存在するだけで女子に舌打ちされる男が、前髪を上げたらモテモテになった件
桜祭
1、舌打ちクイーン
「なんで俺はモテないんだろうな……」
「じゃあ、モテる努力しろよ」
「そんなデブに痩せろみたいな残酷なこと言うのやめない?」
ファミレスのドリンクバーで注いだウーロン茶をストローをすすりながら、親友君から残酷な真実を告げられる。
オシャレな親友君は黒髪を茶髪に染めていて、いわゆるリア充と呼ばれる類いの人間である。
「お前のそのもっさい髪型がダメなんじゃね?」
「ひでぇ!もっさい奴にもっさいって突き付けるのは……」
「『デブにデブみたいな残酷なこと言うのやめない?』だろ」
「童貞に童貞みたいな残酷なこと言うのやめない?」
「変化球投げんなや」
俺は一方、前髪が目元を隠してしまうほどに伸びきっていた。
リア充な親友君の真逆である。
「いつの時代のギャルゲー主人公なんだよ。今時そんな前髪伸ばした男とか気持ち悪いだけなんだよ。しかも前髪伸びきっているのにプラスメガネとかあり得ねぇんだよ!」
「自分に自信ねーから前髪あると落ち着くんだよ。それに視力悪いし……」
「そういう発想やめろや。前髪伸ばしているから視力悪いんだろ!」
「うっ!?」
親友君が吐くあまりの正論に言葉が詰まる。
彼のアドバイスがボロクソなので、小さくしょんぼりしてウーロン茶をチビチビとストローで吸っていた時だった。
「てか俺、お前が前髪上げた素顔見たことねーわ」
「いや、俺なんか本当に気持ち悪い顔してるし……」
「ちょっと失礼」
「ちょっ!?親友君!?」
親友君がいたずらっ子のように無邪気に笑いながら前髪をずらしてメガネが露出する。
いつも視界に映る黒髪が消えたことで、風呂上がりの気分になる。
「…………」
ピキッ、とした効果音が鳴ったように親友君は俺と目が合い固まった。
よっぽど俺のブ男っぷりに言葉を失ったようだ。
「ご、ごめん……」と謝ると、無言でメガネをひったくられた。
「親友君、メガネ返して!?」
「なんだよお前!」
「え?」
「めちゃくちゃいけてる顔してんじゃねぇかよ!」
「…………はぇ?」
はじめて真面目に親友君の顔を見た。
テレビに映る芸能人なんかよりよっぽどのイケメンな彼が、何故か嬉しそうにしている。
「目はキリッとしてるしさ!歯並びもめっちゃ良いし、肌もキレイ!典型的な塩顔じゃん!なんてーの、地味なメガネ委員長の素顔は美人だったの男バージョンみたいな衝撃があるねぇ!いやぁ、イケテルって!」
「な、なんだよ親友君!?怖いくらいにベタ褒めじゃん!?さっきまで『もっさい』とかバカにしてたじゃん!?俺を口説きたいの!?」
「ちょっと前髪を後ろで束ねて、メガネ無いと…………男前じゃん!」
「そ、そうなの?」
俺の前髪とメガネというアイデンティティを失った今、果たして何が残っているのだろうか……?
「コンタクトにしろよ。そうすると輝くぞお前!」
「そ、そうかな……」
「誰か剛にナンパさせたいな」
「親友君!?」
彼の恐ろしい発言に血の気が失せる。
前髪を上げて、メガネを外した奴にナンパをさせるという発想があり得なくてゾッとした。
そのまま逃げ出そうとした時だった。
「あれ?あそこにいるの水瀬じゃね?」
「ひぃぃぃぃ!?水瀬さんだぁ!?」
「どんだけビビってんだよ」
「あの人、おっかないんだよ!?」
親友君が目ざとく発見したのは水瀬愛さん。
彼女は俺の天敵である。
席が隣ではあるんだけど、俺と顔を合わせると舌打ちから入るのだ。
例えば、こんな感じだ。
『お、おはよう水瀬さん』
『ちっ……。おは』
『消しゴム落ちたよ水瀬さん』
『ちっ……。あり』
『水瀬さん、足が開いてるからブレザーのスカートから白いパンツ見えちゃうよ』
『ちっ……。死ね』
「こんな感じで舌打ちから入るんだよ!?水瀬さん怖くない!?」
「最後のは剛が悪いよ」
「…………」
そんな……。
消しゴムは水瀬さんが悪いとして1対1ということにはならないだろうか……。
「てか、そんなに舌打ちされてるのに水瀬に話しかける度胸はどうなってんだよ」
「お隣さんとコミュニケーション取らないと英語の授業で『隣の人と英会話する』時、絶対気まずいじゃん……」
「お前、その授業中でも舌打ちされるだろ?」
「される」
「メンタルつえぇ!」
だからこそ前髪で視界を隠して水瀬さんを見ないようにすれば10ダメージを8ダメージくらいには抑えられるのである。
「とりあえず、いっちょナンパしてみようぜ。なーに、俺の付き添いって感じでいいからよ。お前は俺がリードしてやる」
こうして、冴えなくてもっさい男が前髪を上げて舌打ちクイーンであるクラスメートの水瀬愛さんにアタックすることになった。
─────
「やぁ、水瀬さん。こんにちは」
「あ、親友じゃーん」
うわっ、凄い。
親友君が水瀬さんに馴れ馴れしく話しかけたのに舌打ちがない!
これが勝ち組と負け組の差だと思うと、あまりに悔しい……。
親友君のことは好きだけど、嫌いになりそうである。
「今1人?」
「うん。ドリンクバーで勉強中」
「へぇ、そうなんだ。てか、水瀬が勉強ってガラかよ!」
「超失礼じゃん!」
そんな……。
俺が消しゴムを拾った時には舌打ちする水瀬さんが、本当に失礼な弄りをしている親友君には笑っている……。
なんなんだろうね……。
この切ない感じ……。
舌打ちをしない舌打ちクイーンに幻滅していると、親友君が動きだした。
「実はさ、俺の連れが水瀬を気になったらしくてさ。ちょっと話してみない?コウってんだ」
「……こ、こ、コウです。親友……の友達なんだ。よろしく」
俺の名前である
剛の漢字の違う呼び方は『ゴウ』であるが、ゴツいからと濁点を取られて無事『コウ』になった。
あとは、親友君を君付けをやめる指示である。
少し男らしい口調になると変わるというムチャ振りに答えたのだ。
どうせ水瀬さんの『ちっ……』という舌打ちが来るんだろうな……と身構えていた時であった。
「え!?え、え、え?みなっ、水瀬です!よろっ……、よろしくお願いいたします!」
「…………?」
水瀬さんが、めちゃくちゃ赤くなって慌てながら照れた表情を見せて頭を下げた。
あれ?
この人、水瀬さんの皮を被っているだけの別人ではないだろうか……?
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