Chapter1 Episode4 覚醒。

 レナがリルリに会いに行った翌日、レナはいつも通り学校にいた。午前中の授業じゅぎょうを終えて、お昼休みの事だった。


 いつも通り細々とお弁当を食べているレナの前に、一人の少女が立った。


「レ、レナさんっ。少し、いいかな?」


 その少女はレナに少し緊張きんちょうした様子で言った。

 レナはその声に顔を上げ、少女を見る。年はレナと同じくらい、眼鏡めがねをかけている短めの赤髪と緑色のひとみを持つ、どこか気弱そうな。


「実は、その、教えてほしいところがあって……」


 少女は手元に持っていたノートを取り出し、レナに見せる。レナはそこで、少女が今自分のとなりの席の生徒であることを思い出した。レナは一つうなずくとお弁当を仕舞しまい、少女のノートを受け取った。


「ここ、なんだけど……」


 少女が指さしたのは魔法陣定理と呼ばれる、魔法陣発動の際に発せられる紋章もんしょうの違いによるものだった。レナ自身初めて見た時は分かりにくかったらしく、共感するように頷いてから隣のページを開いた。

 そこには分かりやすく、ついこの間レイナが授業で話した内容が写されていた。それを確認したレナは自分のノートも取り出して、二つを使って指先だけで少女に教える。しかしたったそれだけのことで、少女は感心するように言う。


「えっ、あっ、なるほど! それが、ああ、だからそうなるのね! 凄いわレナさん、ありがとう! とってもわかりやすかったわ!」


 レナが重要となる部分を指差し、重要な部分同士を指でなぞって結びつける。少女はもともと優秀な生徒だったのだろう。たったそれだけのことで理解した。今まで分からなかったことが分かるようになる、と言うのは子ども心でなかったとしても嬉しいことだろう。少女は嬉しそうに笑みを浮かべてレナにお礼を言った。


「本当にありがとう。今度何かお礼をさせてね」


 少女に言われて、レナは小さく頷きながら笑みを浮かべた。その後少女はレナの隣の席に着き、食事を始めた。レナもそれを確認してから食事を再開する。その時レナは、久しぶりに感じた友情と言うやつに、少しだけ感動していた。その証拠に、その日一日、常に退屈そうだったレナの表情は、少しだけ柔らかくなっていた。


 翌日、レナは再び少女に話しかけられていた。


「レナさんってクライヤ先生の子どもなんでしょ? 何か凄い魔法とか使えるの?」


 どこかウキウキしている様子の少女を前に、レナは悲しそうに首を横に振った。そして紙を取り出してペンで文字を書く。そして何をしているのかと不思議そうな少女の前に、書いた文字を見せる。


「えっ、声が出ないと、魔法って使えないの? あ、でも、そっか、詠唱が……じゃあ、レナさんって魔法、使えないの?」


 レナは続けて文字を書く。それを見た少女は表情を明るくさせた。


「あ、来週にはしゃべれるようになる? それは良かったね! 私もレナさんおお喋りしたい」


 レナはこくりと頷いた。そんなやり取りをしている二人のところに、三人組の男子が来た。みな、年はレナより少し下だろうか。


「なあ、レナ、お前クライヤ先生の子どもなのに魔法使えないのか?」

「と言うか、もう三年もここに通ってるんだろ?」

「先生も呆れてるんじゃないのか?」


 三人が小さく笑いながら言う。レナはそれに少しむすっ、とした表情を浮かべるが気にしないとばかりに知らんぷり。そんなレナの代わりに男子に言うのが少女だった。


「ちょっと三人とも、レナさんだって頑張ってるし、喋れないのは仕方ないでしょ? 来週には、きっとすぐにみんなを追い越して卒業しちゃうんだから!」

「なんだ? レナの味方するのか?」

「喋れないとか、何歳だよ!」

「利口ぶった二人が仲良しごっこか!」

「なっ!?」


 徐々にヒートアップする四人の言い合い。レナは我関われかんせずとばかりに無視を貫いていたが、何度か言い合いが続いた後で、少女が俯いて泣きだしたのを見て、表情を変えた。


「こいつ、泣いてやんの!」

「だっさぁ!」

「これだからお利口ちゃんは!」

「な、なんでそんなこと言うのよ! うっ……!」


 ガタッ、と椅子を鳴らしてレナが立ち上がる。


「なんだ? どうした?」

「はっ、口も利けないくせに文句でも言うつもりか!」

「こりゃ傑作けっさくだ!」


 などと笑う男子を気にせず、レナは少女に近づいて背中を優しく撫でてやる。それを不思議に見つめていた男子たちを、レナはにらみつけた。その鋭い視点に男子たちは少し後ずさり。


