7、コウのコンタクトデビュー

「コンタクトレンズって怖いイメージあったけど慣れるとメチャクチャ快適じゃん」


行きつけの眼科の帰り。

いつも診察を担当している院長先生に髪を上げていったらぎょっとされた出来事には焦った。

父親が扶養にしている俺の保険証を別人が使っているんじゃないかと疑われたが、前髪を垂らしメガネを付けて平山剛というを証明し、なんとか警察沙汰にならずに済んだ。

カバンにメガネケースごとメガネを仕舞い、素顔を晒したコンタクトデビューをしながら駅前を歩いていた。


「…………」


心なしか、いつもと視線が違う違和感があった。

普段なら化け物を見る目で見られているのだが、今日はなんとなく女の人からの視線が集まっている気がする。

勘違いなのかどうかはわからないが、いつもの『やべぇ奴歩いてる』みたいな小言が聞こえない。

脳内で親友君が『もういっそずっとコウにすれば良いじゃん』と囁いている気がするが、残念ながらその選択肢はない。

というかメガネの方が100倍楽だしね。


「ん……」


しかし、まだ不慣れなコンタクトレンズ。

ちょっと目がゴロッとして、長時間使用はまだしない方が良いと判断する。

でもメガネと前髪もない軽さは本当に新鮮で、視界もまたメガネをかけているみたいにクリアである。

あのメガネのない歪んだ世界は怖くてあまり出歩けないものである。

こないだファミレスで会った水瀬さんも、近くで顔見ないと判断出来ないレベルであった。


「…………水瀬さんと親友君以外の知人はどんな反応するかな?」


家族にコンタクトレンズを買ってみる旨を暴露したらかなり驚かれた。

特にクソ生意気な妹は『おにぃがコンタクトにしたところできっしょい男には変わらんから!プゲラwww』と大爆笑をされる始末である。

平山家の俺への扱いが本当に酷いのを痛感させられる。


「まぁなー……」


過去に色々あったからイマイチ自分の素顔に自信がない。

いつかこの平野コウとしての自分も好きになれる日が来るのだろうか。


「…………」


なんか単純に水瀬さんの男の趣味が悪いだけな気がしてきた。

話しかける度に舌打ちされたり、素顔見て拒否られたりと様々な経験をしてきたからな……。

今さら髪型変えて、メガネを取っただけでなにが変わるのだろうか?

そもそも成立しない二重生活を送ろうとしていたのではないか。

そんな風に頭を悩ませながら近所の本屋を発見した。

なんかマンガを立ち読みしたり、新刊コーナー巡ってふらっと帰ろうと決めて本屋の自動ドア目掛けて歩いていた時だった。


『あ!』

「……え?」


ぐいっと肩を掴まれて、足を止めさせられる。

ちょっと怖い思いをしながら振り返ると「にっししー」と笑うギャルが立っていた。


「みな……愛さん!?」

「やっぱり!コウ君だ!久しぶりだねー!」

「よ、よく1度しか会ったことない俺の後ろ姿でわかったね?」

「えへっ。初対面時に目に焼き付けたからねー」

「そうなんだ……」


目元にピースをしながら可愛らしい仕草と、ギャル特有の馴れ馴れしい喋り方が混ざり、女に耐性がない自分はドキドキしてしまう。

舌打ちクイーンがただのギャルだ!

このギャップが堪らない。

普段、ゴミを見る目で見てくる彼女とのギャップが凄いことになっている。


「もしかしてー、ブック見るんー?」

「う、うん。ブック見るん」

「なにそれ!?コウ君、ウケるー!」

「はははっ、ウケるね」


メチャクチャ馴れ馴れしい態度である。

いや、まぁ、確かに俺と出会って1年も経つし馴れ馴れしい態度もありかもしれない。

でも、パリピの距離の詰め方がえぐい。

ギャルは常に彼氏がいる偏見があったが、誰にでもこの態度取れるならすぐ彼氏出来るわ(偏見)。


「あれ?愛さん、髪型変えた?」

「やっぱりわかる?前髪上げてるコウ君とオソロで前髪上げてみましたー!ワイルドだろぉ?」

「っ……!?」

「にゅふふ。赤い、赤いよーコウ君」

「ご、ごめん。俺、本当に女の子との接し方わからなくて……」

「そんなにイケメンでウブとかかわいいー」


オソロの破壊力やばいって……。

ペアルックとか死ねとかバカップル見る度の心の暴言をここで謝りたい。

彼女出来たらペアルックしたくなるのわかるぅぅぅぅ!


「じゃあさ、一緒に本屋行こっ」

「う、うん。あと、なんで手繋いでるの?」

「迷子ならんよーにだし!」

「迷子ならないよ。俺何回も来てるし」

「わたしがこの店はじめて来たからだし。迷子ならない自信あるなら案内してもらおうかな」


愛さんが先導している時点でその言い訳は信憑性が薄い。

でも、まぁ、いっか……。

彼女の冷たい手に引かれながら本屋内を入り口付近から歩いて行く。

チロチロと1人で行動している男共の視線がチクチクと突き刺さる。

『死ねリア充』という怨念が何故か届く。

ただ、『この人は学校だと俺を舌打ちしてくる張本人なんです』と言っても信じてもらえない自信がある。


「な、何か欲しい本でもあるの?」

「そういうんじゃないけど。まぁ、なんか面白そうな本があったら買おうかなーってね。わたし、あんまり電子書籍好きじゃないんだよね」


右目の下辺りを右手の人指し指で軽くかく。

彼女の照れ隠しのようだ。


「俺も電子書籍はあんまり好きじゃないんだよね。紙の方がじっくり読めるよね」

「話がわかるねぇコウ君!ほら、見て見て!ユーチューバーの本ある!」

「俺、あんまりユーチューバー知らなくて……」

「めっちゃ意外だね」

「あはは……」


ブイチューバーとか、ゲーム実況とか、ゆっとり解説とかいかにもなオタクチャンネルしか見ない派である。

とか言ってしまうと幻滅されてしまうのだろうか。


「でも、わたしもあんまり知らーん。ウチらの友達はユーチューバーとかテックトックとかで盛り上がってるけどよく面白さわかんないんだよね」

「同じだね。もしかしたら趣味が合うかもね」

「ははは。そうかな?」


お互いくすくすと顔を合わせて笑いあった。

ギャル仲間に囲まれた教室の彼女と、素の彼女はちょっと違うのかな?と考えさせられる。

剛とコウに変身する俺みたいに、彼女もまたプライベートでは変身しているのかも。

そうやって照らし合わせてしまうと、似ているのかもしれないなぁ。

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