第44話 妖楼温泉街編(1) 序章

多くの殉職者を出した草津事件は、日本史上稀に見ぬテロ事件として、日本国内だけに留まらず全世界へと広まった。



そのため、事件現場となった温泉街には、ゴールデンウィーク三日目にも関わらず、多くのマスコミでごった返していた。


警戒レベルは解除されているとは言え、一歩でも温泉街へ出ようものなら、真っ先にマスコミからの取材攻めに合う状態であった。


一方その頃。


両津直人の父親にして警界庁長官でもある両津界人と、妖楼郭ようろうかくの大旦那である刹丸せつまるからのはからいで、ゴールデンウィーク期間中に限り、無償で妖楼郭に過ごせる様になった桃馬たちは、朝から目の色を変えて取材に乗り出しているマスコミを避けるため、大人しく妖楼郭に籠っていた。


特に、政治家と警界庁の子息である桃馬と直人は、かなり外を警戒していた。


無論、妖楼郭に押し掛けるマスコミの姿もあったが、大旦那である刹丸が直々に対応した事もあり、妖楼郭にマスコミを入れる事は無かった。


桃馬「‥やっぱり、マスコミは来るよな。」


直人「まあ、ここまで大きな事件となれば、ネタ探しのために一軒一軒廻るだろうよ。」


桃馬「うぅ、ま、まあ現状を伝える目的としては良いとは思うけど、中にはふざけたジャーナリストも混ざっているだろうし……、あっ、も、もしかしたら、正体を偽って入って来たりするんじゃないか!?」


直人「それは心配するな。今回は妖楼郭ここの大旦那である刹丸さんが対応してくれているんだ。俺たちが帰るまでは、決してマスコミを妖楼郭に入れないだろうし、例えマスコミの一部が、正体を隠して入り込もうとしても、あの刹丸さんを出し抜くのは容易じゃないよ。」


桃馬「そ、そうか。そ、それにしても直人の親戚は凄いな。直人が強く信頼するのも納得できるよ。」


直人「当たり前さ。俺に取って刹丸さんは、もう一人の父親みたいな方だからな。」


桃馬「……もう一人の親か。」


直人「とまあ取り敢えず、今日は妖楼郭の中で大人しくしてようさ。」


桃馬「あぁ、残念だけど、今日は大人しくしてるよ……。」


どうやら今日限っては、退屈な日を覚悟しなければならい状態の中、ここで桃馬から昨夜目撃してしまった要注意人物の話が持ち込まれる。


桃馬「……な、なあ、直人?」


直人「ん、どうした?」


桃馬「‥えっと、今更こんな事を言うのはあれなんだけど、昨日の夜に映果らしき人を見かけてんだけど知ってるか?」


直人「ん?あぁ、それなら俺も見た‥、と言うよりは会ったな。」


桃馬「‥‥そ、それでどうした?」


直人「どうしたって言われても、大した話はしてないけど……、確か映果の奴、ゴールデンウィークの期間中は、ずっと一人でここに泊まるって言ってたな。」


桃馬「えっ?一人でゴールデンウィークの期間中全泊まりだと!?って事は、初日から居たって事か!?」


直人「まあ、そうなるな……。」


桃馬「……と、と言う事は、既に俺たちを盗撮している可能性があるって事か。」


直人「っ、さ、流石にそれは考え過ぎだろ?」


桃馬「いや、映果ならやりかねない。もしかしたら、以前のジャーナリストXの微妙な評判に燃えて、俺たちを追って来た可能性もある。」


直人「…えっ、あれ微妙だったのか?俺は面白いと思ったけどな……。てか、そもそもゴールデンウィークを使ってまで、他人のプライベートに首を突っ込む様な事をするかな?」


桃馬「直人……、映果を甘く見ない方がいいぞ。現にここに全泊する時点で怪しいんだからな。」


直人「お、おぉ……。注意しておくよ。」


桃馬「くそっ、映果を見つけ次第……、写真のデータを消させないとな……。」


学園のジャーナリストでもある亀田映果を、何と二日間も野放しにしている事に嫌な予感を感じた桃馬と直人は、今すぐにでも映果を捕まえたいと思っていた。


だがしかし、直人は嘘をついていた。


実際、映果の全泊については、直人も少し絡んでいたのであった。



これは昨日の夜の事。


直人が、妖楼郭の大旦那である刹丸を始め、弟の白備と昴、そして月影を交えての談笑を終え、気分良く寝室へ向かっている時の事。


廊下で映果らしき女性を見かけた直人は、多少無礼を承知で映果らしき女性を追い掛けた。


すると廊下のL字の角を曲がった所で、直人は身を隠しながらチラリと覗くと、そこには姉である稲荷いなりと映果らしき女性が対面していた。


映果「えっと、あなたが直人のお姉さんでいらっしゃる稲荷さんですか?(あれ、この人って確か……、今朝の閑散かんさんした温泉街の広場で、リールちゃんとエルンちゃん、あと直人を押し倒していたお姉さん?)」