「な、なんだよ……」


 一人がレナに言うと、レナは着いて来いとばかりに勢いよく振り返り、教室を出て行った。男子たちは不思議そうに顔を見合わせた後、レナの背中をついて行く。少女も涙を堪えながら後を追う。


「おい、なんだよ。どこ行くんだよ」

喧嘩けんかしようってのか?」

「やめとけって!」


 男子たちはなおも愉快ゆかいそうに笑うが、レナは気にしない。男子たちに見向きもせず、黙々もくもくと廊下を進んでいく。そんなレナに気圧されてか口を閉じた。そしてレナは校舎を出て、校庭へと出た。そこからさらに進み、物置小屋へと向かう。


「ここに、何があるってんだよ」


 そう言ってきた男子にレナはキリッ、とした目を向ける。少しおびえた男子を無視し、物置小屋に入り、あるものを取り出した。そして、それを男子の一人に突き付ける。


「これ、杖、か?」


 レナはこくりと頷いた。片手で収まる練習用の杖を受け取った男子は、他の二人とともに笑い出す。


「はははっ、な、何だよ? え? 魔法勝負ってことか?」

「俺たちだって少しくらいなら魔法使えるんだよ!」

「詠唱すらできないお前に、勝ち目なんてないだろ!」


 ゲラゲラと笑う男子たちに怒りをあらわにしたレナは、不機嫌そうに校庭へ出て、的の方へと向かう。レナが歩き出しても笑い続ける男子たちをちらとみてから、こっそり後を付いてきていた少女がレナに寄る。


「ね、ねえレナちゃん、勝手にこんなことしてたら、怒られちゃうよ? それに、そんなに無理しないほうが……」


 そういう少女に、レナは優しく笑みを浮かべて横に首を振る。そして少女に背を向け、的の並べられているほうへと向かう。それを見た少女は、レナを心配するようなひとみを向けた後で、覚悟かくごを決めたような顔で男子たちを見る。


「ちょっと男子たち! レナさんが来いって言ってるんだから、早く来なさい!」

「言ってないだろ! 喋れないんだから!」


 そんな言葉にげらげら笑いながらも、男子たちは言う通りレナの方へ向かう。ゆっくりと少女の横を通り過ぎ、レナの隣に立った。


「じゃあ、せーので魔法を使おうな。的にうまく当てたほうが勝ちだ」


 杖を持った男子の言葉に、レナは小さく頷いた。レナは、何も持たないままに。それに気付いた男子は、不思議そうな顔を浮かべて笑う。


「なんだお前、杖も持たずに魔法使うのか? 実はお前ただのバカだろ」


 そんな男子の言葉を、レナは無視して正面を向く。的に向き直り、強く的をにらみつける。そして静かに目をつぶる。男子は戸惑とまどいながらも杖を構える。残りの二人のうちの一人が、手を掲げて口を開く。


「そ、それじゃあ……せーのっ!」

「《火付球術かふきゅうじゅつ》ッ!」


 その声に合わせて杖を持った男子が魔法を発動する。杖の先から火の球が飛び出て、的の端の方にぎりぎり当たる。


「はっはー! どうだ! あれ? お前まだ使えて――」


 それを見て有頂天うちょうてんになった男子は魔法を使う気配がないレナに顔を向けて、自慢じまんげな顔のまま馬鹿にしようとして――


 男子の瞳に、赤くともる光が見えた。


「えっ?」


 それは魔法陣。赤く輝く魔法陣は、レナが的に向けた両手のひらに浮かんでいた。それは、男子だけでなく、少女も見たことのないような魔法陣で。


「レナ!? ちょっとあなたたち、何をしているの!?」


 突然校舎の方からレイナの声が聞こえてきた。見てみればレイナが校舎の廊下の窓から顔を覗かせて焦りの表情を浮かべてレナたちを見ている。ただ、その場の誰もがそれどころではなかった。

 魔法陣から、人の顔より大きな火の球が飛び出した。ゴウッ、と音を立てて一直線に進んだ火の球は、的をつらいて的の向こう側に積まれた砂利に突撃し、爆ぜた。


 唖然あぜんとする少女と男子たち。レナは一人勝ちほこった笑みを浮かべていたが、それに気付く者はいない。しばらくの静寂が続いた後で、レイナが大慌てで駆け付けた。

 そして――


「レナ、今魔法使ったの!?」


 そんなレイナの問いかけに、レナは笑顔を浮かべて頷いた。

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