第34話 草津奇々騒乱編(2) 喜楽之章

"妖楼郭ようろうかく"


そこは、草津の温泉街に存在している温泉旅館の中でも屈指の名旅館として呼ばれ、老若男女、人種や種族を問わず、悪さをしなければ誰でも利用出来る温泉旅館である。


妖楼郭の運営は、名のある大妖怪が運営しており、従業員には数多くのあやかしを始め、中には人間、魔族など、種族問わず働いている。


本来妖楼郭は、妖怪の世界で運営していた老舗の旅館であった。


しかし、異世界との交流が始まってから三年後。


異世界から魔素を始めとする魔力が流れ込んだ事により、闇夜に潜み、妖怪の世界で過ごしていてあやかしたちが、徐々に現実世界に姿を現し始めた頃。


妖楼郭は突如として、草津の温泉街近くの山に現れ、当時の人々を驚かせた。


今では周辺の山々が開拓され温泉街が拡張してはいるが、妖楼郭の出現当時は、温泉街が広範囲に建ち並んでいる妖怪の世界と比べて、少し温泉街の規模が狭い現実世界の周辺では、新緑の木々が立ち並んでいた。


ちなみに、妖楼郭の位置を示す座標は、妖怪の世界と現実世界と一致している。


そのため、現実世界と妖怪の世界で立っている妖楼郭は、一つの単体としてリンクしており、例えば現実世界で一枚の瓦が落ちれば、妖怪の世界でも同じ瓦が落ちると言う、少し危険な一面を抱えている。