稲荷「クスッ、えぇ、そうよ〜♪」


この時稲荷は、映果の心の声にも答えていた。


映果「えっと、失礼かと思うのですが、この商品をお渡しする前に、直人のお姉さんである事を証明できる物はありますか?一応、学園内限定の商品なので……。」


稲荷「あら、そうなの?うーん、ならこれなら……。」


映果の厳重な身元確認に、少し困った様子の稲荷は、亜空間を開いて片腕を突っ込むと、すぐ近くの角から様子を伺っている直人を引っ張り出した。


直人「うわっ!?」


映果「っ!?」


直人「い、稲荷姉!?い、いきなり何をんんっ!?」


稲荷「クス♪これならどうかしら?」


まさかの直人を連れ出した稲荷は、映果の目の前で堂々と熱い姉弟愛きょうだいあいを見せつけた。


確かに直人の口からは、稲荷姉と言う如何にも直人の姉である事を証明する様な言葉が出ている事から、映果は目の前にいる獣人のお姉さんを直人の姉として認めざる負えなかった。



映果「……わ、分かりました。そ、それでは、私が泊まっているお部屋から注文頂いた。直人の生写真コンプリート集をお渡しします。」


稲荷「クスッ、ありがとう♪」


直人「っ!?(な、何っ!?)」


稲荷が少し大きめのビニール袋を手にすると、嬉しそうに耳と尻尾を動かした。


稲荷「クスッ、ありがとう♪それじゃあ、約束通りゴールデンウィーク期間中の宿泊についての一件は任せてね♪」


映果「は、はい、ありがとうございます。」


稲荷「それじゃあ直人〜♪私の身元証明ありがとうね♪……あと、私に関する盗み聞きは少し感心しないわよ?」


直人「っ、ぬ、盗み聞きも何も……、稲荷姉こそ、何とんでもない代物を映果から買ってるんだよ……。」


稲荷「ふふっ、お姉ちゃんにだって弟の学園生活が気になるものよ?」


直人「なっ///……くっ、お、おい映果……。どうせ桃馬たちを追いかけて来たんだろうが、学園外の人に盗撮写真を売るなよな。流石に校則違反では済まなくなるぞ?」


映果「あ、いや、そうなんだけど……。今まで撮った直人の写真を全部差し出せば、特別にゴールデンウィーク期間中の宿泊をタダにしてくれるって言うし、それより、差し出さなかったら食い殺すって言われたら……、命惜しさに差し出すよね。」


直人「……稲荷姉。」


稲荷「あらあら〜♪」


まさかの半分脅しが入っている依頼に、少しいきどおりを感じた直人は、不信感を漂わせる様な表情をしながら稲荷を見つめた。


直人「……色々稲荷姉には聞きたい事はあるけど、そもそも、どうやって映果の事を知ったんだよ?」


稲荷「ふぇ、あ、えっと、それは〜その〜。」


いつもなら余裕に満ちた様子で応える稲荷であるが、何故か直人の質問で急に動揺し始めた。


直人「……はぁ、まさかだと思うけど、俺の学園生活を水晶越しで覗いてないよね?」


稲荷「え、え〜っと、た、たまにね♪」


直人「やっぱり……、差し詰め俺の学園生活を覗いた際に、映果の事を知ったんだろうけど、同級生を脅して弟のプライベート写真を巻き上げるのは良くないよ?てか、買おうとするな。」


