第33話 草津奇々騒乱編 (1) 喜楽之章

五月一日土曜日、午前九時。


信潟駅万代口、バスターミナル。


ゴールデンウィーク初日と言うこともあり、朝早くから多くの人でごった返していた。


ジェルド「わふぅ‥人が多い‥。」


小頼「そ、そうだね~。」


憲明「はぁ、考えている事はみんな同じって事か。」


リフィル「あ、あはは、それにしても……だよね。」


草津行きのバスが出発するまで十五分。


未だバスターミナルに着いていないのは五人。


※桃馬、桜華、ギール、シャル、ディノである。



ジェルド「うーん、桃馬は大丈夫かな。」


小頼「あはは、気にし過ぎだよ〜♪あっ、ほら見てジェルド!」


ジェルド「っ、桃馬が来たのか!?」


小頼「ギールたちが来たよ♪おーい!」


ジェルド「桃馬じゃないんかよ!?」」


小頼のフェイントにまんまと引っかかったジェルドは、無意識に絶妙なタイミングでツッコんだ。


一方、小頼が指を指した方向には、おそらくギールの肩に乗って肩車でもしてもらっているのだろうか、小柄なシャルの姿があった。


シャル「あっ、ギール、ディノよ!小頼が居たぞ!早く向かうのだ!」


ギール「ほ、本当かシャル?」


シャル「うむ、小頼が手を振っているのだ。おーい♪」


ギール「よし、そっち側だな。行くぞディノ、はぐれるなよ?」


ディノ「は、はい、兄さん!」


シャルを肩車した甲斐があったギールとディノは、シャルの誘導の元、無事に小頼たちと合流を果たした。


後は、桃馬と桜華の二人だけである。


そのため小頼たちは、二人が近くに居ないか再び辺りを見渡し始めた。


その頃、桃馬と桜華は、人混みの中で待ち合わせにしているバス停を目指していた。


桃馬「これは酷い密度だな……。桜華、離れないようにな?」


桜華「うぅ〜、狭いです〜。」


桃馬「えーっと、五番……五番、おっ、あった……ん?」


桜華「ふぅ~、凄い人でしたね~。あっ。」


憲明「っ!?」


人混みを掻き分け目的地であるバス停に辿り着いた桃馬と桜華は、周囲を見渡していた憲明と出くわした。


桃馬「おぉ、憲明、おはよう。」


憲明「お、おぉ、おはよう。ま、また強引な登場だな?」


小頼「おっ、二人ともおはよう♪遅刻せずに来れたね♪」


桃馬「あ、あぁ、人混みに流された時はどうなるかと思ったけどな。」


桜華「うん、途中でどこに居るのか分からなくなりましたからね。」


小頼「あはは♪でも、間に合って良かったよ♪さてと、早速バスに乗り込もうか〜♪」


何とか無事に揃った桃馬たちは、バスの収納スペースに荷物を預けた一行らは、バスに乗車するのであった。


そしてここから、桃馬たちの大きな事件付きの波乱万丈な旅行が始まるのであった。



草津までの道中は、四時間以上の道のりに加えて、地獄のジグザグ道が続いた。


これにディノを除く男たちは、酷い車酔いに苦しめられており、目を瞑りながら吐きたい感情を耐えていた。


序盤の盛り上がりと比べて、かなり大人しくなっている男たちの様子を見たシャルは、車酔いで青ざめているギールの耳と尻尾を触り始めた。


普段のギールなら嫌がって振り解く所だが、酷い車酔いに苦しめられている事もあり、シャルを振り解く事が出来なかった。



これに目の色を変えた小頼とリフィルは、カメラとスマホを構えて男たちの情けない姿を激写し始めた。



その後、長い道のりを越え。


バスが草津の温泉街に到着すると直ぐに、車酔いをしていた桃馬たちが一斉に立ち上がり、そのまま荷物を受け取らずにトイレへと駆け出した。


シャル「あはは♪この程度で吐きそうになるまで酔うとは、ギールたちは"だらしがない"のだ♪」


リフィル「ふふっ、最初から酔い止めを飲めば良かったのにね〜。」


桜華「と、桃馬……。(も、もし、リフィルちゃんから貰った酔い止めの薬を飲まなかったら、桃馬たち見たいに駆け込んでいたかも……。)」


