第2話 異能

「着いたわよ」


 膤が俺の肩を揺すりながら起こしてくれた。目を閉じて考えている間に本当に眠ってしまったようだ。


「ありがとう。もう着いたのか。……ってまたここか」


 目を擦りながら言った。数時間前に望と一緒に来た寺の駐車場だった。車外に出ると息が白く、境内に着く頃には寒風で耳がじんじんと痛い。


「膤ちゃん、大丈夫? 寒くない?」


「防寒対策バッチリ」


 Vサインをしながらカイロを取り出し渡してきた。


「いや防寒具の催促してるわけじゃないよ?」


「備えあれば憂いなしだったかしら。備えておいたカイロあげる」


 備えあって嬉しいな。年長者っぽく配慮しようとしたつもりが配慮されてしまった。なんて出来た子なんでしょう。

 探り探りの緊張感の中で会話が続き、参拝の順番を待ちながら心理的な距離を縮めていく。しかしどうしたものか。いつまでも人物像もわからない漆輝のフリをしていけるのだろうか。

 雑談をしているうちに順番が回ってきて、賽銭箱へと進んだ。硬貨を投げ入れ手を合わせる。神の悪戯か仏の慈悲、はたまた天文学的確率の奇跡か分からないが、今俺がおそらく並行世界とはいえ過去にいる事実に一先ず感謝を捧げようではないか。

 


『殊勝な心掛けじゃないか』



 突然、どこからか声が響いた。

 刹那、周りを見渡すが一列後ろの参拝者は既に賽銭を投げ入れたのか目を閉じて拝んでいる。とてもじゃないが声をかけてくる様子に見えない。


「どうしたの?」


「いや、なんか変な声が聞こえた気がして……幻聴かな?」


「貴方、寝不足なのよ。車でも寝てたしね」


「そうだといいんだけど」


「祈願も終わったことだしおみくじ引いて帰りましょ」


 おみくじ売り場に向かい、くじを引くと吉がでた。


「うげー運勢のところ古文じゃん。なんだっけな、えーと。時が到り思うがまま。だけど、他人の意見も聞いて心正しく素直にしなければ家庭内でのトラブルが生じる。特に男女関係では用心しろって感じかな?」


「古文は私も覚えるの苦労したわ。国語でも大変だったのにさらに古文なんて文献学者でも目指してるのかって思ったくらい」


「へぇ、ちゃんと勉強してて偉い」


「頑張って覚えたからね」


 彼女はドヤ顔を向けてきた。


「ところで膤ちゃん何が出たの?」


「内緒。紙も結んだからもうありませーん」



 足は次第に駐車場に向かって歩き出した。見上げれば雲一つない青空が広がり、意識を前に向ければ人々のさえずりが聞こえてくる。この喧騒は正月でなければ味わえない。出店に挟まれた道を人ごみを縫って進むと、門が見えてきた。

 その途中で、不思議な看板に目を留めた。

『境内全域異能禁止』

 異能?


「ねぇ、膤ちゃんあれってどういう意味?」


 看板を指して聞いてみる。


「そのまんまの意味よ。敷地内で能力を使っちゃ駄目ってこと」


「ほーん」


 門を出ると土産屋の行列が広がっていた。それを横目に俺は困惑を悟られないよう笑顔を浮かべ、視線を膤に注いでいた。


「能力って口から火を吹いたり?」


「そうね。なんでも昭和末期は激動だったのもあって全国的に異能のトラブルが絶えなかったらしいわ」


 膤は苦笑いしながら答えた。


「そんな歴史もあるから基本的に異能を禁止してるところは少なくないわ。というか能力者のマナーよね」


 どうやらこの世界には超能力のようなものが存在していているらしい。朝テレビで観た芸人はマジックではなくてタネも仕掛けもない能力を使用していたのかもしれない。時間と空間飛び越えてこの世界に存在してて今更かもしれないが異能の存在にかなり動揺している。


