9、犬猿の仲
水瀬さんと別れて、家に帰りたくなくて億劫になっていた。
妹にどんな説教をされるのかと思うと、家までの歩みが1歩進むごとに重くなっていく。
少しでも本屋で会った時よりも姿を変えようという判断から前髪を下ろした形に髪型をチェンジした。
いつもの癖でメガネを掛けようとしたが、よくよく思い返すと今はコンタクトレンズを装着していたのであった。
「メガネ要らないじゃん……」と呟きながら、メガネケースをカバンにしまった。
「あぁ……、家に着いてしまった……」
授業参観後の帰宅と同等レベルに気が重い。
もうすでに目の前に家を開けるための扉があって、意を決してノブを捻った。
「ただいまー」
「おかえりー」
母親の声が聞こえた。
警戒しながら靴を見渡すがどうやら妹のものはない。
「ふー……」と安堵の息を吐きながら靴を脱いで家の廊下を歩く。
部屋に戻りアウターを脱いでいると、『つよしーっ!』と呼ぶ母親の声がした。
俺を呼んでいるのを察して、居間の方へと向かった。
「なんか用?」
「せっかくコンタクトレンズにしたんだからどんな姿なのか家族にも見せなさいよ」
「こんな感じ」
「あはははは!前髪メガネ男が前髪男になっただけ!」
「なにが面白いんだよ……」
髪から目を守ってくるガード役であるメガネがないとやはり目に前髪が入って鬱陶しいな。
「あんたの顔、そこそこ良いんだから前髪上げちゃえば良いのに」
「まぁ、前髪メガネよりは良いかもだけど……」
「別に私は強制しないよ。好きにしな」
母親は俺の素顔がわかっているようである。
素顔について親友君はべた褒めしていたが、母親は『そこそこ良い』 レベルとしか発言していないので、顔面偏差値は前髪メガネよりはマシ程度なのだろう。
親子の会話が終わると、暇な空白時間を埋めるためにスマホでポチポチとサイトの巡回をはじめる。
それから5分程度居間で寛いでいた時であった。
『ただいまー』
「あら、お帰りなさい」
「…………」
居間でテレビを観ていた母親が帰宅した少女へ声をかける。
その少女の声にハッとした。
本屋で出会ってしまったことに。
うわっ、やべぇよ……。
愚痴愚痴と叱られちまうと心で汗をだくだくかいていた。
「ふーっ。今日は暑かったなー」
「あら、そうだったんだ」
「うん。自販機でウーロン茶買ってきちゃった」
母親がニコニコと妹と接している。
因みにこの2人は血は繋がっていない。
現在の父親の連れ子が妹であり、母親も俺を連れ子としたちょっと複雑な家庭環境である。
そんなわけでずっと1人っ子として甘やかされて育てられた妹は、俺という存在が目障りなので嫌われまくっているのだ。
「あ。おにいいたんだ」
「いたよ。ずっと」
「ふーん」
俺の実の母さんとは仲良く馴染んだものだが、俺にはひどく高い壁があるのだ。
そして、本当に生意気なのだ。
真っ黒な髪に長いツインテールを揺らしては、お高く止まりウーロン茶を飲んでいる。
釣り目なこともあり、ウチの妹は俺への当たりが酷いのだ。
「見て見て、奏ちゃん。剛がコンタクトレンズにイメチェンしたのよ。似合ってるでしょ」
「コンタクト……?前髪メガネが前髪になっただけなんだけど……。よくその程度の変化でイメチェンだなんて言えるわねあんた……。履いてるパンツが新品だからイメチェンしたとか言われたみたいで反応に困るんだけど」
「うるせぇな、わかってるよ」
あと、イメチェンって単語を使ったのは母さんであり、俺ではない。
やはり本屋でばったり出くわしたのが気にくわないようだ。
「はぁぁ……。なんでウチの兄はこんなにだっさいのかね……」
「はぁぁ……。なんでウチの妹はこんなにうっざいのかね……」
「剛も奏ちゃんも仲良くしてね?家族なんだから」
「お母さんはすんなり受け入れられたんですけど、これを兄として認めたくないんです。このマリモみたいな前髪が受け付けないんです!」
「マリモバカにすんじゃねぇよ。一時期、マリモのアレがモッコリしてるキャラクターが大人気やったんやぞ!」
「マリモはバカにしてない。あんたをバカにしたの」
「…………」
「あらあら、また剛が負けちゃったわ……。喧嘩するほど仲が良いのよね。うふふふふ」
「仲良し要素あった?」
呑気な母さんはほっこりしている。
どっかズレているんだろうな……。
「俺だってお前を妹って認めてねーよ。うざくて可愛くねーし、モテねーだろお前」
「残念ながらモテモテです」
「なっ……!?男って趣味悪っ!こんなクソガキどこがいいんだよ!?」
「でも、それってあなたの感想ですよね?」
「…………」
「はい、剛2連敗」
ど正論が続き、何も言い返せない。
まだ会うたびに舌打ちされる舌打ちクイーンの方が可愛げがあるよ。
水瀬愛と妹を比べながら、水瀬さんに軍配が上がる。
それくらい犬猿な仲であった。
それでも五十歩百歩である。
俺のまわりにはそんな癖のある奴しかいないようだ。
親友君が女の子だったら、1日1告白するくらい好きになっていた可能性がある。
「産みの母として、実の息子が口喧嘩に負ける光景を目撃する度悲しくなっちゃう」
「そんなに若いのにお母さんを悲しくさせるな!本当に最低のおにいね」
「悲しくさせてる元凶はお前だから」
「だって、私が負けてもお母さんを悲しませちゃうから」
「奏ちゃんが負けても悲しくなっちゃう」
「コウモリ母さんだなー……」
結局、何やっても勝てないようであり、諦めたとばかりに「はぁ……」と息を吐く。
「ドンマイ」と、母さんが優しく肩を叩いて慰めてくれたのであった。
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