小頼「ぐふ……ぐふふ。(いいネタが撮れたわ〜♪)」


ディノ「に、兄さんたち大丈夫かな……。」


草津の道のりを甘く見ていた桃馬たちの成れの果てに、桜華たちが個々の思いを寄せる中、一方で心配になっていたディノは、純粋な気持ちでギールたちの後を追った。



しかし、ディノがトイレに入った瞬間。


先程まで青ざめていたはずのギールたちに、取り囲まれてしまう。


ディノ「っ、え、えっと、皆さん?だ、大丈夫ですか?」


ギール「ディノ……、何しに来た?」


ディノ「ふぇ?な、何しにって言われても、兄さんたちの事が心配で…その、様子を…んんっ!?」


四人の男たちに囲まれ、尋問を受けたディノは、背後に居たジェルドに口を塞がれた。


ジェルド「悪いなディノ。今から俺たちは、男女の旅行なら避けては通れない、神聖な儀式を企てるんだ。悪いが大人しくしてもらうよ。」


ディノ「んんっ〜、(し、神聖な儀式……?皆さんは何をしようと……。)」


桃馬「そうそう、本当なら純粋なディノを巻き込みたく無かったんだけど、ここまで話を聞かれたら協力してもらうぞ。」


ディノ「んんっ!?(そ、そんな理不尽な!?)」


憲明「本当ごめんな。だけど、ちょっと、本当ちょっとだけ、大人しく目を閉じて貰えれば良いからさ。」


ギール「ふっふっ、今頃シャルたちは、俺たちの事を"だらしないわね♪"とか言って、さぞ油断しているだろうな。」


ディノ「んん〜。(に、兄さんたちは、一体何を言ってるんだ。わ、悪い事をしようとしてるのは何となく分かるけど……。)」


話の本質が見えずに困惑してしまうディノであったが、ギールたちが"よからぬ"事をしようとしてるのは一目で理解していた。



桃馬「そうそう、俺たちはその油断を利用して、桜華たちの入浴と部屋を"覗く"。」


※覗きは犯罪です。


ディノ「っ!?(の、のの、覗き!?)」


桃馬の分かりやすいネタばらしに、ディノは大きく目を開けて驚愕した。


憲明「正直、覗きと言う犯罪行為はやりたくないが、これも男としてのさがだ。……やるしかない。」


ディノ「っ!?」


ジェルド「わふっ!?」


物事の善悪を理解しているディノは、瞬時にスライムの姿に戻ると、ぬるりとジェルドの拘束から抜け出した。


ディノ「ぷはぁ、な、何を考えているですか皆さん!?覗きは犯罪ですよ!?」


ギール「…分かっている。でも安心しろ、他の女性の裸は見ない様にタイミングを見計らうから。」


ディノ「いやいや、他の女性の裸さえ見なければ合法みたいな言い方はしないでくださいよ!?」


不純にまみれた四人の男たちに対して、何とかしてでも止めたい純粋系のディノは、思わずツッコミながら説得を始めた。


だがしかし、覗きと言う名の神聖な儀式に囚われている四人に、純粋かつ正常なディノの声は聞こえるはずもなく、四人の男たちは、男として最低な行為を押し進めようとした。


このままでは、いつまで経ってもトイレから出れないため、ここで桃馬がとある秘策を取り出した。


桃馬「ふう、ディノ、これを見ろ。」


ディノ「えっ、っ!?こ、これは‥。」


桃馬が見せてくれたスマホの画面には、最近ディノが欲しがっていた、BL同人誌の一コマであった。


桃馬「ディノ。こいつが欲しければ大人しく協力してもらおうか。」


ディノ「っ、あ、あわわ!?わ、私をそんな物で釣るつもりですか!?」


桃馬「それはディノ次第だよ。俺たちに協力しないのなら……、隠れてBL同人誌を愛読している事をシャルを含めて学園中に言いふらしてもいいんだよ?」


ディノ「なっ//そ、それだけは!?」


何とも卑劣な桃馬の脅しに、ディノの心は大きく揺れた。実際ディノは、純粋に見えて実はむっつりスケベな一面があり、それを知る桃馬たちから弱みとして揺さぶられるてしまうと、当の本人は大人しく応じる他なかった。