※外装部へのメンテナンスは、慎重かつ厳重にしているため、不慮の事故などは避けられている。




そんな妖楼郭に桃馬たちが到着して中に入ると、着物をよそおった一人の"けも耳男子"が出迎えて来た。


少し銀色が混ざった長い白髪に加えて、ふわふわとした上質な狐の尻尾。


そして極めつけは、BL本から出て来た様なイケメンフェイス。


一度でも目にしたら離せない。


例え離しても二度見は必見であった。



白髪狐の青年「いらっしゃいませ。ご予約はなさっておられますか?」


小頼「ふぁ~、はっ、はい、長岡小頼で予約しています。」


白髪狐の青年「長岡小頼様ですね。かしこまりました、それではフロントへ確認して参りますので、どうぞ一旦お履き物を脱いでこちらへ。」


小頼「は、はい♪」


小頼の様子が何やらおかしい、早速浮気の匂いがし始める。


対してジェルドも気になるのだろうか、白髪狐の青年をジーーっと見つめていた。


桜華「か、かっこいい方でしたね。」


桃馬「うん、きっとあの尻尾は、"もふもふ"だぞ‥。」


注目している所にズレはあるが、桃馬たちは白髪狐の青年に誘導されながらフロントへと向かった。


するとそこには、白髪狐の青年に負けず劣らずの黒髪短髪の青年が立っていた。


黒髪青年の背中には、烏天狗からすてんぐ特有の大きな黒い羽が生えており、勇ましさを感じさせていた。


白髪狐の青年「すばる、長岡小頼様がお見えだよ。お部屋は何号室かな?」


昴「ん?あぁ、それなら…、って、おぉ〜!これはこれは、可愛い女の子がたくさんいるじゃないか♪」


突然のイケメン妖怪からのナンパに、小頼、リフィル、桜華の三人は、思わず赤面しながら取り乱した。


一方、男子たちはと言うと、嫉妬や憤りに思うどころか、予想外な展開に呆然とした。


これに対して白髪狐の青年は、冷静に"昴"と言う、フロントのイケメンを叱りつける。


白髪狐の青年「こら昴。お客様に失礼な事をするな……。」


昴「あはは、冗談だよ白備はくび~。こほん、失礼しました。長岡小頼様ですね。よくお越しくださいました。お部屋は五階の502号室と503号室になります。」


小頼「あ、ありがとう、ご、ございます///」


これが大人の余裕だろうか。


フロントのイケメンから部屋の鍵を受け取った小頼は、今までに無いくらいに取り乱していた。


するとそこへ、案内人の方が小頼たちの前に現れると、五階にある"お部屋"へと案内するのであった。


昴「どうぞ、ごゆっくり~。」


白備「……はぁ、昴、気を抜き過ぎだぞ?」


昴「うぅ、そうは言うけどさ〜。今日は久々に兄さんと会えるんだよ?少しくらい気を抜いてもいいだろ?」


白備「そんなのだめに決まっているでしょ?それに今回若様は、お客様として来て下さるんだ。仕事と私情はしっかり分けないと大旦那様に怒られるぞ?」


昴「っ、それは嫌だけどよ〜。」


白備「だけどよ〜じゃないですよ。私だって若様が来てくれるのは嬉しいです。許されるなら今日だけ仕事を休んで若様と一緒に居たいですよ。」


昴「…白備お前、そんな事を考えていたのか。」


白備「っ、こほん、今のはあくまでも願望です。今回若様は、お友達と一緒に来ると聞いています。ここで私たちが、シャキッとした立ち振る舞いをしなければ、若様に恥をかかせる所か失望させてしまいますからね。」


昴「し、失望って……、兄さんに限ってそれは流石に無いと思うけど……。」


白備「た、例えそうだとしても、あの温厚な若様に嫌われてしまったら、私はこの先……、生きて行く気力が持てません。」


穏やかでクールな表情から一変、脳内での最悪のシナリオを描いてしまった白備は、生きる希望を失ってしまった様な表情に変わった。


昴「ちょっ、白備!?その顔は流石に不味いって、あぁ〜もう、わ、分かったよ。真面目に仕事するから戻ってこーい。」


白備「…わ、分かってくれたかい?」


昴「分かったよ。だからその人生を諦めた様な顔はするなよ!?(うぅ、白備の被害妄想は相変わらず洒落しゃれにならないよな。てか、落ち込み方が"姉さん"とそっくりだ。)」


昴からの言質を取った白備は、人生を諦めた様な表情から一変、再び穏やかでクールな表情に戻した。


昴「ふぅ、それより白備?今回兄さんは、あやかしを受ける予定で来るはずだけど……、父さんは、しっかり兄さんに伝えているのかな?」


白備「ん?それはどう言う意味ですか?」


昴「いや、まあ、本当なら妖ノ儀を受けるのって父さんのはずだろ?」


白備「確かにそうですけど、私は若様に代わって大変嬉しいですけどね。」


昴「お前の兄さん愛は異常だな……。ま、まあ、要するに父さんは、兄さんが嫌がりそうな事を擦り付けた訳だけど、少し前に掛かって来た兄さんからの電話でも妖ノ儀について聞いてこなかったし、今でもその連絡もない……。」


