N(past)
「おもしろかったね」
無邪気な少女の声に、大河は、そうだね、と同意を示した。
休日の昼間。見終えたばかりのアニメ映画の余韻も冷めやらぬまま、帰りの電車に乗るべく、駅まで歩いていた。
どことなくふらつき気味な雫の掌をがっちりと掴んだままでいる。中学生になった二人の背丈は同じくらいだったが、力強さは既に年下の大河が上回っていた。
時折感じる、大人の微笑ましそうな視線も、今ではさほど気にならない。
物心がついた頃から、家族ぐるみの付き合い。お互いの両親はどことなくよそよそしげではあったものの、子供である大河と雫は気にせず仲良くなった。そうして中学生の現在になるまでずっと似たような距離感の付き合いをしていたせいか、茶化されるのも笑われるのももはや慣れたものである。むしろ周囲に関していえば、茶化すがわも飽きはじめている節すらあった。
さほど、長くない駅までの道程を進んでいる間、先程見た映画について喋り続ける。普段から積極的に喋る側である大河はもちろん、どちらかといえばぼーっとしていることが多い雫の方も興奮を抑えきれずたくさん口にしようとしているらしかった。ストーリーの流れや、作中の二人を結びつけた人格の入れ替わりというSF要素などについて語る大河に対して、
「二人がまた会えて、すっごくよかったよぉ」
雫の感想はおもに、作中の主人公である少年少女のこれからのを示唆した、成長した男女の再会という結末部分に注がれた。大河自身としては、さほど趣味というわけではなかったものの、よくわからないうちに見ず知らずの相手を演じなくてはならない状況や、少しずつ近付いていく二人の心理的距離、終盤に訪れたヒロインの町におとずれた消滅の危機、といった作中の試練を思い起こし、年上の少女が指摘した再会に大きなカタルシスを感じないでもなかった。
男の子と女の子の恋愛? のところはよくわかんなかったけど、それはそれで面白かったな。視聴直後の興奮を加味した上での、大河の見たばかりの映画への素直な感想はざっとこんなところだった。その興奮もまた、隣の少女の情熱に押されるようにして徐々に冷めつつあったが。
「映画が終わったあと、二人はどうなったんだろ?」
最初、どういった疑問なのかが大河にはよくわからなかったが、
「やっぱり恋人になって、結婚したのかなぁ? だったら、すてきだよね」
程なくして素朴な感想で映画の続きがあったとしたらというもしもの話であると飲みこんだ。
「そこって、そんなに気になるところ?」
浮かびあがった疑問をそのまま口にしたところ、少女はガバッと振り向いたので、ぎょっとさせられる。
「気にならないの? だってあの後がどうなったかは映画で描かれてないんだよ! 気にならないわけないでしょ!」
「うん……そうかな? いや、そうかも……」
意気込む少女の覇気に押されるようにして、同意の言葉を口にしたものの、正直なところそこまでのものか? という気持ちだった。対して雫は、大河が同じ思いであると信じこんでいるらしく、そうでしょそうでしょ、と嬉しそうにしている。
「もしかしたら、またまた二人の仲をじゃますることが起こるかもしれない。そしたら、またはなればなれになっちゃうかも、って思うと、どきどきしてどきどきして」
頬を押さえて一人もだえる少女。
これでも、本当に年上なのだろうか? 今回を含め、十年近い付き合いにおいて、大河は雫に年上らしさを感じたことがあまりなかった。むしろ、感覚としては放っておけない妹分としてみている節すらあった。だからこそ、
「大丈夫なんじゃないか」
自らの鼻の頭を掻き、そんな台詞を口にした。
「どうしてそう思うの?」
ぴたっと落ち着いた雫は、淡々と、それでいてどこか縋るように尋ねてきた。しかしながら、大河もとりたてて根拠があるわけでもない。ただただこの場をおさめるためのものだったため、ああでもないこうでもないと思考を巡らせ、
「そうだった方が、気持ちいいだろ」
ちょうどいい理屈を思いつけず、個人的なお気持ちを発することと相成った。
雫はしばらくの間、目を瞬かせたあと、やがて、
「そっか……」
安堵したように微笑んでみせる。
「そうだよね。うんうん、その方が気持ちいいよね」
大河が言ったことを繰り返す雫。その様子を見て恥ずかしくなった大河は、目を逸らした。横っ面に温かな視線を感じつつも、真正面の人ごみの先にはいよいよ駅の影が見えてくる。こころなしか、握りこむ手の力が少しだけ強まった気がした。
「やっぱり、好きな人とは一緒に幸せになりたいよね」
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