稲荷「あっ、ぁぁ〜。」


稲荷の愚行に呆れた直人は、すぐさま稲荷から個人情報が詰まったビニール袋を取り上げると、稲荷は悲しい表情をしながら泣きつき始める。


稲荷「うぅ〜、な、直人〜、後生だからそれを返しておくれ〜。お姉ちゃんは毎日直人と一緒に居られなくて寂しいのよ〜。」


直人「うぅ……、い、稲荷姉……。」


何だかんだで稲荷に甘い直人は、滅多に見ない稲荷の懇願に心が揺れに揺れていた。


映果「な、直人?悩むくらいならお姉さんに返して上げたらどうかな?どうせ直人が取り上げても、直人がここに引っ張り出された時みたいに、直ぐに取られるよ?」


直人「っ、そ、それもそうだな。ふぅ、分かったよ稲荷姉……。こ、今回だけは許すけど、次はないからな?」


稲荷「う、うん。ありがとう直人〜…。」


こうして直人の個人情報がたっぷり詰まったビニール袋を返してもらった稲荷は、意気揚々と自室へと帰って行った。


直人「はぁ、すまない映果。俺の姉が悪い事したな。」


映果「え、あっ、うぅん、気にしなくていいよ♪おかげでトラブルなく商談が成立したからね。」


直人「ふぅ、ところで映果は、一人で来たのか?」


映果「うん、そうだよ〜。」


直人「…もしかしてだけど、桃馬たちを追って来たのか?」


映果「いや〜、直人は察しが良いね〜。」


直人「お前って奴は……、ジャーナリストXの反応が微妙だからってネタ探しか?」


映果「うーん、それはちょっと違うかな?でも、ネタ探しは合ってるよ♪」


直人「…ふぅ、相変わらず映果のジャーナリスト魂は凄い物だな。…でも、あまり人のプライベートに踏み込み過ぎるなよ?どこぞの週刊誌みたいになるからな。」


映果「分かってるよ〜♪あと、そ・れ・よ・り〜、直人も意外とスクープの神様に愛されてますね♪」


直人「な、なんだよ?」


映果「ふふっ、さっきのお姉さんとのやり取りもそうだけど〜、今朝の一件は、特に良い絵になっていましたよ♪」


直人「今朝の一件……なっ!お、お前……見てたのか‥。」


映果「うん♪あっ、そうだ直人、これを見てよ〜♪実は四人が幸せそうにしている写真が撮れたんだよ〜♪」


直人「幸せそうにしているって……、盗撮なら桃馬たちだけにしろよな?」


映果「まあまあ、そう言わずに〜♪これを見れば気が変わると思うからさ〜♪ほら〜♪」


どさくさに紛れて盗撮された事で、少し不快感を感じている直人に対して、映果はご機嫌取りのために、腰に付けたポーチから一枚の写真を取り出した。


そこには、三人の美女たちに抱きつかれながら、純粋に幸せそうな笑みを浮かべている直人たちの姿が写っていた。


直人「……。」


いつも恥ずかしい写真ばかりを撮っている映果にしては、かなり珍しい円満な写真に思わず直人は驚いた。


恥ずかしと言うよりは、むしろ良い思い出になる様な素晴らしい写真であった。


映果「ふふ〜ん、どうですか?力作ですよ♪」


直人「いくらだ‥。」


映果「あはは、お金はいいよ〜♪それは商談成立のお礼って事で〜♪」


直人「……ありがとう。た、たまには良い絵を取れるじゃないか。」


映果「あはは、たまには余計だよ〜。でもね、円満な写真は、私が普段撮っている写真よりも高難易度なんだよ?」


直人「高難易度?」


映果「うん、例えばその写真は、一秒と一ミリ秒、いや、一マイクロ秒でもタイミングを外してしまったら絶対に撮れない絵なんだよ?」


直人「…そ、そんなにシビアなのか。」


映果「そうだよ〜。ここぞと言う円満な瞬間は、本当に一瞬だからね〜。」


直人「……一瞬か。」


納得が行く映果の講釈に、直人は少し思い悩んだ。


もし、ここぞと言う瞬間が円満以外にも該当するなら、是非とも撮って欲しい絵は山程あった。


直人「な、なぁ、映果?一ついいか?」


映果「ん、何かな?」


