2、非モテとモテモテの二重生活
「へ、へぇ……。み、水瀬さんっていうのか……」
水瀬さんとは別人のような豹変っぷりに狼狽えながら上擦った声で彼女の名字を呼ぶ。
怖い、怖い、怖い、というのが本音である。
「うん。み、
「う、うん……」
水瀬愛さん。
彼女はとにかく見た目から派手なギャルである。
身長も高く、カッコいい美人といった印象である。
まつ毛も高くてモデル体型であり、オシャレである。
俺が勝手に舌打ちクイーンと呼んでいる通り、クラスの中のクイーンである。
左目の下にある泣き黒子が特徴的であり、クラスの女子の中心人物である。
ヒエラルキーも俺と比べると天と地の差があるのだ。
「コウ君の名字も聞いて良いかしら?」
「…………」
知らん。
自分の名字すら知らないという自体に陥る。
江戸川乱歩の本があったら江戸川と名乗るところだが、コウとしての名字をどうしようと親友君にアイコンタクトでヘルプを求める。
するとこくりと頷いて、水瀬さんに口を開く。
「こいつの名字は平野。
「へぇ、平野コウ君」
「へぇ、そうなんだ」
「って、なんでお前も驚いてんだよ」
「あはは!コウ君、面白いっ!」
ビシッと親友君に突っ込まれると「あはは……」と苦笑いする。
因みに俺の本名は
微妙に面影のある名字である。
それにしても、舌打ちされないで水瀬さんと会話出来てるだけで苦手意識は無くなってしまいそうである。
「親友とコウ君はどんな関係?」
「あぁ、友達よ友達」
「そ、そうなんだ」
「因みにわたしと親友は同じ学校の仲だよ」
「同じ学校か!良いねっ!」
水瀬さんと隣の席だから知ってるとは言えず、とりあえずごり押すことにする。
「ぐいぐい来るじゃん水瀬!」
「そ、そんなことなくない?ふつーだよね?」
「ふつー、なのかな……?」
「ほら、コウ君もふつーって言ってるー」
肯定したかな俺?
水瀬さんを否定して舌打ちされるくらいならば、誤解されているままにしておこう。
「と、ところでか、かっ、彼女とかいる?」
「ま、まさか!まさか!俺、マジでモテないからさ!クラスの女子から舌打ちされるくらい人気ないんだ……」
「うわっ、コウ君にそんな失礼を?許せないわね、その女」
「お、俺のために怒ってくれてありがとう」
『合格だ!』と言わんばかりに満足そうな親友君の顔が見えた。
果たしてこれは突っ込み待ちなのかとウズウズしてしまう。
「おっと、そろそろ帰る時間だコウ」
「そ、そうだな」
親友君の終わりの合図である。
段取り通りであるが、水瀬さんが「えーっ!?」と不満そうな声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!?コウ君!連絡先!連絡先だけでも交換しよっ!」
「わ、わりぃな水瀬。コウのスマホ、ちょっと今修理中なんだよ。だから連絡先交換は無理っぽいぞ」
「え?」
何その話?と疑問を口にする前に彼から、『余計なことはしゃべるな』という怒りの流し目で睨まれ、心で頷きまくった。
「だから直ったら俺からコウの連絡先を渡すよ」と遠回しに面倒なバトンをするらしいのを聞いていた。
「わかった……」と、ちょっとヤキモキしたようは声の水瀬さんだった。
「じゃ、じゃあまたね水瀬さん」
「愛」
「え?愛?」
「愛って呼んで……」
「またね、愛さん」
「っ!」
顔を赤くして口元を抑える水瀬さん。
その反応が可愛らしくて、普段とのギャップに俺の心も撃ち抜かれそうになった。
そんな感じで、俺の前髪とメガネを排除したデビューは終わったのであった。
ファミレスを出ると、親友君に「どうして連絡先を渡すのを回りくどいことにしたの?」と尋ねると、「お前のライン、名前が『平山剛』じゃん」と至極当然な指摘で彼の意図を汲み取った。
「まったく……。ラインの名前見た瞬間に隣の席のお前って気付くだろ」
「果たして、水瀬さんが俺の本名を知っているのか?という疑問はあるのだけれど……。あと、メガネ返して」
メガネを装着し、前髪を結ぶゴムを外して下ろした状態にする。
実に安心する姿である。
「まさかこんなに効果ありとは……。水瀬、剛にデレデレだったな」
「男を顔しか見てないんだって割りとショックなんだけど……」
「それはしゃーねぇよ」
ポンポンと優しく親友君が肩を叩いてくる。
ただ、俺は新たな扉を開いてしまったかのような発見をしたのだ。
「でも、楽しかったよ」
「お?」
「自分が別人になったみたいでさ」
「そりゃ良かった。ナンパを勧めた甲斐があったよ」
「それに……」
「それに?」
過去の出来事から、自分の顔にトラウマがあったんだけど、めちゃくちゃ楽しかった。
コスプレイヤーなんかが『違う自分になれるから楽しい!』というインタビューをテレビで見たことがある。
それとまったく一緒なのだ。
「それに……、普段から冷たくされている人から優しくされること。優しくされている人から普段は冷たくされることに対しての背徳感ヤバい……」
「……は?ん?ちょっと意味不明なこと言わなかったか?」
「普段から舌打ちされているほどに向こうが嫌っていて、俺も苦手な水瀬さんから好意を寄せられるドキドキ。明日、あんなにデレデレだった愛さんが俺に対して舌打ちをすると思うと込み上げる切ない感情……。癖になるんだ」
「んん?」
「俺、またコウになりたい」
「あ、やべっ……。剛の新たな扉を開いてしまった……」
水瀬さんが大嫌いなのに、それに矛盾するかのように彼女が大好きの感情。
この2つが両立している。
なんなのだろう、この気持ち……。
生まれてはじめての高揚感。
ヤバい……。
震えが止まらない……。
「なぁ、親友。手伝ってくれるよな?」
「つ、剛くぅーん?」
「非モテ日常とモテモテ日常を両立したい」
「く、狂ってしまった……」
「狂っちまったよ……。だが、俺はこの気持ちを通り越した先に何があるのか知りたいんだっ!」
「なんもねーよ……」
こうして、冴えない前髪もさ男の平山剛。
前髪を書き上げた素顔の平野コウ。
二重生活がはじまりを告げるのであった。
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