け入れてくれなさそうじゃないか?」
「……まあ、そりゃそうよね」
いないと言えば嘘になるが、そいつらはどうせ碌でもない。まあリナ自身も碌でもない組織に所属しているのだが、それを言ったらリベルに未来はない。
よし、と立ち上がって、リベルと真っ直ぐ目を合わせる。
ほぼ同じくらいの身長で少し驚くが、そこは今はどうでもいい。
「これからあんたは私と行動するように」
「うん?最初からそのつもりだったが」
「……こういうのは明確にしておいた方がいいの!」
「そうか」
なぜかこちらが主導権を握ろうとすると躓かせてくるが、これは意図しているのだろうか。だとしたら相当面倒な男だが、こんなあやふやな奴にそこまでの頭はないと思いたい。
「ほら、リビングにご飯用意してるから、とりあえず食べてきなさい」
あ、ああ?と困惑した様子のリベルを寝室から追い出して、リナは一先ず、一人の時間を確保した。
「はぁー……ほんと、疲れる」
ベッドではなく椅子に座り、横にある本棚から一冊の本を取り出す。
著者名はなく、タイトルも『神話大全』という簡潔なものだ。
ただ少しおかしな点は、まだ未発見の生き物すら載っているということである。
その中の一体に、叛逆者という奇妙なものがあったはずだ。
「えーっと、あぁこれこれ。叛逆者リベル」
いずれ来たる大戦時に現れると言われる生き物、叛逆者。
この本の中では異形の怪物として扱われているが、今いるのは完全な人型である。
「ええと?”叛逆者は神への絶対的優位性を保有する。そして神々の位置を常に把握し、やがて全ての神を葬ることだろう。”あれ、これだけ?」
神を感知できるのは覚えていたので本人に訊いてみたが、まさかこれ以上の情報がないとは。
どこかで叛逆者についてもっと情報を見たか聞いたかした覚えがある気がするのだが、かなり前のことだからか忘れてしまった。きっと当時はそんな存在はいないと割り切ったせいだろう。
「でも、なんで人型に?……最初に宿ったのが私だから?」
だとしたら中身がどうなっているのかとても気になる。
性別がずれた理由も気になるし、やはり一度詳しく調べたい。
「うーん……能力もこれとして書いてないし、リベルってやっぱ特異なのねぇ」
「俺がどうかしたか?」
「うひゃぁっ!?」
後ろから突然声をかけられて素っ頓狂な声が出てしまった。
確かに部屋に鍵はないのだが、だからと言って無言で入ってくる奴がいるだろうか。
「あ、あんた、入ってくるならノックの一つくらいしなさいよ」
「ああ、そんなマナーもあったか」
「ああ、じゃないわよ!全くもう……今回はしょうがないけど、次から気をつけてよね」
「わかった」
本当にわかってるんだか……と内心呟きつつ、なるべく怪しまれないように本棚に戻す。が、人が何かを隠そうとすると天然なのか狙っているのか興味を示すリベルは、リナが読んでいた本にも目を付ける。
「何を読んでたんだ?」
「……別に、なんでもいいでしょ」
「まあ、それはそうなんだが」
こいつに誤魔化そうとするのは逆効果なんじゃないかな、なんて思わせるくらいには、リベルはリナの願いを尽く踏み潰していく。
つまり、戻した本をわざわざ取り出して読み始めやがった。
「あ、ちょ」
「神話の話か。ん?」
「ん?」
取り返そうとしても逃げられ、パラパラと見ていたリベルは、あるページでピタリと止まる。
そこには、世界の終焉を描いた最後の戦いが見開き一ページに渡って載っていた。
その中では荒廃した世界で、終焉を呼ぶとされる神と叛逆者が戦っている。
「これが、どうかしたの?」
「どうかした、っていうか……なんだろう、違和感?」
このページに対して、歪なものを感じる。
その正体はわからないが、どうにも目を離せない。
リナはそんなリベルを見て、少し試してみようと思った。
「ねえ、この怪物知らない?」
「うん?知らない……かな。なんとなく、知っているような気はするんだが。よくわからない」
一般に、動物は鏡に映った自分を他人だと認識するらしい。
これも似たような反応なのかな、とかちょっと失礼なことを思う。
「……あんたがこの怪物だったら、どうする?」
「どう、だろう」
変な質問をしている自覚はある。これで叛逆者の記憶を取り戻したら……良いのか悪いのかの判断はつかない。
ただ、変化があれば良いなと思った。
「俺とは全く違うのに、そうだとしてもおかしくないと思うな。なんとなくそう思う」
「……そう」
「まあ、その場合こんなのと戦ってるんじゃないか?よくわからないが」
本を閉じながら、リベルは片手でリナの頭に手を伸ばしてくる。
「ん……な、何するの」
「あ、いや……なんか不安そうだったから」
「わ、私が?何に?」
「さあ」
それがわからないなら誰もわからない。
だけど、
(何?この安堵感。まるでこいつがいなくなることを嫌がってたみたいじゃない)
あながち、リベルが感じたことは間違っていないのかもしれない。
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