白備「ま、まさか、父上は若様に何も伝えてないのか!?」


昴「……可能性はあるな。」


白備「ど、どど、どうするんだよ!?もし、何も知らない兄さんがこの話を聞いたら、間違い無く即答で断られてしまいますよ!?」


昴「そ、その時は……、強引にでも……。」


白備「う、うぅ。」


昴「と、取り敢えず俺たちは、兄さんが到着しても平然と接して、妖ノ儀が決行まで隠し通すんだ。」


白備「き、嫌われる……。そんな事をしたら絶対に……。」


昴「は、白備!?おーい、戻ってこーい!?」


嫌な予感がビシビシと感じる中で、二人の美男子たちは、不安な気持ちを露にしながら二人の兄を待つのであった。



一方その頃。


寝室のお部屋まで案内を受けている小頼たちはと言うと……。


女人「えっと、皆様のお部屋はこちらになります♪」


小頼「ありがとうございます♪さっ、部屋割りについてだけど、単純に男女に分けてもいいよね♪」


男子四人「意義なーし。」


取り敢えず、男女に分かれた部屋割りに、ディノを除く男子たちは、予想通りの展開に声を揃えて返事を返した。


女人「それでは、当館のご説明をさせていただきます♪」


説明。

当館の御利用については、テーブルの上にマニュアルが置いてありますので、よ〜くお読みください。


御夕食は十八時より一階の大広間より御用意しておりますので、テーブルの置いてあります番号札を持って、指定のお部屋及びお席にお座りください。


入浴については深夜零時までとなっておりますのでご注意下さい。


女人「以上となりますが、ご質問はございますか?」


小頼「うーん、みんなどうかな?」


男子四人「ございませーん。」


小頼「うーん、じゃあまた、何かあれば聞きますので、ありがとうございます。」


女人「かしこまりました。では、ごゆるりと。」


案内の役目を終えた女性のスタッフが、深々と一礼すると微笑みを見せながらその場を後にした。



桜華「今の案内をしてくれた女性、とても凛々しくてかっこ良かったですね!」


リフィル「うんうん!着物も可愛いし、憧れちゃうな♪」


和服を着た女性の姿に思わず魅了されてしまった桜華とリフィルは、案内をしてくれた女性の姿が見え無くなるまで見つめていた。


その一方で、以外と大人しくしているシャルはと言うと‥。


シャル「‥‥ふむぅ。」


ギール「ん?どうしたシャル?さっきからやけに大人しい気がするけど、何してるんだ?」


シャル「‥懐かしい気がするのだ。」


ギール「なんだ?似たような所にでも来た事があるのか?」


シャル「‥うーん、かもしれないな。」


ギール「……。(この違和感は何だろう。今のシャルを見ていると別人に見えてしまう。変な物でも食べたのかな。)」


あまりにも大人しいシャルに、ギールは逆に心配になった。


小頼「それでは、各自部屋に入って荷物を置いたら、早速温泉街へ出掛けるぞ~♪」


ジェルド「えっ、もう出掛けるのか?少しくらい荷物の整理をしても良いだろ?」


小頼「えぇ~、もう仕方ないな。十五分くらいで良いかしら?」


ジェルド「ありがとう小頼♪」


桃馬&憲明「あざーす。」


こうして男女に分かれた小頼たちは、各自荷物を持って入って行った。



男子陣営


憲明「おお〜っ、これは思っていた以上に広いな。」


ジェルド「あぁ、五人が泊まるにしては、十分過ぎるくらいだ。」


ディノ「ふぁ〜♪兄さん見てください!壮大な景色ですよ!」


ギール「これは凄いな。温泉街が丸見えだな。」


桃馬「ごくり、一泊二日には勿体ないな。」


予想を超えた素晴らしい部屋に、五人の男子たちが満足する中、ここで不純にまみれた打ち合わせが始まる。


桃馬「さてと、集合のタイムリミットまで十五分しかないからな。今から行動のプランをおさらいするぞ。」


憲明「それもそうだな。えーっと、取り敢えず今は、俺たち男子が人畜無害である事を小頼たちに分かってもらうため、普段と変わらない態度で小頼たちに付き合う。」


桃馬「よし、小頼たちの前に居る時は、できるだけ覗きの件は忘れよう。あと、問題なのが露天風呂の構造と覗きをする位置についてだけど……。」


ジェルド「そもそも、時間的に調べる暇があるかどうか疑問だな。」


ギール「うーん、確かに露天風呂の構造と位置関係が分かったとしても、覗く位置を探すのが大変だよな。」


意気揚々と軽はずみに企んでいた覗き作戦であったが、この土壇場になって不可能に近いと思い始めていた。


桃馬「うーん、ごめん。よく考えたら、これは無理だよ。」


憲明「……うん、確かに無理だな。」


