3、水瀬愛

平野コウになって水瀬愛さんと知り合った翌日。


朝起きて妹から「相変わらず気持ち悪い前髪男だね、きっしょ」と罵られながらも学校に行く準備を進めた。

高校に通う電車の中では通勤ラッシュにも関わらず俺の周りだけ避けられているという、いつもの光景があった。

電車内でおしくらまんじゅうされるより遥かにマシだし、痴漢に間違われることもないという最高のシチュエーションなのに、何故こんなに悲しい気持ちが溢れるのか……。

二律背反な感情とリンクするように、電車が俺を揺らしながら学校まで運んで行くのであった。


「おはよー」

「おはよう!」

「…………」


校門周辺ではたくさんの挨拶が聞こえてくるが、残念ながら俺に向けられる挨拶は皆無だ。

親友君のように俺相手に普通に接してくれる親友は彼1人である。

そのまま校内に入り、のそのそと廊下を歩きながらざわざわと騒がしい教室に入る。

このクラスが同じ2年の中でおとなしいクラスだと思われているのが不思議なくらいに騒がしい。

自分の席に目を向けると、だるそうに1人スマホをポチポチしている水瀬さんの姿を発見する。

マニキュアの赤色を爪に塗ってネイルをしていて、相変わらずのギャルだなーと毎日と同じ感想が出る。

期待半分、恐怖半分といった気持ちのまま1歩を踏み出す。


「お、おはようございまーす……、水瀬さん」

「ちっ……。はよ」

「どもども……」


いつもは待っていない舌打ちであるが、今回はちょっと期待していた舌打ちである。

いつもの舌打ちクイーン水瀬さんで実家のような安心感がある。

昨日のハピハピしていたメスな水瀬さん……ではなく愛さんは本物だったのだろうか?という疑問が出てくる。

昨日のは水瀬さんの双子の妹だ。

そう言われた方が安心するが、彼女の本名も水瀬愛だった。

流石に双子に同じ名前は付けないかとその説を捨てる。


「ねぇ、水瀬さん。今日の1時間目って数学だっけ?」

「ちっ……。そうだよ。宿題あっからやっとかねぇとセンコーに目ぇ付けられるからやっとけよメガネ」

「ありがとう水瀬さん」

「ちっ……」


舌打ちはすれど会話はしてくれる水瀬さんである。

他のクラスメートは会話をしてくれないが、舌打ちはしない。

客観的に見ればどっちが優しいのか、ヤヒュー知恵袋で今度質問してみよーっと。

因みにメガネとはまんま彼女が俺を呼ぶアダナである。


「ちっ……、おいメガネ」

「どうしたの?」


俺も水瀬さんと同じく、暇潰しでスマホを取り出すと珍しく彼女から呼ばれた。

何故彼女から話しかけて舌打ちしてくるのかは、一切わからない。


「ちっ……。男ってさ……、わたしみたいな金髪ギャル無理?」

「は?」


ちょっと恥じらいながら、小さい声で質問をしてくる。

無理?とは、なんのこと?

主語が無さすぎて察するのも不可能である。


「ちっ……。なんでもねぇよ。魔が差しただけだ。こっち見んな」

「それは理不尽過ぎない!?」

「ちっ……」


しかし、彼女から会話してきたものの彼女から会話が打ち切られた。

席が隣になってからはじめてプライベートな内容だったトークは10秒持たずして終わりである。


「メガネはコウ君じゃないからわかるわけないか……。はぁ……、隣の席がメガネじゃなくてコウ君だと嬉しいのに……」

「…………?」


ぼそぼそっと小声で囁いたが、何を言ったのか聞き取れなかった。

どうせ、俺の悪口だろうからむしろ聞き取れない方が嬉しいまである。

自分でも鬱陶しい自覚ある前髪を弄りながら、指でくるくると巻き付けていた。

指が暇になるとついやってしまう癖である。

あとはホームルームで先生が来る前にスマホでニュースサイトを閲覧する。

今日の天気は曇りで快適な日だと確認する。

次は違うニュースを閲覧したくて、スマホの画面をスクロールしていた時だった。


「おっはよ、剛!」

「あ!親友君だ!おはよう!見て見て、今日の天気は曇りだよ!」

「相変わらず曇りが好きな男だなぁ」

「雨は嫌いだけどね」

「ちょっとわかんねーや……」


雨降ると寝癖が爆発するからね……。

単純に雨に濡れるのが嫌いなのも理由の1つだ。

親友君といつものように仲良く親友トークをしていた時だ。


「…………(じーーーーーっ!)」


隣に座る水瀬さんが親友君をガン見していた。

昨日は俺にあんなに見ていてくれたのに、今日は親友君しか見ていないようだ。


「な、なに?どうした水瀬?」


察しが良い彼だ。

彼女の熱い視線に気付かないはずがない。

ドキッとした表情で親友君が声をかけた。


「き、昨日……。連絡先くれなかった……」


相変わらず舌打ちなしで親友君と話すのはなんで?

というか、水瀬さんと親友君は連絡先を交換しているんじゃなかった?


「あぁ!わりぃ、わりぃ!まだ、コウの奴スマホの調子悪いらしくてさ!」

「……!?」


わざとらしく親友君がコウという名前を出した時に彼女の『連絡先くれなかった』発言が俺に対してなのを理解した。

まだラインの名前を『平山剛』のまんまであった……。


「1週間くらいかかるってさ」

「わかったー!てかさ、コウ君と親友ってどんな友人関係?」

「幼馴染ってやつ」

「類は友を呼ぶ的なやつね」


うんうんと水瀬さんがしみじみと頷いた。


「じゃあ俺と剛も『類は友を呼ぶ』的なやつだな」

「うわっ!?親友君!?」

「ふふふっ。親友がメガネの親友になってくれてやさしー。慈愛に溢れてるー」

「俺は誰にだって優しいぜ」

「イケメンだねー、親友!」


「きゃははー」と拍手をしながら水瀬さんが親友君に笑っていた。

親友君は誰相手でもみんな楽しそうにしているのが凄いのだ。


「お、俺も誰にだって優しくあろうとしてるよ」

「ちっ……。なにそれー、親友の真似?」

「いや……、別に……」


即論破されたので、すごすごと引っ込んだ。

親友君の発言はイケメンじゃないと許せないらしい。


「おいおい、あんまり剛を虐めてやるなよ。これでも男らしいところあるんだぜ」

「虐めてないよー。メガネは性格強くないから修行してるだけだってー」


え?

そうなの?

と、なるわけがない。


彼女なりの親友君からの心境を悪くしないように取り繕っているだけである。


「…………」


平山剛としての、俺に対しての当たりが強い舌打ちクイーンな面。

平野コウとしての、女の子な面。

2つを間近に見れてしまうのが面白い。

本当の彼女はどっちなのか?

俺はかなり水瀬愛という女性に惹かれていたのであった。

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