6、2人の想い人

──2日後。



彼はようやく教室に現れた。

クラスメートとはあまり馴染まず、1人でぼーっと本を読んだり、スマホを弄ったりする典型的な陰キャ行動が朝から視界に映った。


ちらっと見た横顔は目を隠すような前髪、その前髪から目を護るようにメガネをかけている。

なんとなく、自分の目を相手に晒したくないような意図でもあるかのような印象を抱かせる。

顔がコンプレックスなのかと察して、あまり考えないようにする。

とりあえず傘を返そう。


傘を握りしめて、席に座っている彼に近付いていく。


「な、なぁ。あんた……」

「え?お、俺ですか?」

「そう。あんた」


平山剛。

わたしの出席番号の3番前という絶妙に知らないラインであった。

こんな影が薄い気付くわけねーって。

今回の件がなければ、存在も認知しなかっただろう。

そんな相手と向き合った。


「その……傘……、サンキューな。まさかお前が変わりの傘なくて風邪引かせて悪かった……」

「う、うん……。どうも……。そういえば君だっけ……?」

「え?な、なにが?」


歯切れが悪く、彼が少し焦っているように見えた。


「傘貸したのは良いんだけど、誰に貸したのかよくわからなくて……。顔もよく見えてないからさ……」

「は?誰かもわからないで傘を渡したの?」

「う、うん……。な、名前聞いて良いかな?」

「…………水瀬愛」


わたしの顔、覚えてない?

あんなに恥ずかしい動作を見ておいて?

名前覚えてないのは許せる。

それはお互い様だ。


ただ、この男がいなかった2日間はずっと、ずっと、ずっとこっちはモヤモヤモヤモヤとヤキモキしていたのに……。

この男はわたしの顔もよく覚えてないだって……。

なんか無性にイライラしてきた。


「傘返してくれてありがとう水瀬さん」


こっちが感謝してるのに、なんでお前もお礼言ってるんだよ!

平山目線では、わたしにお礼をする義理なんか一切ないんだから。

あー……、なんかわかんないけどイライラする。


「ちっ……。おい、メガネ」

「え?めが、メガネ?」

「わたしの名前、声、顔。全部覚えておけ。絶対忘れたら許さないからな」

「は、はい……。忘れててすいません……。覚えました!覚えました!水瀬さんの顔もちゃんと脳にインプットさせましたから!」

「あっそ。じゃあ」


子犬みたいにシュンと小さくなって可愛い。

あぁ、ムカつくなぁこいつ。

なんでこんな顔も一切タイプじゃない前髪メガネなんかにわたしはドキドキしてんのか。

意味わかんねぇよ……。

とにかく、調子が乱されるからもうこいつとはしゃべらないようにしようと振り向いた時だった。


「みな、水瀬さんっ!」

「あ?なに?」

「水瀬さん、美人だね。俺みたいな陰キャに話しかけてありがとう」

「ちっ……」


俺みたいなとか言うな。

自分の価値を自分が下げるな。

自分だからとか自分を低い評価する奴なんか大嫌いだ。


「……口説き文句だとしてもありきたりだな」

「口説きっ!?ありきたりっ!?ち、違っ!?」

「ちっ……。あぁ!?なら社交辞令ってか?」

「違います!違います!美人なのは本当です!口説いているのが間違いです!」

「ちっ……」


口説けよバカ。

わたしは美人だって思われるなら、確かに思われたいよ。

女なら誰でもそうだ。

でも訂正して欲しかったのは美人部分であり、口説き文句の方ではない。


「最低な気分だ……」

「う……」

「じゃあな」


イライラしてくる。

こいつが傘なんか貸さなければ、こんなに心を乱されなかったのに。

色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合いながらも、確かに彼が気になる対象になったのは間違いなかった。






──それからしばらくして。


こっちは意識しているのに、まったく関わりがないまま進級。

2年になり、席替えでこいつと隣になった。

出席番号も、わたしの1個前が平山になった。


「あ、これからお隣さんとしてよろしくね水瀬さん」

「ちっ……。ちゃんと名前覚えてたかメガネ」

「水瀬さんから、……忘れるなって言われたから」

「ちっ……」


名前忘れたって言われたらむしろきっぱり諦められるのに。

本当にすることなすこと、すべてが怒りの琴線に触れる男である。


「ちっ……。せっかく隣同士になったんだから、気軽に話しかけてこいよメガネ」

「わ、わかったよ」


なんだかなー……。

なんでメガネに対してだけ、わたしは素直に慣れないのかねぇ。

筆記用具を準備しながら、始まる授業に臨んでいた時だ。


「あ、水瀬さん」

「ちっ……。なんだよ?」

「俺と同じシャーペン使ってるね。このデザイン素敵だよね。色も同じ青で趣味が合うね」

「ちっ……。メガネと趣味一緒かよ」


趣味合う男とか最高じゃん。

確かにこのシャーペンは好きで使っているし、青が1番カッコいい色している。


「俺たちの相性最高だね」

「ちっ……」


そういうのホイホイ言えるの本当にムカつく。

こいつの前髪メガネのビジュアルと気が弱い性格以外は本当にドストライクなんだけどな。

こんな見た目じゃなくて、堂々としている奴なら素直にアプローチ出来るのに……。

新しいお隣さん生活が始まった。


「水瀬さん、足が開いてるからブレザーのスカートから白いパンツ見えちゃうよ」

「ちっ……。死ね」


お前にしか見せねぇよ。

誘っているって気付かない鈍感さは素直に殺意が沸く。






─────






ファミレスで宿題中の放課後。

ドリンクバーで居座り、勉強をこなしていた。

家にはマニキュアとか雑誌とか誘惑が多すぎるので、こうしてわざわざ自室での宿題をなるべく避ける習慣がある。

黙々とあいつと趣味が合うシャーペンを使いながらテキストを進めていた時だった。


「やぁ、水瀬さん。こんにちは」

「あ、親友じゃーん」


ギャルグループ女子と仲良しな親友はわたしとも面識がある。

一応、平山とも仲良しみたいだ。

女に優しく、顔もイケメン、リア充、陽キャ、友達多いと非がない性格の男だ。

平山も親友くらいしっかりした人なら、堂々とアプローチ出来るのに。

それに、あいつが意識してないのにわたしから意識させるのもそれはそれで負けた気になる。

親友と雑談をしていると、彼と一緒に誰か付き添っている存在に気付いた時だった。


「実はさ、俺の連れが水瀬を気になったらしくてさ。ちょっと話してみない?コウってんだ」


親友の隣の彼が自己紹介をはじめた。

その彼の姿にドクンと心臓を捕まれた。







「……こ、こ、コウです。親友……の友達なんだ。よろしく」

「え!?え、え、え?みなっ、水瀬です!よろっ……、よろしくお願いいたします!」


メチャクチャタイプの男で、直視出来ない。

目はキリッとしていて、肌もキレイな人。

やや優男な感じの塩顔。

上げている髪がワイルドで素敵な男性だった。

甘い声で、彼がしゃべる度にキュンキュンする。





──一目惚れという感情があるのならば、まさしくこの時の表現はそれしか表せなかった。





コウ君が尊い……。

平山とは違うベクトルでドキドキする。

いや、ここで乗り換えるわけじゃないけど昂りを抑えられない。



わたしには……、2人の想い人が出来てしまったのであった。

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