ジェルド「…わふぅ、二泊三日ならチャンスはあったんだけどな〜。」


ギール「うーん、そもそも、時間帯をミスったら他の人の裸を見る事になるよな?」


桃馬「あ〜、もう〜、やめだやめ。下手に補導されたら洒落にもならないからな。」


憲明「うう、せっかくカメラのセットを持って来たのに……。」


桃馬「残念だけど、景色と野鳥でも撮ってなよ。」


憲明「はぁ……。」


ディノ「ふぅ〜。(よ、良くんからないけど、な、何とか巻き込まれずに済んで良かった〜。)」


不純な企みがあっさり崩壊した事により、やる事が無くなった男子たちは、トボトボと部屋を後にした。



その頃、女子陣営では……。


シャル「おぉ〜凄い、凄いのだ!ギールの部屋より広いのだ〜♪」


桜華「こ、ここ、これは凄い豪華ですね!?」


小頼「ふふっ、外の景色も壮大ね~♪」


リフィル「うんうん!夢みたいです~♪」


どこかで聞いたことがある様な感想ではあるが、女子たちも想像を超えたお部屋の風貌に大変満足していた。


リフィル「あぁ~、早く温泉街に行きたいな~♪」


シャル「うむうむ、余も早く行きたいのだ!」


桜華「ふふっ、私も早く行きたくて体が"うずうず"していますよ♪」


リフィル「そうだよね〜♪あぁ〜、早く男子たちの荷物整理が終わらないかな〜。」


男子たちの不純な会議とは知らず、普通に荷物整理をしていると思っている三人は、十五分経過するまで、首を長くして待っていた。


しかし、一人を除いて小頼だけは、男たちの不純な行動を察していた。


小頼「ふっふっ、甘いですね三人とも。」


桜華「ふぇ?」


シャル「むっ?」


リフィル「どうしたの小頼ちゃん?」


小頼「ふっふ〜。ジェルドたちは上手く私たちを誤魔化せたと思っているかもしれないけど、私の目は誤魔化せないよ。」


リフィル「うーん?ジェルドたちは、普通に荷物の整理をしてるんじゃないの?」


小頼「あらら〜、リフィルちゃんには見抜けなかったか〜。これは少し警戒心が弱いみたいだね〜♪」


リフィル「っ、も、もしかして、荷物の整理は嘘で何か企んでいるってこと?」


小頼「あったり〜♪今夜は夜這いと覗きに注意が必要かもね〜♪」


流石は小頼商会の代表である。


既に男たちは諦めているが、覗きについては見事に読んでいた。


桜華「さ、流石にそれは考え過ぎだと思うけど……。」


リフィル「そうそう、夜這いならともかく、流石に覗きは犯罪行為になるからやらないと思うけど〜。」


シャル「なんじゃ?ギールたちは女の肌が見たいのか?ふむぅ、ギールとは、一緒にお風呂に入る仲であるから別に構わないのだが、他の三人に裸を見られるのは、流石に許せんな?」


シャルの口から安易に口外してはいけない地雷級のワードが飛び出して来た。


正直、詳細を聞き出したい小頼たちではあったが、話が地雷級なため、敢えて胸の内にしまい込んだ。


シャル「ふむぅ、女の裸を見て何が面白いのか……。」


桜華「ん?あ、えっと、シャルちゃん?急に口調を変えてどうしたのですか?」


シャル「およ?言われて見れば確かにそうだな。」


桜華「ふぇ!?ま、まさかの無自覚!?」


リフィル「ごくり、な、何て言うか。ロリ幼女ボイスから、急にカリスマ溢れる女帝ボイスに変わった感じだね。」


シャル「ん、そうなのか?ふむぅ、やはり自分の声の変化は分かりずらいものだな。そう言えば、少し魔力に近い力を感じるが、なぜじゃ??」


子供っぽい話し方から、完全にカリスマ溢れる女帝の様な話し方に変わったシャルに、小頼たちは複雑な心境に立たされていた。


魔王らしいと言えば、"確かにらしい感じ"ではあるが、依然として姿が幼女のままなため、おかしな所で認識バグが起きていた。


小頼「魔力に近い?うーん、もしかしたら、この旅館の影響かもね。」


シャル「旅館の影響?」


小頼「うん、ちょっと、フロントに気になるポスターが貼ってあってね。妖怪や魔族の方のために、微量の妖気を流しているみたいだよ?」


シャル「ほう、妖気とな。ふむっ、うーん。」


桜華「ど、どうしたのシャルちゃん?」


シャル「ふっ、良い事を思い付いた。三人ともすまぬが、服を貸してくれないか?」


桜華&リフィル「服?」


小頼「も、もしかして、今から大きくなるとか!?」


シャル「うむ、今なら戻れる気がするからな。よっと。」


微量ではあるが、魔力を取り戻したシャルは、自身の体に魔力を込めると、瞬く間に高身長でスタイル抜群の美女へと姿を変え、目の前の三人を魅了した。



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