直人「えっと、映果が言う様にここぞと言う円満な瞬間があるのなら、円満に限らずここぞと言う瞬間はあるんだよな?」


映果「もちろん♪ただ、円満な写真を撮るのが極めて難しいってだけで、ここぞと言う瞬間は沢山あるよ。」


映果の言葉に、直人の心が揺れる。


なぜなら、円満な写真を受け取った事で、不思議と妖楼郭に居る兄弟たちを始め、リールとエルンの写真が無性に欲しくなったのであった。


直人「‥なぁ、映果‥。頼みがあるんだけど。」


映果「‥にしし、ここからはお代が発生するよ〜?」


直人「わ、分かってる。‥だ、だからその、俺の姉弟きょうだいと、リールとエルンの写真を撮ってくれないかな。」


映果「にしし、別にいいよ〜♪でも、直人の姉弟についてよく知らないから、情報提供を求めるよ?」


直人「そ、それは後で教えるから。」


映果「よーし、交渉成立~♪それじゃあ、これはサービスだよ♪」


盗撮魔としての血が騒ぐ映果は、再び腰に付けたポーチから二枚の写真を取り出し、直人に贈呈した。


ちなみにいつ頃に撮った写真なのか。


幸せそうに涎を垂らしながら寝ているリールの写真。


大人びた黒の下着と黒いソックスを履き、更にワイシャツ姿で寝ているエルンの写真。


もはや天使の様に見えてしまう二人の写真に、思わず直人は鼻血を出しながら倒れた。


映果「あちゃ~、刺激が強すぎたかな?」


その後直人は、たまたま通り掛かった妹の千夜に連れられ、何とか寝室へと運ばれたのであった。



そして現在に戻し……。


映果の件で桃馬が警戒する中、ここで直人がとある楽しい施設の存在を思い出した。


直人「あっ、そうだ。なあ、桃馬?ちょっと変わった面白い所に行ってみないか??」


桃馬「えっ、変わった面白い所?」


直人「あぁ、妖怪の温泉街だ。」


桃馬「妖怪の温泉街って……、でも、外にはマスコミが‥。」


直人「ふっふっ、この妖楼郭は妖怪の世界、別名"隠世かくりよ"への入り口でもあるんだ。そこに行けば、マスコミの目を気にせず楽しめるぞ。」


桃馬「‥大丈夫なのか?」


直人「安心しろ、むしろこの世界より安全だ。」


その後、直人の勧めにより、桃馬一行と直人一行は、直ぐに裏手口に集められた。


直人&桃馬「という事で、現状外には人のプライバシーは"何のその"のマスコミたちが彷徨うろついているため、これから妖怪の温泉街に行く事になりました。」


小頼「おぉ~♪さすが二人とも準備がいいね♪」


晴斗「また、急に決めたな?」


憲明「妖怪の温泉街か、何か緊張するな。」


桜華「全然緊張しなくていいですよ♪むしろ、現世うつしよより良いところですよ♪」


直人「桜華さんの言う通り、妖怪の世界は、言わば現実世界の裏平行世界。過度な産業革命もしていないから、自然が豊かで空気も澄んでいて心地が良い所だよ。」


桜華「そうそう!それで現世に帰ると〜‥。」


直人「必ず咳き込んでしまうんだよね。」


桜華「〜っ!そうそう!」


妖怪の世界をよく知っている直人に、謎の親近感を持つ桜華は、グイグイと直人に接近する。


リフィル「へぇ〜、そんなに空気が澄んでいる所なのですか?私の古里と同じくらいなのかな?」


ジェルド「まあ、二人がそこまで言うんだ。この自慢の嗅覚で試してやるか。」


ギール「……おいおい、お前はいつからソムリエになったんだよ。」


おそらくこの団体の中で、一番空気が良い所で育ったであろう三人は、生まれ育った古里と比べて、どれほど妖怪の世界の空気が澄んでいるのか興味を持っていた。



シャル「妖怪の温泉街?」


ディノ「おそらく、白備様の様な種族たちが暮らす世界かと思います。簡単に言えば、現実世界の魔界かと。」


シャル「おぉ〜、魔界とな!?それは楽しみなのだ!もし妖怪の温泉街とやらに、白備の様な"もふもふ"とした妖怪が居るのなら、余が直々にもふり倒して手懐けてやるのだ!」


