第1話 叛逆者
コツンコツンと何か硬質な音が響く。
それとおまけに頭に伝わる振動で、その少年は目を覚ました。
「……ん?」
「ん?じゃなくて、いい加減起きろってのよ」
口調に対して意外と可愛らしい声に顔を上げれば、そこには緋色の髪と青い瞳の少女がいた。
どこか責めるような眼差しの割に表情は柔らかい。しかしその手にはリボルバーのような銃が握られていて、まだはっきりとしない頭でもなんだか違和感のようなものを強烈に感じる。
「……ああ」
とりあえず立ち上がると、少女は銃をどこかへしまった。
あれでつついてきたのは何となくわかるのだが、一体なんだったんだろう。
少女が銃を持っていた理由は、見ず知らずの相手に触れるのさえ躊躇ってしまったから。
眠そうに目を擦りながら立ち上がった少年は、顔に腕の跡が思いっきりついていた。
思わず吹き出しそうになるのを堪えて、少女は一つ問いかける。
「あ、あんたさ、あんたが、私をここまで運んだわけ?」
「多分?」
「くふっ、あは、あはははっ!」
我慢できなかった。
少年は訳もわからずきょとんとしているが、だいぶ間抜けな顔になっていることを自覚してほしい。
そうでなければ跡が消えるまで目も合わせられない。いや、恥ずかしがられてもそれはそれで笑ってしまいそうだが。
なんて割と失礼なことを考えている少女は、もうすでに少年への警戒心を忘れていた。
「はー、とりあえず、自己紹介しましょ。私リナ。ただのリナよ」
「名前、名前……リベル、かな?」
一瞬、スッとリナの目が細められる。
だがそれを勘付かれる前に、元の活発そうな笑顔に戻す。
「そう、リベルって言うの。じゃあちょっと踏み込んだこと聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あんた何者?」
こんなことを聞けたのは、リベルと名乗った少年から悪意を感じられなかったから。
そして、思った以上に実力がなさそうだったから。
少し険しい顔をしたリナに聞かれ、リベルはうーんと考えて、
「何者ってどう答えればいいんだ?」
根本的なことを訊いた。
「……あんた、人間、じゃないでしょ」
「人間の定義がわからないんだが、そう言うなら、そうなのかもな」
なんともはっきりしない男である。
ただまあ人間ってなんなんだと問われたら、リナも少し答えに困ってしまう。
リナは自分のことを人間だとは思っていないが、外見は人に見えるようにしている。そうでなければ人の生活に溶け込めないから。
リベルもその同類だと思っていたのだが……。
「じゃあ、ただの人間だって言うの?なんの能力もない、ちっぽけな人間だとでも」
「……なんかすごいバカにされてる気がするから、それは否定しておこうかな」
「うんまあ何もない人間もそれはそれで珍しいんだけど」
感覚だけで否定されたんじゃあ、リナの求める答えにはならない。
ただこれ以上訊いてもまともな答えは得られそうにないので、この話は一旦保留にしておく。
「じゃあ別のこと。あの後どうした?」
リナが訊いたのは、自分が倒れてからのこと。
あの力の根源という意見もあったが、完全に信じているわけではない。
だから、とりあえず状況証拠を揃えたい。本人からの証言があればかなり変わってくるのだが、
「あの後?」
なぜか、リベルはきょとんとしている。
「そ、そうよ?私が倒れて、あなたがここまで運んできた話でいいのよ?」
なんだか嫌な予感がして優しく訊き直す。
しかしリベルは全く身に覚えがないとでも言うように、頭を捻って捻って……。
「そんなことしたっけ?」
「……」
じゃあ、さっきここまで運んできた?という質問に、多分と答えたのはなんなのだ。
それにわからないなら最初から覚えてないでいいのに、なぜそんな思い出そうという素振りだけするのだ。
リナの中で色々な感情が湧き上がっている間に、リベルはもっと深刻なことを言う。
「というか、何も覚えてないんだよな」
「は?」
「いやその、なんでここにいるのかとか、今まで何してたとか、何も知らないんだ」
それはまた、随分と。
「厄介なことに……」
次から次へと問題が浮き上がってくる。
全部放り出して叫びたい気分だが、そんなことをしても何も変わらないのは自分が一番わかっている。
「大丈夫か?」
「あんたのせいで大丈夫じゃないわよ!」
「……ごめん」
はぁあ……とため息を吐いて、リナは自分のベッドに腰掛ける。
思えば自分の寝顔すら見られたのだろう。なんかもう自分の守ってきた尊厳がズッタズタにされている気がする。
せめて根幹だけは知られないようにしよう、となんとも曖昧な決意をしたところ、リベルが何かを思い出したように嬉しそうな顔をする。
「そういえば、リナが物凄く強いのは覚えてるぞ」
「そ、そうなの?」
「ああ。腕から物凄いレーザーが出てた。あれは強そうだと思った!」
まるでヒーローでも見た子供のようにはしゃいでいるが、それはまさにリナの核心。
知られた場合消すか完全に信用するしかないという、両極端な選択を迫られるほどの秘密。
考えることが多すぎて、常人より遥かに速く思考できるリナでさえ、頭がパンクしそうになっていた。
「……泣きたい」
「泣いてもいいと思う」
「慰めるなぁっ!」
うぅ、と完全に顔を覆う。
ぽんぽんと頭を撫でてくるのが微妙に腹立たしい。
こんなことになるなら寝てる間に追い出しておけばよかったと、今更のように後悔したのだった。
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