第3話 吸血鬼と35歳独身男性


「な、な、な、な」



 目の前で起きた理解不能な現象に、千海は口をパクパクと動かすことしかできない。



「いてー、いてー。おい、オッサン、やるなあオイ。油断してたとは言え、こんなにあっさり一回殺されたのは久しぶりだぜ」



「いやー、先輩。俺なんか真正面から首ちょんぱっすよ。先輩の首が飛んだの見てぼーっとしてたっすわ」



 ずる、ずる、ずる。


 首の断面から紫色の紐のようなものが生えていく、それはよく見ると血のような液体、だ。ヒモのように伸びてそれぞれの胴体と繋がっていく。



「ば、けもの」



「「ジャジャーン、ふっかーつ!」」



 ぎゃはははと、男たちが笑う。千海が斬り飛ばした首、それがあっという間に胴体に繋がってーー




「な、なんなんだ! お前たちは! ここは、どこだ!? お前たちはなんだ!? わ、私は、何に巻き込まれているんだ!?」



 千海に、限界が訪れる。


 もうだめだ。人を殺したストレスと、その殺したはずの人が蘇った衝撃。



 正気ではいられない。



「あーん? なんかやっぱこの美味そうな人間、なんかおかしいな。ハンターが"魅了"かけた時にイカレちまったのか?」



「うーん、それにしてはなんか反応がまともすぎないっすか? 魅了でおかしくなってんなら、もっと、こう、反応がデタラメな気が。なーんかあれっすね。普通に状況が分かってないだけの様な気もするっすけど」



コキコキと首を鳴らしながら、黒いコートの男たちがヘラヘラと笑い合う。



「まあ、どうでもいいか、さて、"再生"を使わされたんだ。血が足りなくていけねえよなあ」



「ッスね。まあ、これはしゃーないっす。あの方の餌といえども、まあ、ほかに腐るほどいる事だし」



 黒いコートの男たちが互いにえへへと笑い合い、それで――



「「お前、少し味見させろや」」



 ぎょろり、視線をこちらに向ける。


 2人の赤い目。4っつの赤い目。夜の中、輝く目。


 その目は人間のものではない。血の滴る肉を目の前にした餓えた獣の目。


 きっと比喩ではない。




「ッーーは、ハハハ、クハハハ!! クハハハハハハハハハ……ふざけるな、化け物ども」


 もう笑うしかない。


 それでも反射的に、千海は刀を構える。恐怖とパニックで膝を震わせながらも立ち上がり、目の前の脅威をにらみつけて。



「お、やっぱり逆らうか。オッサン、お前、カタギじゃあねえな?」



「んー? 裏社会の人殺しか、何かっすかね? 冒険者って感じでは無さそうっすけど」



「だ、黙れ! それ以上、私に近づくな! だ、誰が人殺しだ! 私は、お前たちの様な化け物とは違う! 真っ当な人間だ!」




「ギャハハ! 真っ当な人間は躊躇いなく他人の首チョンパ出来ねえだろ! おっさんよお、そこの鏡見てみろよ」




「はー? か、がみ? あーー」



 男の指差した方向、牢屋のすぐ外の壁には、大きな姿見が置いてある。



 そこには千海立人が映っていた。ヨレたスーツに痩せ気味のヒョロヒョロとした身体、痩け気味の頬に、隈の目立つ目元。




「ーーえ」



 ようやく気づく。


 千海立人は自分が今、どんな表情を浮かべているかに、ようやく。


 引きつり気味に見開いた目はギラギラと怪しい光を灯す。


 口元は緩み、ひくひくと痙攣している。



「私、……なんで、笑って」



 スマイル。スマイル。スマイル。


 千海は嗤っていた。


 刀を握ったよれたスーツの35歳独身男性が半笑いで鏡に映ってーー。




「そりゃてめえ、イカれてるからだろ?」



「はーー?」



「ブルーム」



千海の反応を待たずに、男がもう1人の男の名前を呼ぶ。



「ウイース! 先輩――血術スペル、”吸血鬼の手”」



 呼ばれます男の1人の目の光が強くなる、次の瞬間。



「がは……!?」



 衝撃、何かに押され、胸もとをつかまれ、千海は壁に叩きつけられた。



「ほい、確保っと! なーんかよー、その珍しい形の剣、嫌な感じがするぜー。だから、もう、お前には近づかない」



「なに、が、い、きが」


 見えない何かに押さえつけられている。刀を握った手も動かすことすら――。



「ブルーム、あんまやりすぎんなよ、殺すのはまずい。さて、男の血はあんま好きじゃねえが、てめえの血はやけに気になるなあ」



 にいっと嗤う男の口元、鋭く尖った犬歯が、松明の炎に照らされていた。



それは犬歯というより、もはや。



「き、牙? ……血とか、牙とか。お、いおいおいおいおい、まさか吸血鬼、とか言わないでくれよ?」



 息も絶え絶えに千海が笑う。もがいても、もがいてもその不可視の拘束から逃れそうにはなかった。





「なんだぁ? 今更。自分がこの城になんのために連れてこられたかも忘れたのか? 人間」



「な、何を言ってるんだ、さっきから! け、警察を! 誰か! 警察を呼んでくれ! 頭のおかしい男に殺される!」



「ギャハハハ、…いや、頭のおかしいのはてめえだろ。吸血鬼2人を相手にしてへらへら笑いながら首ちょんぱなんて普通の人間じゃねえよ」



「安心しろよー、おっさん、どこの誰かもわからねえけどあんたも十分こっち側、羊の群れになじめない狼っすよ。……あのお方たちの目につけば、吸い殺されずに自分たちと同じになれるかもなー」




「なにを、訳の分からないことを! き、吸血鬼なんてほんとにいてたまるか!」



「何言ってんだコイツ、常識だろうが」



「せんぱーい、もう無駄話もよくないっすか。血、吸うんならお先にどうぞ。血術で掴んどきますんで」



「お、わりーな。ブルーム。たしかにそうだ。じゃあ、ちょいと味見を」



 ゆらり。赤い目を輝かせながら男が近づいてくる。


 牙の覗く口からは、涎がーー。



「ひ、よ、寄せ! わ、私に何をするつもりだ! やめろ! やめてくれ! だ、誰か! 本当に誰もいないのか!? だっ――!?」



「はい、お口閉じてー」



「――――!?!?」



 また、見えないナニカに抑えられ、叫ぶことすら出来ない。



「いただきまーすっと」



「や、め、ろおおおおお……」



千海が、声を振り絞る。だが、男はその笑みを深めるだけで、やめてはくれない。






「キミ達、そこで何をしているんだ」



 牢屋の外から声が届いた。年若い少女の声、落ち着いた声。



「「――あ」」


「――!?」



 男。自らを吸血鬼と名乗るそいつらの動きが止まる。


 余裕そうな雰囲気は消え失せ、ただでさえ悪い顔色が一気に青ざめていき。




「だめじゃないか、そこの牢屋のヒトたちは今夜のお姉さまの晩餐会のごはんだろう?」



 千海も、固まる。



 牢屋の外にいた存在に、目を奪われてーーいや、あり得ない、なんだ、それ。



 少女の声、大人びた少女の声ーー。



 アメフラシだった。


牢屋の外から、こちらに話しかけているのは、あの海の生き物。


ぷよぷよ、ふわふわ、ねとねとしている。



「……は?



 巨大な少女の声を奏でるアメフラシが牢屋の外からコチラを眺めて首?を傾げていた。




「つまみ食いは、いけないんだぞ?」



 綺麗な、声だった。


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