ディノ「えっと、それは大変に素晴らしいお考えかと思いますけど…、逆に弄ばれてしまいそうな気がします。」


シャル「っ、そ、そんな事は無いのだ!余が真の魔王の姿になれば、余裕で手なずけられるぞ。」


ディノ「…うぅ、大きな問題を起こさなければいいですけど。」


本気で"もふもふ"とした妖怪を手懐け様としているシャルに対して、大きな不安を抱えているディノは、今後予想されるシャルの行動を注意していた。


一部を除き、初めて妖怪の温泉街へおもむく一行らが、期待と不安を胸にして出発しようとする中、一人だけ体を"モジモジ"とさせる美女が居た。


エルン「‥んんっ‥‥うぅ‥。」


リール「だ、大丈夫エルン?何だか体調が悪そうだよ?」


エルンの異変を察したリールが、心配そうに小声で話しかけた。すると、エルンは少し色っぽい声で返した。


エルン「す、すまない、その……昨夜から体が熱くてな‥。」


リール「も、もしかして、サキュバスの本能?」


エルン「わ、分からない……、発情期は当に過ぎてるはずなんだが……。」


敢えて小声で話していた二人であったが、エルンの色っぽい声が、よりにもよって近くに居た小頼とリフィルに聞かれてしまう。


リフィル「エルンちゃんどうしたの?」


小頼「も、もしかして、サキュバスの本能が出ちゃったとか?」


エルン「あ、いや、ち、違っ///。」


リフィルと小頼の参戦で、つい恥ずかしがるエルンの姿に、思わず魅了されてしまった小頼とリフィルは、初心うぶで可愛い"くっ殺系サキュバス"であるエルンを困らせるべく、エルンの耳元で恥ずかしい言葉を囁(ささや)き始める。


リフィル「ふふっ、リールちゃんから聞いたよ〜♪直人と付き合う所か、結婚の約束までしちゃったんだってね〜♪」


エルン「〜っ///」


小頼「…ニヤッ、ねぇ、エルンちゃん?」


エルン「はぁはぁ……、ふ、二人とも……こ、これ以上は……や、やめ……んんっ!?」


小頼「この鍛え抜かれたエッチな体……、いつ直人に捧げるのかしら?」


エルンの無抵抗ぶりに、ドS心をくすぐられた小頼は、エルンの胸を揉みしだきながら、恥ずかしい言葉責めを始めた。


エルン「んんっ、くっ、はぁはぁ……。(ま、まずい……、二人とも私のせいで催淫さいいん状態に掛かってしまっている……。ど、どうしよう、この状態で助けを求めたりしたら……、今の私を直人に見られてしまう。)」


小頼とリフィルから微量の淫気を感じる中、エルンは直ぐに自分のせいで二人を催淫状態にさせてしまったと感じた。


そのためエルンは、催淫状態の二人から胸と耳を同時に責められてしまい、少しでも気を抜けば甘い声が漏れ出てしまう程の快楽を与えられていた。


幸い、エルンたちは後方側に居たため、すぐに直人たちに気づかれる事は無かった。


しかし逆に、こちらを向いている直人と桃馬に気づいて貰えないと言うデメリットもあった。


エルン「そ、そんな……わ、私は……、まだそんな……はぅんんっ……。」


リフィル「おやおや〜?せっかく直人の彼女になれたのに、まだよそよそしくするつもりなの〜?」


エルン「そ、そんな…んんっ、わ、私はただ……はぁはぁ、普通に直人と接したいだけで……。」


小頼「むぅ、れったいな〜。こうなったら、直人の前で果てさせてあげようか?」


エルン「っ!?そ、それだけは……。」


リール「っ、ふ、二人ともストーップ!?そ、それ以上はダメだよ!?」


初心うぶなエルンに魅力され、一方的にエルンを責め立てる小頼とリフィルに、少し呆然としていたリールが、ようやく危険を察して声を上げながら止めに入った。


直人「っ!?ど、どうしたリール?」


リールの慌ただしい声に反応した直人たちは、一斉に振り向くと、背中を向けたリールを始め、顔を真っ赤に染めたエルンと、その両サイドに小頼とリフィルが笑みを浮かべていた。


