吠える脳腫瘍

海野わたる

第1話 ステージ1.軽度のストレスと超能力

恥ずかしい。

 あの子が僕のことを笑っている気がする。



宿題を忘れた。

 必ずメモするようにしていたのに、どうしよう。



先生に怒られるのは酷く恥ずかしい。




教卓の前でお調子者のアイツが大声でふざけている。



見ているだけでも恥ずかしい。




ある時ふと、指先を紙片で切った様な、

微かな痛みがこめかみで響いた。



この時から決まっていたのかもしれない。

僕が殺人を犯してしまったことも、


そして、二度と忘れることはないだろう、


三階建てのビル、鉄筋コンクリートがビスケットの様に砕ける、あの地獄の光景。



【見えない津波】を引き起こしたこと。




昨日夜遅くまでゲームをしていたのが悪かったかな、と雄吾は思った。発売したばかりの新作アクションゲームを遊ばずに寝るなんてできないけどね。


クールに塗装された、自動小銃のグラフィックを思い出していた。


雄吾がそのゲームで一番魅力に感じたデザインだった。


頭痛が心臓の拍動に合わせて、雄吾の痛覚を刺激した。


特に授業を受けるには差し支えない痛みだったが、


断続的に発生するのが不快だった。


「じゃあ問題。1932年5月15日に起きた5.15事件だが、当日に殺害された首相の名前は?」


「高橋 是清?」


誰かが言った。そいつは2.26事件の方だ。恥ずかしい奴だな、受験の正誤問題でよく出題されるだろうに。



「惜しいな、正解は犬養毅だ。」



日本史担当の金岡は禿げあがった頭を光らせて言った。サザエさんの波平よりひどい頭だ。頭頂部だけ毛が無いせいだろうか、素晴らしく不潔に見える。

見た目のせいか生徒にも舐められている。


こんな大人にはなりたくないなぁ。


くだらないことを考えていると、思い出した様に頭が痛んだ。



チャイムが鳴り、授業が終わった。放課後に入る途端、雄吾は学校指定の鞄を肩に担いで、クラスから出た。


廊下を歩く途中で、一年生のクラスの友達が話かけてきた。


「お、雄吾。久しぶりにカラオケでもいかね?」


「ごめん、僕これから塾あるんだよ。」


誰だったか。名前が思い出せない。雄吾は適当にあしらって学校を後にした。



頭痛が気になる。バスに乗り、帰路に着いてからずっと気になっている。


段々と周りの乗客たちの会話にもなぜか苛立ちを覚える様になっていた。


停止ボタンを押した音が聞こえた。何かのトリガーだったのだろうか、


痛みが急速に激しくなる。


ノイズの様な軽微な頭痛から堪え難い激烈なものにすり替わる。



すぐにでも座り込みたい気分だったが、深呼吸して気分を治める。



吐き気まで襲ってきて最悪の気分だ。背中が汗でぐっしょり濡れている。秋だとは思えないほど暑い。



降車ボタンを押した。バス停までが驚くほど長く感じる。



お腹を壊して授業中に我慢している時とそっくりだ。



バスが停車した。雄吾は出来るだけ体の振動が脳まで響かないように、小さく屈むように歩いた。



「降車される方、いらっしゃいませんか?」



あまりに歩くのが遅いせいか、

バスの運転手は乗客がボタンを押し間違えたと思っているのだろう。



「降ります。」



振り絞った水滴のような声で言った。



聞こえなかったのか、ドアが閉まり始める。



「降ります!!!」



自分でも驚く様な声が出た。ドラマや映画

などの絶叫に似た声だった。



運転手や乗客は驚愕のあまり目を見開いている。最悪だ。こんな恥をかくなんて。



ICカードを取り出して支払いをしようと思ったが、鞄から出した拍子に手が滑った。



見当たらない、なんて運のない日なんだ。

下を向いて探していた時、顔に何か当たった。


 

落としたはずのICカードが、宙に浮いていた。



気がおかしくなったのか?



ひょっとすると僕の親が弁当にシンナーでも入れたのかもしれない。






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