26、宮崎雅

水瀬愛さんを間に挟み、ネズミを刈るネコの如く威嚇してくる雅さんと、ネコに刈られるネズミのように怯える俺の図が教室で出来上がっていた。

彼女の視線は言葉こそなかったものの、『殺すぞ、殺すぞ……』と目で訴えているのを悟ってしまえるほどに純度が高い殺意であった。

居心地が悪いなんてレベルじゃない。


「……………………」

「……………………」


お互いが黙りまくり、俺は知らない振りをしながら黒板をずっと眺めていた。

じろじろとした視線に気付かない振りをして。


「気まずい!普通に気まずい!なにこれ!?なにこれっ!?」


その緊張を解いたのが、水瀬さんである。

まだ授業の準備が終わっていないのに、そう言って机をバンッ!と力強く叩いた。


「ちっ……。おい、メガネ。雅になんかしたのか?」

「お、俺?なにもしてないよ!?ポ●モンの話してただけだけど……」

「はぁ?ポ●モン?なにそれ?オタクの話題にあたしが付き合うわけないじゃん!だいたいポ●モンってなんだ?聞いたことねーよ」

「え?」


ガッツリポ●モンの話題をしていたのに、ポ●モンなんか知らないときた。

逆にポ●モンの単語を聞いたことすらない人生を送る方が難しい気がするのだが……。


「雅はゲームとか?アニメとか?そういうの嫌いなのよ」

「単語だけで鳥肌立つくらい嫌い」

「え?マジで?」


雅さん、結構オタクっぽいギャルに見えたんだけど……。

水瀬さんもリア充隠してマンガとか読む人だし、その類は友を呼ぶ的な感じで彼女と同じ類いの人間な気はしている。

試してみようかという悪魔のささやきが俺に聞こえてきた。


「ゲーム」

「ひぃぃぃぃぃ!?キモいキモいキモいキモいキモい」

「な。めちゃくちゃ嫌がるんだよ」

「…………でも鳥肌立ってなくない?」


なんか口だけ悲鳴を上げている振りにしか見えない。

いつも前髪伸ばした顔で、人と目を合わせない人間観察をしている俺にはそうにしか見えない。


「『鳥肌が立つ嫌い』って言ったんだよ。誰も『鳥肌が立つ』なんて断言してないだろ」

「そういう問題なのかな……?どう思う水瀬さん?」

「ちっ……。知らないよ。振るなよ」


相変わらず冷たい隣人である。

少し冷めている水瀬さんから目を離して、再び雅さんに向き合った。


「人生」

「あ?なんだよ、いきなり?お前みたいな不審者が唐突に話しかけてくるのが1番怖いんだからな。意味わかんない1ワードがより恐怖を演出させるな」


それはごもっともだと思っている。

心の中で謝罪をしておいた。


「人生ゲーム」

「キモキモキモキモキモキモキモキモキモ、オタクキモ」

「人生」

「きっしょ。前髪が人生語るな」

「人生ゲーム」

「ひぃぃぃぃ!?耳が腐る!オタク、きっしょ!」

「…………」


なんだこの面白人間……?

あと、よくよく考えると俺『キモい』みたいなことしか言われてないな……。


「雅さんってなんか残念だね」

「は?」

「は?」

「え?な、なに?…………ざ、残念な奴に残念って言われてキレた?」

「そうじゃねーし」

「え?」

「わたしは名字で、雅には名前呼びかよ」

「雅さんってなんだよ。普通にキモい。お前に名前呼ぶ資格ないから」


2人が微妙にキレている内容が違う気がするが、両方とも雅さんを『雅さん』と呼んだのに、不評らしい。

水瀬さんがジト目で責めるように、雅さんは汚物を見るような目で気持ち悪がってた。


「ないわー。ゴーストポイズンから名前呼びはないわー」

「だって俺、あんたの名字知らんし」

「同じクラスでそれはどうなん?はくじょーじゃん」

「出席番号は愛の次だよ。普通わかるだろ?宮崎だよ宮崎」

「へぇ」


平山剛、水瀬愛、宮崎雅みやざきみやびって出席番号が続くようだ。

水瀬さんの次とか気にしたこともなかった。


「宮崎雅……」

「あん?名前で呼ぶな、本名で呼ぶな」

「なら、ミヤミヤ!」

「アダナを作るな!アダナで呼ぶな!」

「じゃあ、俺はなんて呼べば良いのかな水瀬さん……」

「知らん。口開かなければ良いじゃん」

「なにそのアドバイス……」


たまには俺も教室で会話したい。


「普通に宮崎で良いだろ!どうしてキモいクセして変な呼び方したがるんだよ!」

「だってミヤミヤも俺をゴーストポイズンって呼ぶから」

「愛だってメガネって呼ぶだろ!なんで愛には『水瀬さん』なんだよ!?」

「メガネは変な呼び方じゃないし」

「こいつの見た目まんまだしな。わたしだってメガネザルとか他人が嫌がるようなアダナ付けないよ」

「それで良いのかメガネ……」


ミヤミヤからメガネ呼ばわりは、それはそれでイラっとするけどな……。

水瀬さんは、なんかそういう人だと受け入れている。


「というか、クラス委員長しておいてー、クラスメートの名前知らんとかお前終わってんな。薄情だわー、はくじょーだわー」

「うん、そこはごめん。でも、俺は名ばかりのクラス委員長だから……」


誰もやりたがらないクラス委員長の仕事を押し付けられただけなので、責任感も誇りもなにもなかったりする。

クラスメートの名前も、まだそんなに覚えていない。


「名ばかりだってさー。ウケるなーお前ぇー」

「ド●クエ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?耳が破裂するぅぅぅぅ!」

「だ、大丈夫ミヤミ……あ、間違えた。……大丈夫雅!?」

「ねぇ、愛?ミヤミヤって呼ぼうとした?」

「う、移っただけ」


水瀬さんもミヤミヤってアダナが気に入ったのかもしれない。

なんとなくそんな気がしていた。

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