10、平山奏

「じゃあ、母さんは今から家事をしているから仲良くしてるのよ!」


俺と妹の口喧嘩を見届けた母さんは居間から出ていき、台所への方に歩いて行ってしまった。

「ふーっ」と息を吐きながらくつろいでいる妹が視界に映る。

なにかいちゃもんだったり、本屋での偶然の遭遇を指摘される前にいち早く居間から出ようとさりげなく立ち上がろうとした時だった。


「待って、おにい」

「ひぃぃぃぃぃ!?な、な、な、なんですか妹!?」

「なにをビビっているのですか???こんなに可愛い妹から呼ばれたのに……?変な兄ですね」


自分で自分を可愛いと自称する子ほど『性格が終わってる』という持論がある俺は、ただただ面倒という感情しか沸かない。

説教を聞かなきゃいけない流れになりつつあるのかと警戒する。

場合によっちゃ全力ダッシュをすることになるかもしれない。


「とりあえず部屋に向かいながら話聞くよ。よーい、スタート」

「露骨に私を嫌がり過ぎ。とりあえず立ち上がらないでそこで聞いて。勝手にスタート禁止令」

「…………え?」

「なんでこの世の終わりみたいな表情なんですか。大人しく私の話に耳を傾けてくださいね」

「はい……」


言葉が結構キツイ妹の言葉に弱々しく頷きながら、叱られる覚悟を決めて力いっぱいに目を閉じた。

さぁ、早く好きにして!──、そんな風に妹へ観念した時であった。









「お、男の人ってナンパとかされるの嬉しかったりするのかな…………?」

「……………………は?」

「……うっさい!質問に答えて!ちゃちゃっと答えて!今すぐに答えて!」

「なにその3連続催促は……?」


かあああっと赤い顔になると、恥ずかしそうに俺に当たりが強くなる。

いつも傍若無人で女王様な妹な面しか知らなかったので、はじめて面だけは男に人気がありそうと認めたくなった。

それ以前に、なんでそんな質問をしてきたのがわからないが……。


「つまり……」

「つまり……?」

「逆ナンパを仕掛けたいと?」

「は?死ね」

「なんで!?普通の暴言で叩き込まないで!?『死ね』が1番傷付くんだから!」

「ごめんごめん……。あまりにもドストレートに聞くから反射神経で……」

「もはや妹の意思すら籠ってないと……」


兄への扱いが酷すぎるな……。

その変の近所の人の方が優しいまである。


「んん!と、とにかくどうかしたのか妹?珍しいじゃないか、プライベートな話題を振ってくるなんて」

「両親たちには恥ずかしくて言えないんだけど、おにいに対しては羞恥心ないから教えるけど」

「その入り、複雑……」

「きょ、今日ね……。ほ、ほ、ほ、本屋に行ったんよ!」

「うん。本屋に行ったんだ」


俺も知ってるよ。

バッタリ妹と鉢合わせして、恥もプライドもなく水瀬さんの前で逃げたからね。


「そこで私、──運命の人に出会ったの」

「ほう、運命の人」

「初対面なのに、ビビーン!という衝撃が走ったの!『あ、好き!』みたいな。謂わば一目惚れしたっていうのかな!はじめてすぎて胸のドキドキが止まらないの……」

「そ、そんな一目惚れすりイケメンに本屋で出会ったのか……」

「クソダサおにいの100倍イケメンなの」


うっとりとした顔でモジモジしている。

先ほど妹が母さんと俺の前で発言した『残念ながらモテモテです』が事実であれば、モテモテではあっても自分から好意を持ったのははじめてに近い経験なのかもしれない。

俺の100倍イケメンな男が近所の本屋で会ったというのがずいぶんと庶民的である。


「とりあえず最初の質問の答えは、逆ナンパでもうれしいよ。男は跳び跳ねて食い付くだろうね」

「そうなんだ。なら次会えたらナンパありね。本屋付近張ってれば……」

「ただしだ」

「ただし?」

「美人か可愛い子に限る」

「うわっ、最低」

「よく言うよ。女がナンパされた時だってイケメンならほいほいついていく癖に」

「当然ね。兄にナンパされたら爆笑するっての」

「ないから安心しろ」


よしよし。

もしかしたらそのイケメン野郎と出会ったことにより、俺と本屋で会ったことを忘れているのかもしれない。

よっぽどイケメン野郎に惚れまくって周囲が見えていなかったとなるとイケメン野郎には感謝しかない。


「とりあえず、その妹を一目惚れさせたのはどんなイケメン野郎?」

「おにいくらいの身長だったかな?ちょっと私が失礼して驚かせてしまって謝ったのに、そのお兄さんからも謝ってくるくらいに謙虚で優しそうな人だったなー」

「そ、そっか。そんな乙女な妹、見たくねーわ」

「でもさ、近くに彼女っぽいギャルがいてさぁ……。あー、付き合ってんのかなぁあの人……。次会ったら絶対声かけてやるのにっ!」

「まぁ、がんばれや。基本、イケメンには彼女いるんだよ」

「彼女いないおにいの説得力がヤバイね」

「本当に可愛くないなお前」


妹である平山奏ひらやまかなではずっと悔しそうにして、後悔に悩まされていた。

あの男にうるさい妹を唸らせるイケメン野郎とか、そりゃあリア充でしょう。

顔だけで好感度上がるイケメン野郎なんか俺にとっちゃ天敵である。

親友君しか許せない所存である、

妹にがんばるようにだけ言って、部屋に戻っていくのであった。

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