第7話 美味しそうな35歳


「うろろろろろろ、オウエ……オエ! オエエエエエ!!」


キラキラを零す独身男性。



豪華な宴の広場が一気に静まり返る。



「はあ、はあ……も、無理……」



えづき続ける千海を見て、誰しもが固まっている。夜の貴族、血の貴種、強大な生物である吸血鬼たちの誰1人として、予想にもしていなかった反応。



「……………え?」



千海に手を差し伸べていた銀髪のボーイッシュな吸血鬼、強欲と呼ばれていた彼女に至っては牙が丸見えになるほど、口をぽかんと開けて。



「うええ……ああ、落ち着いてきた……。最悪だ、なんだ、これは。なんなんだ、一体、私が何をしたというのだ」



ヨロヨロとふらつきながらも毒づく千海。吐いてすこしスッキリしたので思考がまとまってきた。



「……おい、なんだ。なんで、君たちは私を見ている? よしてくれ、学生時代に教室に入ったら、うわ、なんできたの? みたいな目で見られたのを思い出す」



「……魅了に、かかってない?」



美しい女達、人間から血を奪う超常の存在の1人が声を漏らした。



「あら、ふふ、これはどういうことかしら?」



赤い長髪の、豊満な体を黒いローブに包んだ女がニコニコと微笑みながら千海を見つめる。



ひっ、と千海がその視線に悲鳴の先走りを漏らした。


「ーーな、なんなんだ、なんでこの私がこんな目に遭わなければならないんだ。35年間必死に生きてきて、これか? 通り魔に殺されたと思ったら次は人の血を吸う化け物どもの晩餐会に放り込まれる、だ! なんなんだ、これは!?」



「この人間、何か様子がおかしいわよ? 魅了、ほんとにかかってなくない?」



「たはー、めんどくさ! え、でもそれっておかしくない? 7つの貴血の貴族が5人揃って、魅了比べで同時に力を使ってるのに? 誰も魅了出来てないとか、ありえなくない? 人間だよ? 餌だよ?」




「な、なんだ、その敬意の欠片もないセリフは。いいのは見た目だけか? おい! アメフラシの子! 今度は助けてもらえないのか? ……そうか」



千海はもうパニック状態。さっき出会ったばかりのアメフラシと、アメフラシの体内から出てきた女の子に助けを呼ぶ始末で。



「アメフラシ……確かにトルテが連れてきた贄のようですが……」



銀髪の少女がすいっーと当たり前のように空を飛び、千海の近くに着地する。



千海を見つめて、首を傾げる。



「銀髪ボーイッシュ僕っ子敬語吸血鬼……? 性癖の悪魔に生み出されたのか? はは、はははは……ああ、もうクソッタレ……なんなんだ、これは」



「……なにやら不愉快な言葉を繰り返しますね。人間、あなたはーーう、ん?」



ぎょろり。



赤い瞳、ルビーのような目がじっと、千海を見つめて固まった。



「ひっ……その眼……おい、君。やめろよ、冗談はやめてくれ。その眼、さっきの品のない男連中と似ている……な。なんなんだ、本当に」




「ーーなん、て」




「なんて、美味しそうな、香り……」



「ああ、クソッタレ」



食欲を向けられるのは、本当に恐ろしい。

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