13、水瀬愛は教えて欲しい
「おはよう水瀬さん」
「ちっ……。おは」
相変わらず舌打ちからはじまる朝。
大体いつも水瀬さんは俺が教室に入る前から机で着席していることが多い。
嫌でも挨拶をしないと気まずいところである。
「……なぁ、メガネ」
「は、はい!なんですか水瀬さん!?」
うわっ、水瀬さんが舌打ちしなかった!?
舌打ち無しの呼び掛けに驚愕し、声が裏返りながらも返事をすると数秒間、金髪に染めた前髪をいじっていた。
こないだのプライベートみたいに髪を上げたデコ出しスタイルではなく、いつものギャルなクラスメートスタイルである。
こないだのデコ出し愛さんも美しかったし、俺の髪型の真似というのもいじらしいところであった。
また見てみたいものである。
「ちっ……。あんたって学校が休みの間は何してるの?」
「お、俺?普通にマンガ読んだりとか、ゲームしたりとか、アニメ観たりとか……」
「ちっ……。本当に普通だな」
でも、俺は知っている。
水瀬さんが異世界転生系マンガが好きなことを。
キラッとメガネを光らせる。
それはもう彼女の弱点を見付けたとばかりに前髪の内側でコウの表情で笑っている。
これでオタク弄りをするようなら、『でもそれってあなたもですよね?』と突き付けてやるのだ。
カウンターをお見舞いしてやる。
ふっふっふ……。
さぁ、来い水瀬!
いやさ、愛!
俺をオタク弄りしてみろやぁ!
と、口に出せないぶん脳内で煽り散らした。
「ウチさぁ、最近『異世界転生』みたいなやつにはまってるんよねー」
「…………ん?」
「ちっ……。聞き返してんじゃねぇよ。話聞いてるのか?だから、『異世界転生』するマンガとかに夢中になってんの」
「そ、そうですか……」
『ちっ……。オタクキモッ!』
『でも水瀬さんも『異世界転生』とか読んでますよね』
『……え?』
『実は俺の正体はコウでしたぁ!お前の本性まるわかりなんだよぉっ!』
『ぎゃああああああ!夢を壊さないでぇぇぇぇ!』
『プゲラwwwざまぁwww』
こんな煽りする気満々だったので、水瀬さんからいきなり切り込んできた時の対応を考えていなかった……。
くっ……、ここでコウの正体をバラして絶望させたかった……。
いや、親友君に止められていたんだったと自制した。
「んでさ、なんか教えてよ」
「え?教える?」
「ちっ……。だからぁ、なんか作品教えてっての」
「あ、あぁ!そういうことですね。ラノベはいける?」
「一応聞いとく。でもラノベだったらコミカライズ読むかも」
「そっか。なら、ベタなところだけど……こんな作品とかはいける?」
「あー!なんか知ってるかも!でも、みたいなことことない」
マンガとラノベのタイトルを4つくらい挙げると、「それ知ってる」とか「えー?どんなやつ?」とそこそこ話が広がっていく。
「あとは、バトルロワイアル的な要素もあるんだけど……。そういうのいける?」
「そういうのめっちゃ好き!えー?なんてやつ?」
「う、うん。『明日なんか殺し愛』っていう作品なんだけど……」
今日はやたらと食い付きの良い水瀬さんにちょっと心が落ち着かない。
今の自分は前髪とメガネの奥でどんな表情をしているだろうか。
最近の水瀬さんはちょっとだけ俺を受け入れてくれてるのかな?と自惚れてしまう。
ちょっとだけ自分がわかる内容の話ができることに楽しさを覚えていた時であった。
「あっれー、水瀬?なに?冴えない童貞ボーイな前髪メガネ君にめっちゃ優しいじゃん」
「…………っ!?」
クラスの男子から、俺を見下すような目を向けられる。
親友君みたいにチャラチャラしているけど、なぜか親友君より不快にさせる。
彼は俺によりキツイことを言ってくるがそんなに不快感はない。
ただ、無性にイラついて水瀬さんみたいに舌打ちをしたくなる。
この男のかわれるように接してくる態度から俺を下に見ている傾向がある。
俺を嫌っている舌打ちクイーンの前だったとしても、女子の前で弄ってくるのは嫌だなと思い、グッと拳に力を込めた。
「は?確かにこいつは冴えない童貞ボーイだが、あんたよりは冴えてるっての」
「え?ええ?ち、ちょっと水瀬……」
「えぇぇぇ!?みなっ、水瀬さん!?何言ってるんですかぁ!?」
「ちっ……。なんでメガネが1番驚いているのよ」
後ろ髪をかきながら、面倒そうな態度を隠しもしないまま、彼の方へ眉を尖らせたキッとする視線を送る。
「あんた、普通に邪魔。ナンパするならせめて1人の前の時にしてくんない?あんたの目にわたしがメガネに優しくしていると見えるならなにも間違ってないから」
「は、はい……」
「ちっ……」
「ひっ!?」
彼は渾身の水瀬さんの舌打ちに恐怖して逃げていってしまった。
舌打ち耐性がないのに、なぜ水瀬さんに絡んでしまったのか。
合掌……。
「み、水瀬さん……?」
「気にせんとって。あいつ、ことあるごとにわたしに格好良い姿見せようとしてくるだっせぇ奴だから」
「は、はぁ……」
「格好良い姿じゃなくて、無自覚な優しさの方がわたしは好きだなぁ」
「そ、そうなんだ」
隣の席の水瀬さんが慈愛に満ちたような柔らかい表情でこちらに微笑んだ。
彼女の顔でドクンと鼓動が鳴った。
いやいやいや、水瀬さんの顔でドキドキするのはあり得ないって……。
恥ずかしくなり、目を閉じ、視線を黒板のある前に向けた。
「あ、なに?わたしがメガネに優しくしてるって聞いて照れた?」
「う、うるさいなぁ……」
「あいつよりもちょびーーーっとよ、ちょびっと。1ミリ程度はあんたのが優しくしてるってわけ」
「わ、わかってるよ!」
それでもただ、俺に優しくしてるって嘘でも庇ってもらえたことが嬉しかっただけである。
苦手だ、本当に水瀬愛さんは苦手だと再認識したのであった。
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