M(past)

 春の朝。登校中。やや肌寒い空気に包まれた大河は、桜の木が植えられた坂を上りながら、捕まれた手の温かさにひたっていた。

「でねでね。昨日はアンナちゃんがねぇ」

 落ち着いた口ぶりでこちらを向き話す雫に、うんうんそれでしーねえちゃん、と先を促す。

「ウエナさん、前! 前見て!」

 注意の声とともに、雫が前につんのめる。当然、手を繋いでいる大河も引きずられていき、気が付けば低木に突っこんでいた。

「おおい。ウエナさぁん! シタヤくぅん! 大丈夫かぁ!」

 班長の最上級の近藤が走り寄ってくる。それに雫がいち早く、だいじょうぶぅ、とゆったりと答えて、起き上がった。

 大河もまた、ほぼ同時に立ち上がり、隣を見やれば、いてて、と頬を抑える年上の女の子の姿。よく見れば、頬から赤いものが垂れているらしかった。

「誰か、バンソーコー持ってないかぁ!  バンソーコー!」

 近藤が、他の集団登校をしている仲間たちに尋ねまわっている。その中で怪我を避けることができた大河は、掌に付着したかすかな血を見つめる雫の方をぼんやりと見ていた。少し間を置いて気が付いたらしい年上の女の子は、線上の傷が付いた頬をさらし、

「ごめんね、たーくん。しーはだいじょうぶだから」

 苦笑いを浮かべる。ちょっとしっぱいしちゃったね、と軽い口調とは対照的に、頬に引かれた一本線の傷は、大河の目にはやけに痛々しく映った。

 自然と涙がこぼれでる。理由はよくわからない。泣きながら、幼なじみの女の子の頬に、長めの絆創膏が張られるのを呆然と眺めていた。

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