直人「え、エルン!?そ、そんなに顔を真っ赤にしてどうしたんだ!?」


エルン「っ///な、直人!?あ、いや、こ、これはその……な、何でもないんだ///」


エルンの異変に直人が慌てて駆け寄ると、エルンは更に顔を真っ赤にしながら誤魔化そうとする。


直人「う、嘘をつけ!?そんなに顔を真っ赤にして何も無いわけないだろ!?も、もしかして風邪でも引いたのか!?」



小頼「…っ!(このぼんくら!風邪な訳ないでしょ!?)」


リフィル「……ジーー。(むう、妖怪になっても、折角恋人同士になっても、鈍感属性はそのままってどう言う事よ!)」


相変わらずの鈍感属性にイライラする小頼とリフィルは、今までにないくらいの軽蔑した目で直人を睨んだ。


しかし直人は、そんな強い視線を向ける二人に気づく事なく、顔を真っ赤に染めているエルンを心配していた。


これに苛立ちを隠せない小頼とリフィルは、この超鈍感男な直人でも分かる様なやり方で、エルンの気持ちを教え込もうと考えた。


小頼とリフィルは、早々にエルンの後ろへ回り込むと、そのままエルンの背中を押した。


エルン「なっ!?」


直人「っ!?」


突然背中を強く押されたエルンは、そのまま直人の体に押し込まれると、直人は咄嗟にエルンの体を抱き寄せた。


エルン「…ぁ…っ///」


直人「だ、大丈夫かエルン?」


エルン「は、はひっ‥。」


小頼とリフィルは、あまりにも絵になる光景に口元を手で押さえながら、ガッツポーズをした。


一方、エルンの背中を小頼とリフィルが押した瞬間を見ていた直人は、ガッツポーズをしている二人の方を見るなり怒り出す。


直人「こら二人とも!いきなりエルンの背中を押す何て酷いじゃないか!?」


小頼「っ、うるさい!この堅物鈍感男!唐変木!」


リフィル「そうそう!元はと言えば、エルンちゃんの気持ちを察せない直人が悪いのよ!」


二人の苛立ちの言葉に、その場の者たちは一斉に頷いた。


直人「な、何だと!?お、俺だって……、うぐっ、その…、なんだ……。」


歯切れが悪い直人に、小頼とリフィルは畳み掛け用とする。


小頼「ほら、やっぱり分かってないじゃないの!」


リフィル「むう、大切な彼女の気持ちを汲めないなんて最低よ!」


直人「っ!お、俺だって、い、今のエルンを見れば、どんな気持ちになっている事くらい分かるよ!だ、だけど、性的な行為に耐性がないエルンに、い、いきなり抱き締めたり、き、きき、キスとか、手を繋いだりしたら、それこそオーバーヒートするかもしれないだろ!?」


小頼&リフィル「っ!?」


一理どころか、最もな反論に、先程まで頷いた者たちは一斉に沈黙した。


エルン「‥な、なな、直人!?わ、わかっひぇいたのか///」


直人の分かりづらい気遣いに驚いたエルンは、とうとうクールな一面が剥がれてしまい、そのまま可愛らしく取り乱し始めた。


直人「ごめんよエルン。俺の下手な気遣いのせいで逆に苦しめてしまったな。でも分かってくれ……、エルンはサキュバスである事をコンプレックスに感じているから、下手に刺激させると悪いと思ったんだよ。」


エルン「うぅ〜、ば、バカ!バカバカ!直人のバカ!どうひへ……ひっく、ひょこまれひへ……、わらひのころを……。」


エルンの泣きながらの訴えは非常に愛らしく、まるで恋愛系のドラマかアニメのワンシーンを見せられている様であった。


すると直人は、泣いているエルンの頭を撫でながら、少々卑怯な質問を投げ掛けた。


直人「本当にごめんよエルン……。……俺の事、嫌いになったかな?」


エルン「っ///うぅ…、うん……嫌いだ……下手な気を使って……ひっく、私の気持ちを無視する直人なんて……嫌いだ。」


直人「っ、……あぁ、そうだな……よしよし。」


エルン「っ……うぅ///」


エルンの悲痛な言葉に続いて強く抱き締められた直人は、優しくエルンを抱き締め返すと綺麗な金髪の頭を撫でた。


するとエルンは、隠していたハート型の尻尾を無意識に出すと、可愛らしくフリフリと左右に振り始めた。


この華やかな光景に、この場にいる一行たちの心に雷が落ちた。



口では嫌いと言いつつも、本当は好きで好きで仕方がないエルンの気持ちをしっかり汲み取った直人の姿は、まさにドラマチックな光景であった。


ちなみにエルンと密着している直人の理性は、既に限界寸前であった。もしここに、リール以外の者が居なかったら、真っ先にエルンを押し倒していた事であろう。



そしてこのドラマチックな光景に、駄犬心をくすぐらせた二匹の駄犬は、じっと桃馬をガン見していた。


ジェルド「ジーー。」

ギール「ジーー。」


桃馬「‥‥。」


二匹の駄犬から向けられる眼光は鋭く、それでも桃馬は敢えて目を合わせようとしなかった。


愛する桃馬にガン無視され逆に興奮してしまった二匹は、尻尾を左右に振り回しながら桃馬に飛び掛かった。


桃馬「うわっ!?こ、こらやめろ!?人型で舐めるな!?うぐっ!?」


イケメンけも耳男子の姿で桃馬を押し倒した二匹の駄犬は、桃馬の首筋を嫌らしく舐め始めた。


直人とエルンといい、桃馬と二匹の駄犬といい、立て続けに起きた恋愛イベントとにより、妖楼郭の裏手口は一時騒然となった。



そしてこれが、新しき物語の始まりである。


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