Chapter1 Episode5 苦溺。
ただひたすらに、愛に報いたかっただけだった。それだけだったのに――
「レナ、卒業おめでとう」
「ああ、おめでとう」
レナが学校で始めて魔法を使ってから三日後。レナは正式に学校を卒業することになった。もともと魔法を正しく扱えるようになったら卒業する制度だったが、レイナが特別に、たった一度の魔法を使ったことで卒業を認めたのだ。
しかし、卒業の翌日家で二人に囲まれてお祝いされる当の本人であるレナは、ずっと浮かない顔をしていた。そんなレナの様子を見て、二人も困り顔を浮かべる。席に着き、机越しにレナに話しかけていたレイナは立ち上がり、レナの横に回ってレナに話しかける。
「レナ、突然のことで、悲しいのも分かるけど、あなたは偉い子よ、分かって頂戴」
申し訳なさそうな顔で言ったレイナの言葉は、果たしてレナの耳に届いていたのか。レナは俯いたまま顔を上げない。そんな様子のレナに、レイナはゆっくりとあやすように言う。
「レナ、あなたの使った魔法は、とても素晴らしいものよ。無詠唱魔法と言って、扱える人のとても限られる、特別な力。でも、身を滅ぼしかねない、
「だな。レナはすごい才能の持ち主だ。その年で俺の修業を耐え抜き、ルーベル流一段を得た。これはな、凄いことなんだぞ? 俺だって一段を取るのに五年かかった。始めたのは十歳だったし、褒められることだぞ」
二人にそう
扉の前には
「あら、レナさん? こんにちは。御届け物を持ってまいりました」
レナが小首を傾げると、リルリは金色のネックレスを取り出した。昼時の陽光を浴びて、ネックレスのチェーンが小さく輝く。そして、ネックレスに付いている大きな桃色の魔石もまた、強い光を放っていた。
「レイナさんと、リディアさんはいますか? 中に入ってもいいでしょうか?」
リルリの言葉にレナは小さく頷き、リルリを中に招き入れる。そのまま席に案内し、リルリを座らせて、自分もその反対側に座る。そうしていると、レイナとリディアが戻ってきた。
「あ、リルリさん、来てたのね」
「ちょうどよかった。今ちょうど、レナに卒業祝いをしようとしていたところだ」
「そうだったんですね。それじゃあ、始めましょうか。レナさんの卒業祝い」
レナがレイナたちの方を見ると、レイナは見たことのない魔法の杖を。リディアは
「それじゃあ、プレゼントよ、レナ。はい、私から魔法の杖。魔核を使った特注品よ」
レイナがそう言って掲げるのは、レナの背丈ほどある魔法の杖。先端が丸く曲がっており、その中心に赤色の宝石のようなものが
「あなたも学校を卒業したし、それだけじゃなくて、しっかりと魔法の知識も積んでる。一人前の魔法使いとして申し分ないわ。これを受け取って頂戴」
レナはレイナに手渡された杖を、両手で大切に受け取った。それでもその顔は、喜びではなく、無表情。起伏を感じない、
続いてリディアがレナの前に立つ。
「これはルーベル流体術で使うダガーだ。ルーベル流は少し特殊でな、体術でも道具を使うんだ。正確に言うと、体術でも道具を使った戦闘を仮定して訓練を積む。だからお前にもダガーを
そう笑ってレナにダガーを手渡すリディア。レナは杖を片手で抱えて、空いたほうの手でダガーを受け取る。だが、表情は晴れない。レイナとリディアは、顔を見合わせる。
最後にリルリがレナの前に立った。
「レナさん、卒業おめでとうございます。こちら、お待たせしました。《
レナは頷いて後ろを向き、リルリはネックレスを持ったままレナの首元に手を回す。黄金のネックレスは、レナの首元で
「レナさん、何か、念じてみてください。あなたの想いが、その魔石を通して言葉になります」
リルリにそう言われ、レナは目を閉じた。少しの間の後、レイナのものでも、リディアのものでも、リルリのものでもない声が響いた。
『あ……本当に、喋れる?』
「今のって……」
「レナが、喋れたんだ!」
「おめでとうございます!」
小さな呟きに、レイナが驚き、リディアが喜びの声を上げた。リルリもまた、両手を合わせて祝福する。その三人の言葉を聞いて、レナは皆を見上げた。そして静かに、涙を流した。
「え!? レナ、どうしたの!?」
「な、何か嫌なことあったか!?」
「も、もしかして魔道具に不具合ですか? 苦しいなら、すぐに外して――」
『違う……違うよ、皆……違う、んです……』
静かに涙を流すレナの顔を見て、三人は戸惑う。そしてまた、レナのその言葉に。
『ごめんなさい、ごめんなさい……まだうまく喋れないし、言葉に出来ないし、伝えられないけど……私、喋れるようになったよ……ずっとずっと、たくさん言いたいことも、伝えたいこともあるよ……でも、今は……』
杖を胸元でぎゅっと抱きしめ、レナは言う。
『本当に、ありがとう。そして、ごめんなさい……おはようも、お休みも言えなかったから。……一つだけ、聞いてもいいですか??
「……どうしたの、レナ?」
三人はレナの様子に戸惑った。よくわら分からず、なんと声をかけて良いのか分からなかった。それでも、レイナは微笑んでレナに問う。レナは、静かに答えた。声と同時に、口を動かして。
『私は、悪い子ですか?』
訴えかけるような、祈るような声で言ったレナは、皆の顔を見上げて言った。
『何かされてもありがとうと言えなくて、悪いことをしてもごめんなさいって言えなくて。迷惑かけて心配かけて……この前だって、何も言わずに勝手にして、迷惑かけて。ねえ、私は悪い子ですか?
レナはきっと、ずっと不安だったんだろう。想いを伝えられないことで自分が迷惑をかけていないのか、と。心配をかけていないのか、と。それはそうだろう。親になにも伝えられないという苦しみを、幼い子どもが背負うその重責。果たしてどの程度のものになるだろうか。
ミリアとの別れも、先日の騒ぎも、よりレナを不安にさせ、心を揺さぶったのだろう。
『私ね、私ね……頑張った、んだよ? みんなを驚かそう、と、して……それで、喋れなくても、魔法を、使おう……って。三年、くらい、ずっと、ずっと頑張った、んだよ? みんながわからない、みたいな、魔法の、研究して、さ……自分だけの力で、魔法使えるように……でも、それも……いけないことだった……』
そう言ったのち、レナは泣きじゃくる。
『ねえ、私は出来損ないですか?』
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