14、コウは買い物を頼まれる

「おにいは相変わらず湿気た面してんね」

「いきなり当たりが強いな妹よ……」

「だって本当のことだもん。黒い服を黒い服って指摘するくらい当然なこと」


学校から帰ると玄関で妹と鉢合わせする。

その際にいつものごとく軽口を叩かれる。

『おにい』と『妹』と呼び合う兄弟も中々いないのではないだろうか。

彼女曰く、『お兄ちゃんとか認めたくないし、略しておにい』というのが由来である。

妹は普通に妹だからそう呼んでいるに過ぎない。

これを聞いた初見時の親友君も澪も大爆笑という状況になり、恥ずかしかった記憶があるなぁ……。


「私、これからミオねえと遊び行くから」

「行ってこーい」

「プププププ。おにいと1番仲良しな女子のミオねえ取っちゃってごめんねぇ。ただでさえ、女の影ないのにさぁ」

「いちいちマウント取らないと生活できないのかお前は……」

「おにいをからかうと生きてるって気がするの」

「病気じゃないの?」


その突っ込みを無視するかのように「じゃあ行ってきまーす」と声を上げて玄関から消えていった。

いつも自由な妹だ。

澪にあの女を預かってもらうのが1番楽である。


「お帰りなさい剛」

「うん。ただいま」


母さんに声をかけると、素直な返事を向けられる。

そのまま部屋へと行こうとした時に、母親に呼び止められた。


「あ、そういえばちょうど良いわね!」

「ん?」

「お買い物に行ってきてくれないかしら?とりあえず買ってきてほしいものはラインするから」

「えー?」

「お買い物行かないと夕御飯なにもないの……」

「冷蔵庫にすこたまベーコンとか入っているじゃないか……」


そんな反論も母親にゆるりとかわされてしまい、買い物に行く羽目になった。

妹の野郎……、買い物が嫌で澪と遊ぶ約束をしたに違いないと恨みながら自室で制服を脱いで、私服に着替えていた。


「…………」


ついでにコウの姿に変身しようと思い、メガネを取って1日使い捨て用コンタクトレンズを目に付けることにした。

学校で前髪を下ろしたまま長時間使用をしていると、目に髪が入ってうざいので付けないことにしている。

もっぱら髪を上げた時用でコンタクトレンズを嵌めている状態である。

髪も上げて、剛からコウに早変わりである。

親友君特性変身術はわずか5分足らずでお手軽だ。

あとは私服チョイスも親友君に合わせる。

完璧である。


「お?ラインきた」


準備完了すると、母さんから『豆腐、卵1パック(安いやつ)、こんにゃく、ネギ、わさび、(以下略)』と多めな注文がズラリと並んでいた。

だりぃ……と思いながらも、仕方ないから荷物運ぶ用のマイバックと財布を持ちながら家から出ていくのであった。


「はー……、相変わらず視界がスッキリしてるねぇ」


メガネの重みも、邪魔な前髪もないので普通の人になった気分で道を歩く。

15分も歩くと、近所で安くて凄いと評判のスーパーが見えてくる。

本当はその手前にもスーパーはあるのだが、ここに比べると割高なので寄ることはあまりない。

家族の決まりで、デフォルトで安いスーパーを使おうとなっているのだ。


「まずは卵から行くか」


卵の売り切れの目に何回か遭ったことがあるので、最初に卵から確保する。

確保を終えると、母さんのメモを照らし合わせながら食料品をカゴに次々と放り込んでいく。

半分くらい積め終わった頃だろうか。

お菓子コーナーに来ていた。


「グルメチョコ……ってこれ妹のやつだろ!?」


妹がよく食べているチョコまでリストに入っていた。

あえて見逃しちゃった!という嫌がらせが出来るわけである。

どうしようかな?

取るか、取らないか?

グルメチョコを前にして葛藤が起きていた。

……嫌がらせしてもなぁ。

どうせ負けるしな……。

買うだけ買うか。

そう結論し、心を鬼にしてグルメチョコに手を伸ばした時だ。


「あ」

「あ」


俺と同じタイミングで伸びた手があり、おもいっきり引っ込めた。


「ご、ごめんなさい」

「こ、こちらこそ申し訳ありません。あなたから取ってくださいませ」

「ありがとうございま…………す?」


グルメチョコを取ろうとしていた手の主を見てビックリ仰天。

めちゃくちゃ知り合いの顔であった。


「あわ!あわわわわ!」

「あ、どうも……」


妹が俺の顔を見て、エサやりをしている時の金魚のように口をパクパクしていた。

その隣に澪が控えている。

嫌な組み合わせコンビと遭遇してしまった……。


「……………………」


妹と澪もこのスーパーで買い物をしていたらしい。

嫌な偶然と思うと同時に、妹から逃げるようにグルメチョコを1つ取って買い物に戻ろうとする。


「あ、あの!」

「ん?」


俺が背を向けようとした時に上ずった声で呼び止める妹に振り返る。

また嫌みかなんかが飛んでくるのかと、変な汗をかいていた。


「……………………」


澪は黙って成り行きを見守っている。

お前はどういう心境なんだ?

俺の前髪を上げた顔を知ってドン引きしているのだろうか……?

嫌だなぁ……、コウになると知り合いのエンカウント率が高まるのはなんでなんだろう……。


「家ってこの辺ですか?」

「は?」


あなたと同じ家ですよ……?

何を言っているのだろうか……?

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