8、水瀬愛はショックを受ける
「じゃあ、愛さんはどんな本が好き?」
「結構なんでも読むんだよね」
「へぇ、なんでも」
「ミステリーとかもドキドキして好き」
ミステリー小説コーナーにあった『そして誰もいなくなった気がした』の本へ視線を送る。
最近発売された古典ミステリーのオマージュ小説らしく、大人気らしい。
POPの字を読んだ情報でしかないが。
「こういうの読んでみたいけど活字中毒だから、読めないんだけどね。コミカライズ出たら読む」
「コミカライズ出るか、これ?というか、マンガ好きなんだね」
「マンガはめっちゃ読むよ」
「俺と同じだ」
「あははーっ。同じだねー」
たまにミステリー小説のコミカライズ始まったりするので可能性はゼロではないかもしれないが……。
『そして誰もいなくなった気がした』のコミカライズが始まらないか注意深く情報に目を光らせようと思う。
決まったら即紹介しよ……。
「わたしは異世界行って無双するみたいな最強主人公のマンガ好きなんだよね」
「OH……。沼に嵌まってる」
「ドボドボだね」
「そうなんだ」
お隣さんなのだけど、マンガの話題とかしてるの見たことないし、読むことなんかないと思ってた……。
「愛さんだとファッション雑誌とか仲間内で読んでるイメージあるなぁ」
「さっすが!よぉぉくわたしのことがわかっていらっしゃる!」
うんうんと首を縦に振りながら肯定してくれる。
というか休み時間とかに俺がラノベ読んでる時なんか、ギャルの仲間内で1冊のファッション雑誌を回し読みしたりしているからね。
まわりのギャルが結構下品に笑うけど、水瀬さんは上品に笑ってるなとはずっと思ってた。
「でも、あれはちょっと友達に合わせてるとこあるかな……。陽キャっぽい振りしてるけど、案外陰キャなんかな……?」
「ふーん」
俺をよく舌打ちしながら『陰キャメガネ』とかたまに発言してたけどね。
「いつからそんな無双系を読むようになったの?」
「1年くらい前までは全然無かったの!た、ただまぁ……。うん、クラスの奴が読んでて興味持ってさ」
「そうなんだ」
ギャル仲間にもそんなオタク趣味ある子いるのかな。
まぁ、クラスで休み時間を削ってまで黙々とラノベ読んだりしてるの俺しかいないしね。
水瀬さんとオタクギャル仲間と一緒に推しの作品評論回とかしてみたい。
因みに親友君は『最強になりたいなら鍛えれば良いじゃん。筋トレメニューとか考えてやるか?』とか教師まがいなことを真顔で言っちゃうタイプである。
「ねえねえ!じゃあ、マンガコーナー行こっ!マンガコーナー!」
「うん」
むしろ本屋なんて十中八九マンガ・ラノベコーナーにしか用事がない。
水瀬さんに手を引っ張られていき、開けたマンガの新刊コーナーが見えた時だった。
「す、ストップ!ストップ愛さん!?」
「え?」と言いながら、俺の慌てた声に反応して、足の動きを静止してくれた。
「どうかしたの?」と事情を聞かれて、新刊コーナーに目を向けると、やはり緊急事態が繰り広げられていた。
「妹がいる!妹!」
「こ、コウ君の妹!?」
「俺、妹にメチャクチャ嫌われてるからさ……。あんまり姿見せたくなくてさ……」
「い、イケメンお兄さんがいると、コウ君レベルでも目が肥えるなんて……」
「なんのショック?」
ガガーンという効果音が鳴りそうなくらいに水瀬さんが呆然となりながらショックを受けていた。
ピンクのスカートを履いた性格最悪妹を警戒態勢に入る。
妹に顔を合わせて『は?前髪上げてキモッ……。ただでさえキモいのに素顔晒して歩くとかご近所さんでも指刺されるからやめて』という被害妄想罵倒がハッキリと脳内再生される。
「あ、消えたようだ」
妹が新刊コーナーから消えたので、水瀬さんを連れて先ほどまで妹がいたコーナー前にやって来た。
「『異世界行って最強の炎使いになったので、貴族のストーブになりたいと思います』だって。はじめて見たぁ」
「1巻だって。俺もはじめて初見だ」
知らないラノベのコミカライズっぽいマンガの表紙に水瀬さんは釘付けなようだ。
俺はなにか気になる作品はないかなーと隅から表紙展覧会をしていた時だった。
──カツカツカツカツ。
人が通る音がして避けようとし、本棚に近付く。
しかし、その足音の主も俺の隣らへんに近付いてくる。
もしかしたら俺が近寄った辺りの本を取りたかったのかとテンパってしまい謝罪してしまう。
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ!こちらこそすいません」
「…………っ!?」
「あっ!?」
俺が顔を上げて謝った顔を見て、声にならない驚愕が起こる。
生意気妹じゃねぇか!と心でガクガク震えた。
うわぁ、これは気まずい……。
家族と家以外で偶然出会う気まずさは本当に苦手だ。
学校で偶然ばったり廊下で会ったりしても冷めた目をして無言で睨まれたりするような悪魔である。
真っ正面から妹を見ることが出来ず、前髪がないことによる落ち着きない感情が広がっていく。
「…………」
目を伏せ、隠れるように本屋の奥へ早歩きで向かっていく。
帰宅後、妹から説教されるかと思うと気が重い。
「おーい、大丈夫コウ君!?」
「あ、愛さん……。悪い……」
「全然大丈夫だよ!てか、額の汗すごいから拭いてあげる」
「あ、ありがとう……」
女の子らしい水色のフワフワなハンカチをカバンから取り出した水瀬さんは汗を拭ってくれた。
だいぶ妹の登場でテンパったようだ。
「さっき近くに来たのが妹さんなんだね」
「悪いね……。妹も不機嫌な顔してたでしょ……」
なんなら水瀬さん並みの「ちっ……」と舌打ちしていたかもしれない。
「え?不機嫌な顔してたかなぁ……。そんな印象ない可愛らしい子だったけどなぁ……」
「そ、そう?」
公共の場だから我慢しているのかも。
さすがに家族以外で醜態は晒さないか。
「なんならちょっと赤かったような……」
「っ!?」
やべぇよ……。
怒り心頭になって、顔を真っ赤にしてぶちキレたのか……。
チーンという、誰かが俺にお参りする鐘の音が鳴り響くのであった……。
それからもお互いにマンガの話で華を咲かせたが、帰ったらの妹のお仕置きのことを考えると、純粋には楽しめない心境になっていた。
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