15、桃田澪はアウェイ

妹から家はこの辺なのかと尋ねられて、目が点になる。

何を言っているんだ?

何を言っているんだ?

何を言っているんだ?


頭の中にはそれだけが何回も何回も何回も反復している。

理解出来ないとはこういう気持ちなのかと、恐怖すら浮かびそうだ。

一瞬固まってしまったが、すぐに我に帰る。


「う、うん。……家はこの辺といえばこの辺だよ」

「そ、そ、そ、そうなんですね!」


どうした我が妹。

どうしてそんなにメスの声を出すのか。

つい30分くらい前は嫌み嫌み嫌みと冷たい態度だったではないか。

澪を取ったと自慢していたではないか。


まるで他人を前にしたような………………え?

嘘?

信じられないことに気付いてしまう。


あれ?

そういえば俺は今前髪を上げて、メガネを外した状態。

見慣れぬ姿とはいえ、毎日顔を合わしている義理の兄妹。

まさかのまさか、妹のやつ、もしかして俺って気付いていない!?

大嫌いな前髪メガネってわからないのか!?


うっそだろお前!?

いつも俺のこと前髪とメガネでしか判断してなかったんか!?

そんなことあるか!?

そんなことあるか!?

そんなことあるか!?

ショックな事実を突き付けられた……。


「……………………(じーーーっ)」


そして、妹の隣に控える澪はずっとこっちをジト目で見てくる。

何かを非難しているのか、訴えているのかはわからないが、それを表情からは読み取れない。

こいつは妙に察しが良い時があるから侮れない。


「…………」

「…………」


固まっている妹をそのまま置いておき、チラッと澪に視線を送る。

すると、小声でボソボソっと呟く。


「ふーーん。ほーーーん。はぁぁぁぁん。へぇぇぇぇ」

「な、なにか……?」

「ほーーーーー」

「なんなんだよ……」


義妹と、幼馴染を前にイメチェンになったコウの姿を曝しただけでなんでこうも気まずい雰囲気になるのか。

教科書で人と気まずくならないテクニックとかそういうのを掲載しろよ!

二次関数とか証明とか連立方程式なんかよりよっぽど将来に役立つって!


「……………………」


澪……?

お前は俺って気付いているのか?

気付いていないならいないでショック過ぎるぞ……。


「じゃ……、じゃあまたね。俺は買い物途中だから」

「あっ!ま、ま、待って!」

「え?」

「わたっ……、私のこと覚えてますか?こないだ会ったんですけど……」

「え?」


妹からもたどたどしい疑問にすっとんきょうな声が漏れる。

こないだどころかさっきもバリバリ会って会話して、『プププププ。おにいと1番仲良しな女子のミオねえ取っちゃってごめんねぇ。ただでさえ、女の影ないのにさぁ』って煽られましたけど……。

意味もなくドS妹からかわれましたけど?


いや、違うか。

平山剛ではなく、平野コウとしての俺のことを言っているのか。

まだコウという名前は教えてないけれど……。

そうなると、妹と前回会ったのは水瀬愛さんと一緒に歩いたあそこしかないわけで……。


「本屋?……、で会った子だよね」

「!!!!」

「マンガの新刊売り場だったかな?うん。確か」

「お、覚えてますか!?」

「ま、まあね」


叱られないかとビクビクしていた日なのでよく覚えている。

というか、ガチで俺だってわかんないんだな……。

しかし……、普段との俺への扱いの差はなんだ?

怖いなぁ……。

水瀬さんといい、妹といい、人──というより男への態度を露骨に変えられるのは嬉しい判明、悔しい気持ちもある。


「うくっ……。くくくくくっ!」


それと、澪さん。

あなたはなんで横を向きながらそんなに笑いを殺しながら爆笑しているんですかね?

そっちもそっちで地味に傷付くんですけど……。

やはり気付いているっぽいなあいつ……。

隠す気はまったくないが、二重生活の邪魔はしないで欲しいところである。


「じゃ、じゃあ俺行くよ!買い物まだ終わってないから」


妹の好物であるグルメチョコの袋を買い物カゴに押し込みながら今度こそ別れを告げる。

澪に『あれ、剛だよ』とか言われたら説教が始まるから余計なことを言われる前に退散である。


「は、はい!また今度会えたら良いですね!」

「う、うん。いつでも会えるよ」

「えっ!?そ、そ、そ、そうなんですか!?」

「うん。じゃあ、また」


無邪気に手を振る妹に、軽く手を挙げて別れを告げる。

妹がこんなに可愛いことを口にできるのを知らなかったよ。


「じゃあ、またね。うん。くっくくくく」

「ミオねえ?」

「ごめんごめん。こんな偶然あるんだなって」

「そうですね。同じタイミングでグルメチョコを取るなんてはじめての経験ですよ」


澪が1人アウェイの立場ながら、楽しんでいるように見えた。

おー、怖い。

おー、怖い。

退散、退散。


買い物リストにあった焼き肉のタレを探している時だった。

スマホのバイブがラインの受信を告げた。

開くと『桃田澪』から短いメッセージが送られてきて、躊躇いながら開く。






『剛で草』





たった3文字のメッセージである。

やはり気付いていたようだ。

流石、幼馴染だ。

薄情な舌打ちクイーンや妹と違い、俺の正体を見破ったのであった。

やっぱり俺、平山剛って気付くよね?

『正解』を意味するスタンプを送りながら、スマホをポケットに仕舞う。

澪の奴、心の底で大爆笑しているんだろうなぁ……。


俺とコウの姿はわかる人はすぐにわかる。

そんな教訓を得たのであった。


そう考えると、澪と同じく幼馴染なのに俺の素顔に驚いた親友君もだいぶ失礼な気がしてきた。

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