桃馬「それじゃあ、言う事を聞いてくれるかい?」


ディノ「うぅ、は、はい……。」


桃馬「ありがとうディノ♪懸命な判断に感謝するよ。」


憲明&ジェルド&ギール「ようこそ、我らが陣営に♪」


純粋で真面目であったディノが、現実世界に来てから徐々に穢れの道を進んでいる決定的な瞬間であった。


以前のディノならキッパリ断り、スライムの姿で四人を拘束していたことだろう。


しかし今では、むっつりスケベ属性が板についてしまい、自分の趣味が周囲に広まってしまう事に羞恥心を感じていた。



こうしてディノの弱味に漬け込み、不健全な陣営に引き入れた男共は、神聖な儀式の成功ために、腕を組み合いながら結束力を高めるのであった。


そしてくずの称号を無意識に会得した男共は、スッキリした表情でトイレから出て来た。


一方のディノに至っては、罪悪感を噛み締めたような表情をしていた。



桃馬「ふぅ~、危なかったな。」


ギール「あぁ〜♪予想以上にきつかったよ。」


ジェルド「まさか、あんなジグザグあんなに酔うとは思わなかったな。」


憲明「もう少し着くのが遅かったら、完全にバスの中で吐いてたな。」


ディノ「うぅ、(覗きのためとは言え、どうして兄さんたちは、そこまで本気になれるのですか……。)」


覗きと言うくだらない野望のために本気を出している四人に対して、ディノの心は複雑な気持ちで一杯であった。


その後、女子たちと合流した桃馬たちは、幹事である小頼を先頭に目的の旅館へと向かった。


道中、小頼の提案で酔い止めをコンビニで購入していた。


小頼「ほら、さっきまで乗り物酔いで潰れていた男子たち、早く酔い止めを飲みなさいよ?歩いてる時に気持ち悪いだなんて言わせないわよ?」


桃馬「ま、待ってくれよ。ジェルドとギールが苦戦してて、何してるんだ早く飲めよ。」


ギール「だ、だって、これ臭いがきついんだよ。」


ジェルド「これは……うぅ、ひどい。」


憲明「まあ、酔い止めは漢方だからね。臭いがキツイのも仕方ないよな。」


桃馬「と、取り敢えず、小頼たちに怪しまれる前に早くグッと飲め。」


桃馬の促しに嫌な顔をしていたギールとジェルドは、意を決して鼻をつまみながら一気に飲んだ。


ギール&ジェルド「うえ〜。」


案の定、気持ち悪そうな表情をしてしまう二人であった。そんな二人の姿に女子たちは、クスクスと微笑みながら見ていた。


桜華「ふふっ、そう言えば小頼ちゃん?そろそろ、泊まるところ教えてくれませんか?」


リフィル「うんうん、私も気になるな~♪」


小頼「あ、そうだね。こほん、本日私たちが宿泊する旅館は〜。」


誰もが待ちに待った瞬間。


ここまでシークレットにしていた小頼からは、一泊二日で一万五千円で泊まれ一流旅館を選んだと聞いているが、少々怪しさを感じさせるものがあった。


果たして、その一流旅館の正体とは……。


小頼「妖楼郭ようろうかくです!」


桃馬「ようろうかく?」


桃馬としては、何やら聞いた事があるような旅館の名前に、ふと父親から頼まれていた事を思い出す。


これも偶然か、まさか親父に頼まれていた旅館に泊まる事になるとは、想像もつかない事であった。


憲明「妖楼郭って、まさか、テレビでも取り上げられている所か!?そ、そんな旅館を一万五千円で泊まれるのか!?」


桃馬「えっ?その旅館って、そんなに有名なのか?」


桃馬(そう言えば親父、妖楼郭には両津家の子達がいるって言ってたけど……。確か直人は一人っ子だったはず……、俺の知らない子でも居るのかな。)


憲明「ゆ、有名も何も草津の宿泊場の中でも予約困難な所だよ!?ま、まさか一万五千円って言ってたけど、十五万じゃないよな!?」


桃馬「じゅ、十五!?」


小頼「そんな訳ないでしょ?現に決める際は、みんなに宿泊代を確認してもらった上で予約したんだからね。あと、桃馬も鵜呑みにしないの。」


憲明「そ、そうだけど……。」


桃馬「ご、ごめんなさい。」


珍しく説得力のある小頼の指摘に、頭を冷やされた憲明と桃馬は次第に大人しくなった。


草津の妖楼郭とは、知名度に波はあるが、信潟県内で言うなら、高級ホテル鳳華ほうかに並ぶくらい有名な旅館である。


小頼「そもそも、今回妖楼郭で二部屋も取れたのは、単に予約をした日が早かったからだよ。それに"泊まる部屋"が、特段いわく付きって訳じゃないし、一万五千円ってのは、最高クラスじゃない限りどの部屋も同じみたいだからね。」


憲明「…そ、そうなの!?じゃ、じゃあ、俺が見たのって、最高クラスの部屋だったのか……。」


小頼「うーん、十五万なら確かそうだったかな。」


憲明「……〜〜っ///」


勘違いに気づいた憲明は、徐々に顔を赤く染め始めた。


リフィル「あはは♪もう〜、憲明ったら楽しみ過ぎてテンパリ過ぎだよ〜♪」


憲明「うぅ〜///。り、リフィル、何も言わないでくれ〜///」


小頼「ふふっ、では気を取り直して妖楼郭へ向かお〜う♪」


こうして羞恥心の地雷を踏んだ憲明は、リフィルに袖を掴まれながら、一行と共に妖楼郭を目指すのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る