「PAの能力者はどうしようもないから酷よね」


「ほお?」


「だって自分の意思関係なく常に発動してるのよ?」


 常に発動する能力……もしかしてパッシブアビリティの略でPAなのかしら。


「ほえー、大変そう」


「大変そうって私たちも気を付けないといけないでしょ」


 呆れながら膤が言った。


「あれ? 膤ちゃんってパーキングエリアだっけ?」


「パーキングって、また随分と使い古されたネタね。私がパッシブじゃなくてアクティブだって知ってるでしょ?」


 やはりパッシブアビリティの略がPAで間違いないようだ。話の流れ的にアクティブは任意発動できるとかおそらくそんな感じなんだろう。


「そういうのは古臭いんじゃなくてお約束っていうんだよなぁ」


「聞き飽きてオヤジくさいレベル」


「……」


 オヤジって……。あと三年は年齢的に若者の部類な気でいるんだが……。何気ないティーンの一言がアラサーの俺に突き刺さる。

 先ほどからの彼女の口ぶり的に漆輝は多分能力者なのだろう。だが、俺は能力の使い方がわからないからこのまま挙棋不定でいてもすぐにボロが出るのは間違いない。後々バレて拗れるくらいなら早々に打ち明けて協力してもらうべきだろうか。でも素直に「アラサーになった並行同位体です」なんて言っても信じられないアホを見る視線を向けられるだろう。それか二重人格を装い「どうも、副人格の栄燈です」と伝えた方がある意味近い状況ではあるかもしれないが、記憶喪失になったという体で一からこの世界のことや異能と人間関係の確認をした方が小難しい設定を考えなくていいしボロが出ても記憶が混同してるとか言えば押し通せるかもしれない。よし決めた。


「膤ちゃん。あのさ今更言いづらいんだけど俺、記憶喪失なんだ」


 と駐車場に向かう道すがら俺は言った。言ってから思ったが記憶喪失の人がこんな直球なカミングアウトの仕方をするんだろうか。


「……は?」


 膤の顔が真顔になり固まった。


「朝からなんか様子がおかしいと思ってたけど……本当に? いつから? どこまで覚えてるの?」


「マジ。今日の朝から。覚えてるのは家族と住所くらいかな。膤ちゃんのことも能力もさっぱりわからん」


 そう言った途端、固まっていた膤の顔がみるみる青ざめていった。


「膤ちゃんのこと思い出せなくてごめんね」


「全然良くないけどそれはひとまずいいわ。それより能力のこと誰かに話した?」


「まだ二人だけの秘密。やっぱ他の人にも相談した方がいいよね?」


「絶対にダメ!」


 彼女は血相を変えて答えた。


「なんで? いろんな人から話聞いた方がいろいろ思い出せるかもしれないじゃん」


「このことが知られたらパワーバランスが崩壊するから私以外に言ったらダメ」


「パワーバランス?」


「抑止力ってあるじゃない? 貴方我が国のそれなのよ」


 たかが個人が抑止力になるかよ。


「核じゃあるまいし抑止力って大袈裟だな」


「核なんて九華煌武きゅうかこうぶに通用しないのよ」


「核が通用しないって意味わからん」


「その意味のわからない力で核を防いだり使わせる前に蹂躙できる奴らがいるの。貴方のおかげで下手に手出ししてこないだけ」


「例え本当に抑止力だとして俺の代わりはいるでしょ」


「この国の抑止の長所と短所わかる? 長所は別格最強の貴方がいること。短所は国内二位が世界ランキングで十六位なこと。つまり代わりなんていないのよ」


 別格で最強って今どき小学生でももう少し現実的な設定考えるぞ。国の重要人物だろうに普通の生活してるっぽいが大丈夫なのか。そもそも抑止力って能力者は一般人でも戦力扱いなのか。世界ランキングと言ってるけど能力者はそんなホイホイと能力開示するものなのか。発表されてるのは所謂軍事力ランキング的なものか。もし漆輝が死んだらこの国どうするつもりなんだろう。様々な疑問が浮かび上がる。


「てか九華煌武ってなに?」


「序列九位までの能力者の総称よ。英語だとトライアンフナイン。それを明治時代に日本語化したのが九華煌武ね」


「うわでたよ。無理矢理日本語にする昔の人。後世で無駄に覚える単語が増える苦労を考えろってんだ」


「九華煌武なんて中学で習ったでしょ。本当に忘れてるのね」


「ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!」


 駐車場に俺の声が響いた気がした。

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