前編
暗い、暗い森の中でカラスの鳴き声が木霊する。灰色の雲が空をキャンパスのように塗りつぶし、陽の光が一切存在しない森。代わりに昼間の雨の日のような、鬱蒼とした薄暗さがこの森を照らす灯だった。
野獣が今にも飛び出してきそうな森の中で、くっきりと穴が空いたかのように雑草も何もない所に赤いワンピースに身を包んだ銀髪の少女ことアリシアが、体を丸めるようにして寝転がっていた。
穏やかな眠り顔ではなく、まるで悪夢に苛まれているかのような、苦しげな眠り顔で額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「う、うーん……」
寝苦しさからか、それともこの森の中に流れる冷ややかな風のせいか、彼女はゆっくりと目を覚ました。
「え……。ここは、どこなの……?」
アリシアは周りの状況に戸惑う。
自分は自宅のベッドで眠っていたはずなのに、どうしてこんな見たこともないような森の中にいるのだろうと目をぱちくりする。
齢(よわい)10歳の少女にとってこの風景はあまりにも異様だった。
「なに……?」
突然草むらが激しく揺れ、アリシアはビクリと小さな体を震わせる。
「ひっ……!?」
すると、草むらから黒く塗りつぶされた小人のようなものが飛び出してきた。顔も何も見えない、シルエットのようにしか見えないそれはアリシアにわかりやすい敵意を向けていた。
その姿にアリシアは恐怖心を抱き、後ずさる。
ただここは逃げ場のない森の中。哀れな獲物である少女に走って逃げる場所なんてない。
黒い小人が両手の爪で飛び掛かってきたその時――――――。
「おっと。か弱い女の子に手を出すとは。これはいけない、いけない」
そんな声がしたのと同時に、目の前の黒いシルエットの小人たちが急に怯え始めた。
「珍しい客人に興味津々なのはわかるけどね。君たちの場合はちょっとシャレにならない。少しばかりお帰りいただこうか」
その声と共に現れたのは、奇妙な格好をした男だった。
身長は180cmを超える長身で筋肉質な体格をしていて、蔦で出来たジャケットの下に灰色の鎧のようなものを着ていて、顔にはまるでカボチャで作ったような仮面を被っていた。灰色のボサボサの髪で肩口まで伸びている毛先はまるで燃えているようにユラユラしている。
その手には杖と見紛うような長さの炭のように黒いライフル銃のようなものが握られていた。給弾機構部分には青白い炎のようなものが炉心のように埋め込まれていて、銃身からは同じ青白い炎が漏れている。さながらそれは、夜を照らすランタンのよう。
その長い銃を男は軽々と振るい、銃口を小人たちに向け、森の中に響き渡る銃声を轟かせる。
「■■■■■!」
放たれた銃弾は小人たちの足元に当たり、彼らには命中しなかった。威嚇射撃であってもその効果は十分で小人たちは目の前の男の存在と使う武器が放つ威圧感に震えていた。
「早くお行き。このお嬢さんに大人の世界はまだ早い。僕の気が変わらない内にここから立ち去ることをオススメするよ。じゃないと、君たちのその顔に風穴が開くかもだ」
穏やかな口調ながら男は、銃口を小人たちに向け、引き金に指をかけていた。少しでも彼の警告を無視すれば、即座に撃ち抜くと言わんばかりの威嚇行為だった。
「■■■―!」
小人たちは勝てないと理解し、その場を逃げるように去っていった。
「ふぅ。これでよし。お嬢さん、大丈夫かな?」
男は銃を担ぎ、アリシアに手を伸ばす。
「あ、ありがとう……」
目覚めてから立て続けに起きる状況にアリシアは戸惑いつつ、男の手を取り、何とか立ち上がる。
「わたし、アリシアって言うの。おじさんはなんて言うの?」
「おじ……。ゴホン。失礼、お嬢さん。僕の名前はジャック。この森に迷い込んだ人の道先案内人さ。あ、それと。僕はおじさんじゃなくてお兄さんだ。いいね?」
ジャックは小さなアリシアと目線を合わせて言った。カボチャの仮面の下の瞳は青く、サファイアのようだとアリシアは思った。
「そう、なんだ。なんか、感覚的にお兄さんって感じがしないんだけどなー……」
「それは偏見というものだ。人は見かけによらないって言うだろ? アリシアも大きくなったらその区別が出来るようになるとも」
「へぇー。そんなものなんだー」
やや棒読みでアリシアは返事した。
「本当に思っているのかな? まあ、それはいい。アリシア。君は今自分がなんでここにいるのか全くわからないだろう?」
本題に戻り、ジャックはアリシアに聞いた。
「なんでって、それはわたしの方が聞きたいし……。あの妖精みたいなというか、小人みたいなの、わたし知らないし……。似たようなのは家の近くの森で見たことがあるけど、あんな感じじゃないし……」
「……へぇ。やっぱり君見えているんだ。そう考えると、君がなぜここにいるのか何となくわかるかも」
「へ? どういうこと?」
ジャックの言葉にアリシアは振り向く。
「それは歩きながら順を追って説明をしよう。ここで立ち止まっても悪い隣人にちょっかいをかけられるかもしれないからね。そら!」
ジャックは銃にノックをすると、銃が変形を始めた。デタラメなギミックを見せながら、ライフル銃は一つの大きなランタンに姿を変えた。
「すごーい! これってどういう仕組みなの!?」
目の前でライフル銃がランタンに変形した所を見て、アリシアは興奮して目を輝かせながら言った。
「お手製の武器って言ったところかな。さあ、おいで」
ジャックは右手にランタンを持ち、左手でアリシアの手を取り、森の中を歩き始めるのだった。
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