5、水瀬愛の鼓動
【水瀬愛SIDE】
──1年前。
「うっわっ……。傘忘れたなぁ……」
天気予報で1日曇りという情報を信じて傘なしで通学してきたのだが、昼休み以降からはドンドン雲が厚くなっていった。
気付けば小雨が降ってきたが、『走れば良いか』とたかをくくっていた。
しかし、時間が進むほどに雨は強くなり、放課後には大雨になっていた。
無人の昇降口玄関で雨を眺めながら髪を弄り、1人で頭を抱えていた。
「化粧落ちるし最悪……」
傘の借りパクとか出来る度胸があれば気にしないのだが、わたしは流石にその思考はない。
借りパクという文字に騙されそうになるが、ただの窃盗である。
犯罪を犯すくらいなら、雨に濡れるのがマシか……。
通学カバンで頭をガードして、駅まで走ればワンチャン大丈夫か?
でもそんな姿を通行人に見られてしまうのは嫌過ぎる。
「仕方ない。雨に濡れるか……。よーいどんで行きますか……」
雨で濡れる覚悟をして、スタンディングスタートの構えをする。
3、2、1……。
心のカウントダウンが0になろうとして、走ろうとした瞬間だった。
「あ……、雨の中ずぶ濡れになりながら走るの?」
「ちっ……。なんだよ……」
謎の男の声がわたしを呼び、走る決意が緩いでしまう。
それとは別に走る構えが見られて恥ずかしさもあり、イラっとする。
「…………てか誰だよあんた?」
「ひらっ、……平山です……」
「誰……?」
「平山剛です」
「いや、だから誰……?」
「平山です」
「もういいよ」
前髪がぼさぼさだし、だせぇメガネしてるしで見ただけで陰キャだわ。
言葉の力強さも感じないし、弱っちそうな印象しかない。
喋り方もボソボソしてるし、話すペースも遅いしで友達にはいないタイプだ。
「それで、なんか用か?」
「か、か、傘!困ってるみたいなんで……、使ってください……」
「ちっ……、見てたのかよ……。てか、え?え?今、かなり雨強いぞ?わかってんのか?」
「傘、使ってください。その……、凄く雨に濡れるのが嫌なのが伝わってきてたので……。風邪とかひきたくないですもんね!」
「…………」
無人の昇降口玄関だと思い、色々な独り言や走ろうとしてたのを目撃してたんだろうな……。
話しかけられるまで全然気付かなかったし、存在感薄すぎでは……?
「で、でも平山?……は、どうすんだよ?あんたが傘貸しちゃったらあんたの傘無いじゃん」
「お、俺は折り畳み傘あるからノーダメだよ。だから良ければだけど……。困っているなら助けたいだけだからさ」
「わ、わりぃな……。サンキューな平山」
「うん。傘は明日にでも返してくれれば良いから」
前髪がメガネを隠し、必然的に目が見えない。
表情が読めない人間とこんな会話をしているのがはじめてだ。
「あ、ありがとうな平山……。お前、良い奴だな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「じゃあ、また明日な。傘、返すから」
「うん。さよなら」
藍色の傘であり、女のわたしでも使っていて違和感ないので彼の色のチョイスに感謝しながら雨の中を傘をさして駅に向かった。
平山剛か……。
変だけど、こんなお人好しいるんだな。
そんな印象である。
─────
次の日。
カラッと晴れた日であったが、約束通りに傘を持って通学した。
教室に入り、クラスメートから『今日は傘要らんでしょ』と弄られたりしたが、「そうなんだ?」と知らない振りをして押し通した。
そして、教科書の準備をしていた時、ハッとする。
平山がどこの誰なのか知らないじゃんってのに気付いたのは傘を変えそうとした直前だった。
あちゃぁ……。
先生にでも平山という生徒がなん組なのか聞かないといけないなと面倒ごとにうんざりすると、担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。
「今日は平山が欠席だ。昨日の雨で濡れて風邪を引いたらしいからみんなも気を付けろよー。んじゃあ、今日もいつも通り連絡なし!以上!」
「っ!?」
担任の言葉に目を丸くした。
平山って……、あいつじゃん……。
同じクラスかよ、あいつ……。
前髪もっさりメガネという地味アンド地味なあいつは同じクラスにいたことすら知らなかった。
真面目に存在感ないなあいつ……。
『昨日の雨で濡れて風邪を引いたらしい』
担任の言葉が胸に刺さる。
あいつ……、わたしの変わりに風邪をひいたようなもんじゃねぇかよ……。
『風邪をひきたくないですもんね!』とか言っておいてお前が風邪をひくのは反則だっての。
「ちっ……、ムカつく……」
ボソッと誰にも聞こえないボリュームで呟く。
何が折り畳み傘あるからノーダメだよ……。
ダメージ受けすぎて風邪ひいてんじゃねぇかよ。
お人好しっぷりを発揮したって、お前みたいな地味男カッコ良くねぇんだよ……。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく……」
平山とかいうメガネの心配ばかりしている自分に腹が立った。
明日傘返せって言っておいて、お前休むとかふざけんなよ……。
「良い奴じゃねぇかよ……。性格さいっこうかよ……」
顔が不審者な癖に、なんかドキドキが止まらなかった。
考えれば考えるほど、鼓動は加速していった……。
なんでわたしみたいな性格悪いギャルにそんな優しさ発揮してんだよっ……。
わたしに優しくしたって、お前に得なんかないだろうによっ……。
クソッ……。
早く、わたしに顔見せやがれやメガネがっ!
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